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平凡脱走のシンフォニー  作者: yaye
そこで私は選択をした
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第1話

「高校――青春の無限の輝きを感じさせる代名詞。ほとんどの人間がこの時期に青春を味わい、部活に友情に恋愛に......平凡ならざるスクールライフを渇望する。だがそうした関係も、高校つまり青春の終焉と共に消え去る。人生のあらゆる繋がりもまた然り。故に私はこんな青春を求めない。だがもしもライトノベルのようなシチュエーションが訪れ、平凡からの脱却が手招きしたら......その時私はどう選ぶのだろうか」



入学式から一週間。桜の季節真っ只中で、春風に乗って枝揺れる花びらが街路を彩る。まさに「春」という名の趣だ。上機嫌で帰路につく私の手には、本日発売の『異世界転生した俺がモテモテなわけないだろ?』最新巻が入った袋。前巻のラストから推測するに、今巻は妹キャラのエンアンヤが主役だろう。待ちに待った巻だ。早く帰宅しなければ。いつも通りの日常が幕を閉じようとするその時――


「ねえ美人さん、ちょっとお話ししない?」「一人?連絡先交換しようよ」


不意のナンパ声が思考を遮った。


視線の先には、四、五人組の男たちに囲まれる女子生徒――クラスメイトの八重楓だ。入学時からクールビューティーとして話題の彼女。新入生の顔ランキングが近々発表されるらしいが......


「......」


返答は沈黙だけ。彫刻のような冷たい美貌。


しかし私の視界から外れた彼女の手が、スカートの裾をギュッと握りしめていた。


「ライン交換くらいいいじゃん」


さすが高嶺の花。ライトノベル的展開なら、イケメン主人公がヒーロー登場すべき場面だろう。だが「余計な干渉を避け、虚名に囚われぬ」が信条の私は視線を逸らして歩を速めようとした。その瞬間、彼女がふと顔を上げて私と目が合った。


引きつった笑みを浮かべようとした刹那、温もりが胸に押し寄せた――彼女がいきなり飛び込んできたのだ。首筋を掠める髪の感触に鳥肌が立つ。「雪村くん、いたのね!」顔を私の胸に埋めたまま呟く声。耳たぶが赤く染まっている。反応する間もなく、彼女の白い手に引っ張られて走り出した。小柄な体躯の割に驚くべき力で、気付けば二人は包囲網を突破していた。


駅前に着いてようやく手を離された。引きこもり気味の陰キャである私は膝に手を付き喘ぎながら「八、八重さん...俺たち殆ど話したことないのに」


「本当にごめんなさい!」両手を合わせて謝罪する彼女の睫毛が、下瞼に蝶々の羽のような影を落とす「パニックになってて、知ってる人を見かけたから...」


「いいけど、じゃあそろそろ...」言葉を切り上げようとした時、手の違和感に凍りついた。小説が入った袋の底が破れていた。


「袋...破けた?」異世界から聞こえるような声で呟く「今日買ったばかりの新刊が...」


「走りすぎたせいかも...」彼女の声が次第に小さくなる「明日新しいの賠償します!今から戻っても間に合わないし――」彼女が指差す発車案内表示「雪村くんの電車が来る時間です」


「なぜ知ってる?」


「入学式の日に気付いてたわ」首を傾げて微笑む「だって同じ電車ですもの」目立つ存在なのに、全く記憶にない...


車内に響く電車の音と共に沈黙が広がる。夕焼けがガラス越しに二人を照らす。到着アナウンスで我に返った時、彼女は座席の隅で小さく「あの...また明日」霞むような表情で呟いていた。平素の氷の女王とは別人のようだ。


夜のベッドで破れた袋をゴミ箱に捨てながら、雲間から漏れる月光が静かに広がっていくのを見つめた。



目覚ましの音で飛び起き、適当に身支度を整え登校する。


『どっちにしよう』自動販売機の前で呟く私の視界に、小柄な人影が入った。この一週間、毎朝同じ時間帯に必ず現れるマスク姿の人物だ。私が購入中は近寄らず、去ってから買い物する。その行動様式に「学校に俺より陰キャな奴がいたのか」と感心する。


「7時9分、順調だな」教室の前で腕時計を確認する小声。


私のような陰キャにとって、早めの登校が最適解だ。普通の時間だと会話相手がおらず気まずいし、遅刻ギリギリだと目立つ。早朝なら机に突っ伏して寝てれば誰も気にしない――中学時代からの経験則だ。


ざわめきで目が覚め、時計を見る。「もう8時か。あと30分で授業か」教室が賑やかになるにつれ、もはや仮眠は不可能だ。それでも目を閉じて瞑想状態を装う。


「あの...雪村くん、おはようございます」


まさか私に挨拶する者が? それも敬語で。腕枕から顔を上げると、青みがかったショートカットと精緻な顔立ちが視界に入った。


「おは、八重さん」眠気混じりで返す。


「昨日の件、放課後にこちらへ」


「ああ」しかし「こちら」がどこか分からない。


周囲の視線が急に気になりだす。事態を理解するのに数秒かかった。その間に彼女は席に戻り、クラスメイトたちに囲まれていた。


ああ、男子たちの棘のある視線だけが残った。八重さんと私の噂が広まるだろう。大概はネガティブな内容だ。そう思いながらデスクのスポーツドリンクを一気飲みする。その時、飲み物の下に折りたたまれたメモが置かれているのに気付いた。



「学校から結構離れてるな」レトロな喫茶店の扉を開ける。


「あ、雪村くん来たんだ」窓際の席を選んだ八重楓。硝子越しの景色と店内の調度品が独特の世界観を醸し出す。


おや、話し方が変わった? 教室では「ごめんなさい」「結構です」と無愛想に応じていたのに、今はどこか活発な(?)口調だ。


「ああ、来たよ。ところで素敵な場所だな」内心では新たな小説スポット候補と確信する。


「昨日は本当に危なかったね」


こちらの気まずい話題切り出し不要で助かる。さっそく本題に入ろう。


「そうだな。で、小説の方は...」


「あ、ここのアーモンドパンケーキおすすめだよ」


「おう、じゃあそれで」なぜか自然に注文してしまう。


「八重さん、その、小説は...」ようやく核心に迫る。


「あ、ほら」少し間の抜けた笑顔で鞄から取り出す八重。


テーブル越しに差し出される小説の表紙が陽光に反射する。眩しい...これ聖書か? 最後の一口を飲み込み「ごちそうさま」と満足げに言う。口の中にアーモンドの余韻が残る。


小さな疑問が頭をよぎる。聞かなくてもいいが、区切りとして尋ねておこう。今後関わることもないだろう...窓の外を眺める八重楓を見ながら。


「八重さん、一つ聞いてもいい?答えなくても構わないんだけど」


相手に選択権を与える――少ない社交経験で培った術だ。


なぜか少し照れる。軽小説ヒロイン級の美少女相手なら当然か。


「え、あ、どうぞ」はっと我に返った様子。


「あの時、どうして他の人を選ばなかったの?」


「だって...人の熱意を受け入れるのが苦手で...誘われると表情がこわばっちゃうの。助けてもらったら質問攻めに遭いそうで、お礼も言えなくなりそうだから」頬を手で揉みながら。


「学校で誘おうとしても、あの時の私の反応を思い出して...どう声をかけていいか分からなくて」ため息まじりに呟く。


性格の問題だったのか。社交用の仮面かと勘違いしていた。


「じゃあ...なぜ俺を...」突然八重楓が顔を赤らめ、スプーンでカプチーノをかき混ぜ始める。


「本当に聞く?」


「うん...あの...」


いったいなぜ? 彼女の照れ方が私まで緊張させる。まさか...


「だって...」


軽小説的な展開などあるはずない。唾を飲み込む。


「雪村くんには友達がなさそうだから、余計な質問をしないタイプだと思ったの」早口で言い放ち俯く八重楓。


は? 人生信条を看破されてはいるが、この推理過程は若干心が痛む...


「あ、もうこんな時間。そろそろ行くか...」雰囲気を変えるために慌てふためく演技。


「え、ええ...」八重楓も混乱したように頷く。


それぞれ会計を済ませ、駅へ向かう道中は微妙な距離を保つ。陽炎のように伸びる影と、どこからか聞こえる子供たちの歓声。やがて駅に到着する。


ホームの人影まばらな中、時刻表を見上げる。「あ、電車が来る時間だ」


「ねえ、雪村くん」少し離れた位置から声をかける八重楓。


電車の金属音が地面を震わせる瞬間、風は突然強まった。桜の花びらが螺旋状に舞い上がり、少女の髪の毛に1枚だけとまった。彼女はそのまま振り返って、瞳に夕焼けが溶け込んでいた。

「雪村くん、演劇部に入らない?」


夕焼け、桜、少女、電車。彼女はそう問いかけた――

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