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少なくとも僕にとっては、他人の家の中に入る機会というものはあまりなかった。
友達の家に行く、それだけでも別世界のように感じ緊張したのに女の子の家、ましてや彼女の家ともなるとその緊張度合いは比較にならない。
玄関に入った瞬間から雰囲気というか、匂いというか全く違う。それになによりもよその家にお邪魔する際に、出迎えられた経験がないので余計に焦ってしまう。
「こんにちは」
僕が挨拶をすると、目の前にいる真紀さんのお母さんはほんの一瞬だけ間が開いて真顔から笑顔に変わる。
それは親しい間柄の挨拶と違い、赤の他人から娘が連れてきた客として外見から判断して第一印象は認められた、おそらくそんな時間。
「こんにちは。今日は無理言ってごめんなさいね」
「いいえ、真紀さんがどんな人間と付き合っているか気になると思うので、挨拶は必要かなと思います」
「そう言ってもらえると真紀の親としては嬉しいし、なによりも安心できる」
僕が事前に用意していたセリフを言うと、真紀さんのお母さんは僕にニコッと笑ったあと真紀さんの方を見る。
「真紀にはもったいない。素敵な彼じゃない」
「なによその言い方」
ニヤケながら笑うお母さんに真紀さんが怒るのを見ながら、彼と呼んでもらえたことに嫌われてはなさそうだと感じひとまず安堵する。
「話が長くなってごめんなさい。ささっ、上がって」
「そうだ、これをどうぞ。お口に合うと嬉しいですけど」
僕は慌てて手にあった紙袋を手渡す。
「あらあら、そんな気を遣わなくてもいいのに。ほんとっ、真紀にはもったいない」
「いちいち言わなくてもいいから。ほら、行こう」
頬を膨らませ怒る真紀さんに手を引っ張られ僕は市川家にお邪魔する。緊張と嬉しさが半分づつやってきて、僕は少しだけ大人になれた気がして嬉しくなる。