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第五章「可愛すぎる妹たちが俺に青春をさせてくれない。」

「おっはよー五味くんっ」

「……」

「『明日原がこんな早く登校するなんていいことありそうだなぁ』って顔してるねぇ。ところで朝久くんはまだ来てない感じ?」

「……まいったな。傘持ってきてねぇよ」

「ん、今日は快晴だよ?」

 五味くんは変わらずこの世の終わりみたいな顔してるけど……ま、いっか!

 私は自分の席に座り、ふんふん鼻歌を歌いながら、教科書を引き出しに移動させる。

「ん?」

 黒板の端っこに貼られた予定表には数学Ⅱと書かれているけど、私のリュックサックの中には数学Bの教科書しか入っていない。

 むむっ、これは妖怪の仕業だな? なにはともあれ、朝久くんに見せてもらえば解決だから問題なしっ! ……あ、英語の課題プリントもまっしろだ。けど、これから五味くんのプリントを写せば解決だから問題なしっ! わたしはお友だちに恵まれてるなぁってつくづく思う。

「五味くん、英語のプリントみーせてっ」

「次はないって言ったよな?」

 五味くんはムッと顔をしかめる。これはちょっと予想外の展開。

「ならばじゃんけんで決めようぞ」

「得意分野に持ち込もうとするな」

 私はものすご~くじゃんけんが強い。じゃんけんなら誰にも負ける気がしないぜっ!

「じゃあ、どうすれば見せてくれるのっ」

「なんで俺が悪いみたいになってんだよ……」

 五味くんは大きくため息をつく。幸せが逃げちゃうんだぞ~。

「ちったぁ自分でどうにかする努力をしろ。お前、来年は受験生なんだぞ? このままじゃやべぇって自覚あんのか?」

「うわ、真面目なこと言ってる……」

「俺が異常みたいな扱いすんな。明日原さ、行きたい大学とかねぇの?」

「私、今を全力で楽しむのが一番大切だと思うんだよねぇ~」

「話を逸らすな」

 と言われても、この大学に行きたい! って強い願望を秘めてるわけでもないしなぁ。

「今日の五味くんつまんない」

「つまんなくて悪かったな。ま、英語のプリントは自分でなんとかしろや」

「むぅ~。そうですかー。五味くんは困ってるか弱い女の子を放置する冷たい人ってことがよ~くわかりましたー」

「あのなぁ明日原、常に助けるのが最良の選択ってわけじゃねぇんだぞ」

「……星良ちゃんに五味くんは冷たい人だって言いつけてやる」

 ボソッと必殺の一撃。

「なっ!?」

 よし、怯んだ。

「暴露されたくなかったら、大人しく英語のプリントを見せるがいい」

 くくくと悪役っぽい感じで笑ってみる。

「……お、お前、俺がどんな気持ちで――」

「おはよう」

 と、五味くん陥落一歩手前で、朝久くんが登校してきた。

「おはよ朝久くん。ねねね、英語のプリントみーせてっ」

「ん、いいけど」

「これ! これだよこれ! やっぱり持つべきものは朝久の兄貴ですよ!」

 朝久くんの肩を引き寄せてぽんぽん叩き、五味くんに私たちの絆の深さをひけらかす。

「ちょ、明日原さん……!」

 と、どこか戸惑ったような声をあげる朝久くん。顔が少し赤いような……

「むむむっ、これは測定の必要アリとみましたっ」

 朝久くんの頭を両手で掴み、こつんと額を当てる。

「ふひぃっ!?」

「……熱はなさそうだね」

「明日原、その辺にしてやれよ」

 苦笑しつつ、五味くんは言った。

「前から思ってたんだが、お前って昇との距離感バグってねぇか?」

「ちょ、五味っ!」

 朝久くんが焦り混じりの声をあげる。さっきより顔が赤いけど、ほんとに大丈夫かな。

「そう? 私は全然普通だと思うけど。むしろ遠くない?」

「じゃあなんで俺にはその距離で迫ってこねぇんだよ?」

「だって、五味くんは五味くんで、朝久くんは朝久くんじゃん」

 なにをあたりまえのことを聞いてくるのだろう。

「質問の仕方が悪かったな。今、昇にしてることと同じことが、俺にできるか?」

「そんなこと恥ずかしくてできるわけないじゃん」

 なにをあたりまえのことを聞いてくるのだろう。

「だってよ昇」

 と、なぜか五味くんは勝ち誇った顔を朝久くんに向ける。

「下世話な真似しやがって……」

「やっぱり顔赤いよね、おでこの当て方が悪かったかな」

 さっきとはちょっと角度を変えて額を押し当てる。

「……っ!」

「オーバーキルだろこれは……」

 その後も朝久くんの顔は赤いままだったけど、本人が大丈夫と言うので、しばらくは様子を見ることにした。何しろ私は朝久くんとお隣さんの間柄なので、いつでも顔色をうかがうことができる。

「……どうかしたかな、そんなじっと見て。英語のプリントでおかしいとこでもあった?」

「ううん、見てるだけだよ」

「会話が成立してないんだけど」

 ん~。顔を見てるだけじゃ、なにを考えてるのかさっぱりわっかんないなぁ~。

 星良ちゃんはわかるって自慢してたんだけど……おかしい。私の方がわかるはずなのに。

 だって私は……

「もうすぐだね朝久くんっ」

「もうすぐってなにが?」

「ふふ、な~いしょ♪」

 ヒントは、はじめて聖良ちゃんとヒイロちゃんとお弁当を食べた日(二十七頁)! 私の秘密を見抜いた人には……私の大好物、森○のカレ・○・ショコラ〈カカオ70〉を一ピース進呈します!


 ※


 恋にはふたつのパターンがあると思う。

 ひとつは、徐々に惹かれていくというパターン。

 ひとつは、特定の出来事がきっかけで好意を抱きはじめるというパターン。

 五味なんかの場合は完全に後者だ。

 廊下ですれ違った星良に一目惚れし、星良の兄である俺がクラスにいると知り、妹さんをくださいと頭をさげてきたけど当然認めるはずがなく、しかし五味は諦めずに、いつかお前を屈服させてやると啖呵を切り、その宣言に俺はやれるもんならやってみろと答えて……

 と、こんな感じで、俺は高校生活における親友と巡り合ったわけだけどそれはさておき。

 俺の恋のはじまりは前者にあたる。


「君が朝久くん?」

 高校に入学してまもない去年の春のこと。荷物をまとめて帰宅しようとすると、目の前に知らない女の子がいた。

「……えっと、そうだけど」

 春風みたいな子だな、というのが第一印象だった。

 活発な人柄を思わせるサイドテール。その予感を裏切らない朗らかな声。困惑する俺を歯牙にもかけず、女の子は「やっぱり!」とうれしそうに手を合わせた。

「名前見ずに当てちゃうとかすごくない? そんな気がしたんだよね~」

 さっぱり話についていけないが、なんだか楽しそうだ。疑問を口にする。

「どこかで会ったことあるか?」

「ううん、ないよ~」

 初対面のようだ。幼い頃に遊んでいた友だちとかだったらこちらだけ一方的に忘れていて申し訳ないなと思ったが、そんなこともないらしい。

 しかし初対面の相手にここまで砕けた態度で接することができるとは、彼女のコミュ力には卓越したものがある。その柔らかい物腰にあてられてか、すんなり質問を重ねることができた。

「じゃあなにか用事?」

「ううん、ないよ~」

 変わらずにこやかな顔つきで、さっきと同じ返答をする。

 では何故、俺に話しかけてきたのだろう。疑問を解消するはずがますます膨れ上がる。

「朝久昇くんっ!」

 出し抜けにフルネームで呼ばれて無意識に背筋が伸びる。キメ顔で俺を指差した彼女は、動揺する俺を見てくすくすと笑んで言った。

「これからは朝久くんって呼ぶねっ」

 ここに来て上機嫌のボルテージが一段階上がった気がする。そんな笑顔を浮かべていた。

「……えっと、誰?」

「あ、自己紹介がまだだったね」

 てへへと恥ずかしそうに笑い、彼女は言った。

「私は明日原ひかり。朝久くんの……まずはお友だち志望!」

 それが、明日原さんとの出逢いだった。


 その後も、明日原さんは俺を見かけるたびに話しかけてきた。

「ねねね、じゃんけんしようよ。私これまで一度もじゃんけんで負けたことないんだ~」

「そりゃすごいな。で、要件はなんだ?」

「要件? 要件なんてないよ。朝久くんとお話ししたくなったから会いにきたの。……だめ?」

「いやだめじゃないけど……」

 それどころか、明日原さんの方から進んで俺の元に足を運ぶことも多々あった。

 この頃の俺は、明日原さんにあまりいい印象を抱いていなかった。

 知らない女の子が、なんのきっかけもなしに頻繁に自分に構ってくるようになる。

 それは如何にも恋がはじまる前兆のようで。実際俺も、中学生の頃は、そんなザ・青春って感じの出来事が訪れないかなぁなんて夢見たりもしていた。

 しかし、いざその瞬間が訪れると、どうしてこの子はこんなに俺に構ってくるんだろう、という不安のほうが期待に大きく勝った。

「朝久くん朝久くんっ、いっしょにおべんと食べよっ」

 いつからか、明日原さんと向かいあって昼食を摂ることが日課になっていた。

 おいしい~と頬をたるませる明日原さんに、俺は思い切って訊ねた。

「どうしてそんなに俺にかまうんだよ?」

 付き纏われて一か月。これまでの交流で、明日原さんが悪い子ではないことはよくわかっている。むしろものすごくいい子だ。明日原さんを学年一可愛いと称する男子がクラスにそこそこいるが、その格付けはあながち間違っていないと思う。

「ん~、知りたいにょ?」

 卵焼きをもぐもぐしながら応じる。明日原さんが咽喉を鳴らしたところで口を開いた。

「あぁ、教えてほしい」

「ん~。そだね~」

 頬に指をあて、黙考する明日原さん。そんなあざとい仕草があざとく見えないのは、そのすべてが計算されたものではないからだろう。計算されていないあざとさはただの可愛いだ。

 十秒ほどの沈黙の後、明日原さんはうんと頷いて言った。

「それはね、朝久くんが朝久くんだからだよ」

「は?」

 思わず困惑を声と顔に出してしまう。

 朝久くんが朝久くんだから。全然理由になっていなかった。

「ひとりぼっちの朝久くんに同情してるとかじゃないよ。私は朝久くんとの時間を過ごして、朝久くんのことを知りたいからここにいるの。これで充分かな?」

 しかし、明日原さんは大真面目だった。瞳は真剣の色を帯び、唇は緊張に引き締まっている。

「……はは」

 笑うしかなかった。なんだかもうどうでもよくなってしまった。

「ぜんっぜん謎が解明してないよ」

「私は今後もミステリアスキャラを貫き通すつもりなので」

「明日原さんにミステリアスキャラは向いてないよ。そうだな……ミステリーの序盤で速攻いなくなる主人公の親友の彼女の友人の騒がしいキャラが向いてる」

「いなくても問題ない他人じゃないその子? ていうか馬鹿にしてない?」

「してないしてない」

 心を置き去りにしてそう口にすると、明日原さんは「そっかぁ。ならいいや」と卵焼きを口に運んだ。笑みがますます輝く。その笑顔を見ながら弁当を食べる時間を俺は心地良く思っていた。

 それだけで充分だと思った。


 その後も明日原さんとの交流は続いた。

 人間は本能的に孤独を嫌う、集団の中でしか生きられない生きものなのだと俺はこの日々を通じて知った。よくわからない誰かが話しかけてきても、疑うより先に喜びの感情が浮上する。それが一回だけなら未だしも、何回も同じことが続けば、その相手は知らない誰かではなく見知った誰かとなり、ついには疑問や不信感を募らせることがなくなる。

 喜びの感情が肥大し、やがてその感情が信頼を生んだ。信頼はやがて友愛となった。

 そして友愛はそれ以上の感情に――それはきっと〝恋〟と呼べる感情になった。

 明日原さんと何度も同じ時間を共有するうちに、俺はいつの間にか恋に落ちていた。


 明日原ひかり。

 結局、彼女がどうして面識のない俺に唐突に話しかけてきたのかはわからずじまいだ。しかし、今となっては取るに足らない問題である。

 俺は明日原さんが好きだ。この気持ちに嘘はない。

 それだけで想いを打ち明けるには充分だろ?


 ※


「明日原さんっ、明日原さんっ」

 声を潜めて、俺は繰り返しその名前を呼びつづける。

「すぴー。すぴー」

「明日原さんっ、もうすぐ順番回ってくるってばっ」

「う~……んへへ、すやぁ……」

「かわいいなぁ……ハッ!?」

 今、心の声が漏れてなかったか?

 ……気のせいだよな。うん、不安の九割は杞憂で終わるって言うし。

 しかしながら、ただいま直面している問題は、残念ながら杞憂で終わりそうにない。

「江川、答えなんや思った?」

「古生代です」

「せやな。ただまぁ、古生代いうてもさらに細かくわけることができてな――」

 こんな感じで、地学基礎の授業は、教師と生徒のキャッチボールで進行する。

 話を聞いてノートを書くだけよりかは遥かに能動的だし、おかげで記憶定着率もいいような気がするし、おまけにあまり眠くならないという良いことづくめの授業スタイルなのだが……

「斎藤、オルドビス紀とカンブリア紀はどっちが先や?」

「……」

「あー寝てんな。お前、課題プリントプラス一な。じゃあ代わりに土屋――」

 といった感じで、寝ている生徒に優しい鞭を打ってくる。

 寝てても起こすことなく、寝てても容赦なく指名して、最終的には課題プリントが十枚以上蓄積されたという事例もあるから、それが説教よりも優しいことなのかは置いといて。

「明日原さんっ、あと三つ先だよっ」

「すぅー、すぅー」

 地学担当の武市はいいヤツなんだが、たま~に時代錯誤なことを言い出す節があり、その最たる例が、「寝てるヤツは自己責任。起こすな」がモットーってこと。かてて加えて、起こしたヤツには寝てたヤツと同じ分の課題を課すという。

 だから俺は、隣でぐっすり眠る明日原さんを小声で起こそうと試みているわけだが……

「……ふぅ」

 覚悟はできた。

「起きて明日原さんっ、宿題増えるの嫌でしょっ」

 肩を揺さぶって無理やり起こす強行フェイズに突入する。

 別に課題が嫌で日和っていたわけじゃない。

 ただ、好きな子に触れるという行為に緊張と躊躇いを覚えていただけで。

「うにゃうにゃ……」

「どんだけ深い眠りについてんだよっ」

 全然起きねぇなおい! ここまでされたら起きるもんじゃねぇの普通?

 まるで勝機が見えてこない。このままでは、明日原さんは起きることなく、俺は明日原さんを起こしていることがバレて、課題が無限に積み重なって、一蓮托生バッドエンドにまっしぐらだ。明日原さんが起きて、俺が起こしていることがバレて、課題プラス一でこの場をやり切るには、手段を選んでる場合じゃない。……ええい、ままよっ!

「ひゃっ!」

「どしたん明日原?」

 いきなり甲高い声をあげた明日原さんに、武市が怪訝そうな顔をする。

「へ? えっと、あの、その……本日も異常なしであります!」

「なにゆうてんねん」

 意味不明な報告をして敬礼する明日原さんと、冷たくツッコミを入れる武市のショートコントに、クラスがどっと笑いに包み込まれる。

 まさか横腹をちょっとくすぐっただけでこんなオーバーなリアクションをするとは。

「授業中にいちゃつきやがって。とっと付き合えよ。じれってぇな」

 斜め後ろで五味がなんか言ってるけど無視。

「じゃあ明日原でええわ。これは古生代の代表的な生物なんやけど名前わかるか?」

 と言って、武市が片手で持ち上げるのは、アノマロカリスのぬいぐるみだ。

 ちなみにこのくだりはお約束で、言わばボーナスステージのようなものである。

 小テストでも『ひとりを除いて』正解してたっていうし、さすがの明日原さんでも……

「ん~、サソデ!」

「なんやそれ?」

「あれ、ムカリでした? う~ん、サソリとムカデが合体した生物ってことはわかるんだけど」

「……明日原、課題プリント五枚追加な」

「なっ!? しょ、職権乱用~っ!」

「俺は教師として正しいことしとるで」

「教育委員会に訴えてやるぅ~」

「往生際の悪いやっちゃなぁ……」

 そのひとりだったんだろうなぁ、明日原さんは。

「朝久くんっ、朝久くんっ」

 横暴だの、理不尽だの、あれやこれやと文句を言って抗議するも、結局課題プリントの枚数を増やすだけで撃沈した明日原さんは、席につくなり俺の裾をくいくい引っ張ってくる。

「起こしてくれてありがとっ、私、寝ちゃってたよね?」

「ま、そんなこともあるよ」

 明日原さんは一日の半分くらいは寝てる気がしないでもないけど。

「朝久くんは優しいね。朝久くんのそういうとこ好きっ」

「っ……! ど、どうも」

 明日原さんは、異性が相手でも平然と好きと言えてしまうタイプの子なのだが、こうも満面の笑みでそう言われると、ドキッとするし、勘違いしてしまいそうになる。

「明日原~私語が目立つで。まだ課題プリント増やされたいんか?」

「私語じゃないです。私は起こしてくれた朝久くんにありがとうって言ってるんです」

「……あー、朝久、まぁルールはルールだから、な?」

「じゃあそのルール変えましょうよ……」

 そして俺は、明日原さんと同じだけの追加課題を課せられた。

 課題が増えれば増えるだけ明日原さんと同じ時間を過ごす時間が増えるので、クラスでは星1以下のレビューが大多数を占めるこの制度に、俺が星5のレビューをつけてるってことはクラスのみんなには秘密だ。愛してるぜ武市センセッ!


 ※


 地学基礎が終わり、体育が終わり、そして迎えた昼休み。

「身体動かしたあとのご飯おいし~」

「うんうん。その気持ちすっごいわかる~」

 俺の隣でぱくぱくと弁当を頬張る明日原さんに、にこにこ笑顔で相槌を打つと、星良は、つーと俺に視線を流し、「わかってるよな?」とにこにこプレッシャーをかけてくる。俺は頷いた。

「明日原さん」

「ん?」

 箸を止め、もぐもぐ口を動かしながら、じっと俺を見つめてくる明日原さん。どんな状況でも、相手と目を合わせて会話することを欠かさないのは、明日原さんの長所のひとつだ。

「週末、ふたりで出掛けない?」

「ブフゥ! ごほごほっ! の、昇っ、おまっ、どうし、けふけふっ……!」

「あ、あのおにぃがファーストクラッシュしてる……」

 五味も、星良も、なに驚いてんだよ。

 星良の想いを拒んじまった今、変わらずヘタレな演技をするわけにはいかねぇだろ?

「うん、いいよっ」

 明日原さんはいつもと変わらない微笑みをたたえ、いつもと変わらない楽観的な返事をする。

 俺が『ふたりで』と強調したことになんて、まったく気づいていない様子で。

「実は私も、週末朝久くんとふたりきりで話したいことがあったんだよね」

「え?」

 俺の『ふたりで』に対し、『ふたりきりで』と返してくる明日原さん。

 明日原さんは、少人数よりも大人数が好きな子だ。理由なく小規模を望むとは考えにくい。

「やっぱり、考えることは同じみたいだね」

 そういう明日原さんは、弾けるような笑顔ではなく、しんみりとした笑顔を浮かべていて。

 なにが『やっぱり』かと疑問に思いつつも、漠然と理解し期待している自分がいて。

 鼓動はどんどん、加速していって……

「勝負あったんじゃねぇのこれ?」

「いや、そう結論づけるにはまだ早いよ。何しろ相手はあの明日原さんだもん。この期に及んでおにぃの気持ちに気づいていないってことも十二分に考えられるわけで――」

「勝負ありだね星良ちゃん」

 と、縁起でもない考察をする星良に、明日原さんは強気な言葉を突き刺す。

「星良ちゃんのポジションは私がもらうよ」

「っ! ……そ、それって」

「言葉通りの意味だよ」

 恋愛に無頓着なのか鈍感なのか知らないが、まるでそういう雰囲気を見せることも、そういう話題を出すこともなかった明日原さん。

 その明日原さんが、星良に対抗意識に満ちたまなざしを向けている。

 星良のポジションを、自分のものにすると言って。

「約束だよ、朝久くん。週末が楽しみだねっ」

 星良のポジション。――常に俺の隣にいること。

「やっぱり勝負あったんじゃねぇの?」

 俺も五味と同じことを思っていた。

 自惚れているとか抜きに、明日原さんが俺と同じ感情を抱いていること以外に、可能性を見つけだすことができなかったから。

 だから、これまで口にしてきた『好き』は、もしかしたらそういう意味合いなんじゃないかって。……そう思わずにはいられなかった。


 ※


「ほうほう、こんなお店があるのか~」

 朝久くんとのお出かけを翌日に控えた前夜。私は、お目当てのショッピングモールにどんなお店があるのか、スマホをすいすいスライドしながら調べていた。

「お昼はこのハンバーグ屋さんかなぁ」

 そう決めた根拠は、私がそのお店がいいなって思ったから。

 なんて理由で完結させると私が身勝手星人みたいだから補足しておくけど、私が好きなものは朝久くんも好きだから、っていうちゃんとした理由があって私はこのお店を選んだ。

 うんうん、我ながら理路整然としたパーフェクトな理屈で素晴らしきかな。

「それにしても、まさか朝久くんの方から誘ってくるなんてなぁ」

 ほんとはお祭りでふたりきりになったときに話すつもりでいた。

 いつ伝えようと思いつつ、ずっと伝えられずにいたけど、お祭りの雰囲気にあてられれば、すんなり言えるんじゃないかなって、お祭り効果に期待してた。

 けど、お祭りに朝久くんは来なくって。

「……やっぱり考えることは同じなんだよ」

 ここだけの話、打ち明けてしまうのがこわい。

 だって打ち明けたら、絶対にこれまでと同じ関係ではいられなくなる。

 ……のはもう確定しているから、避けようのない未来なんだけど。

「明後日からどうすればいいんだろうね、私たち」

 スマホの電源を落とし、枕をぎゅっと抱き締めて寝返りを打つ。

「……私は変わらず好きでいられるけど、朝久くんは変わらず好きでいてくれるかな」

 こんな私を、受け入れてくれるかな。

 と、今更ながらに、ひとつの疑問が頭に浮かぶ。

「朝久くんはどうして私をおでかけに誘ったんだろ?」

 私は、おでかけを口実に朝久くんに伝えたいことがあった。

 まぁ今頃、その内容は割れてるんだろうけどそれはともかく。

 けど朝久くんは、おでかけをしたいと言っただけで、その先はなにも言っていない。

「……ま、いっか」

 ふたりきりでおでかけしたいって思われるくらいに、朝久くんと親密な間柄になれてて、信頼されてるってことだし。

「えへへ~」

 うれしいなぁ。星良ちゃんはいつもこんな気持ちなのかな?


 ※


 明日原さんとの一対一デートの日がやってきた。

「……ふぅ」

 ベンチに座り、長く息を吐き出す。

 待ち合わせの駅に十五分早くやってきた。

 アパレル店に行き、星良先生が合格サインを出した服を着てきた。

 明日原さんが興味を持ちそうな店をマークし、今日一日のスケジュールも立てた。

 やれることは全部やった。あとは俺の本番での努力次第ってところだろう。

 昨夜は妹たちからアドバイスをもらったし、ここまでしてもらった以上は、なんとしても告白を成功させなければならない。

 大丈夫。告白の台詞は何度も練習している。

 だから変に緊張しない限りは……

「おっはよっ」

 とんっと、勢いよく肩にぶつかった感触に振り返ると、鼻先が触れ合うくらい近い距離に、満面の笑みを浮かべる明日原さんの顔があった。

「よかったぁ~。来てくれないかもって不安だったんだ」

「お、おはよ、明日原さん。えっと、俺ってそんな軽薄なヤツに見えるのかな」

 白いブラウスに薄茶のスカート。小さなショルダーバッグ。

 トレードマークのサイドテールが、今日はハーフアップになっている。

「明日原さん?」

 こてんと首を傾げると、少し間をおいて明日原さんは「わかった!」と手を叩いた。

「今日までは、朝久くんと明日原さん呼びでいくんだねっ」

「うん。朝久くんと明日原さんだからね」

『まで』ってなんだろ? 明日からは〝昇〟と〝ひかり〟って呼び合っちゃう伏線か?

「ねねね、この服どう? 似合ってる?」

 前を向いたり、横を向いたり、後ろを向いたり、大忙しの明日原さん。

「……うん。すごく似合ってる」

「えへへ、ありがとっ、昨日がんばって選んだ甲斐があったなぁ~」

 俺と同じことしてんじゃん。

 けどそれって、俺と同じくらい今日を楽しみにしてて、相手を意識してるってことで……

「ぎゅう~」

「ぬふぅ!?」

 なにを思ってか、明日原さんはなんの前触れもなく、俺の腕に抱きついてきた。

「え、えと……」

 今日一日は冷静さを欠かないと決めてたけど、もうダメかもしんない。

 髪から漂うシャンプーのいい香りで既に意識が朦朧としている。

「いやかな?」

 と、上目遣いに俺を見上げる明日原さんは、どことなく不安げに見えて。

「……嫌じゃないよ」

 好きな子にそんなあざといおねだりをされて断れるはずがない。付き合ってるわけでもないのにその距離感はどうなんだとか、そんな野暮なことを指摘できるはずがない。

「えへへ、やっぱり朝久くんは優しいね。ずっとこうしたかったんだぁ~」

 俺も幸せで、明日原さんも幸せなんだ。誰も不幸になっていないのなら、この突発的に訪れたラッキータイムを満喫しても問題ないだろう。……ずっとこうしたかった?

「そ、そろそろ電車が来る時間だから移動しようかっ」

「うん」

「……えっと、ずっと俺の腕にくっついてるつもりなの?」

「だめ?」

「いや、ダメじゃないけど……」

 人目が痛いというか、俺の人心地つく時間が永遠にやってこなくて困るというか……

「星良ちゃんは、おでかけするときいつも抱きついてるんだよね?」

「なぜここで星良?」

「いいから答えてっ」

 頬をぷくっと膨らませる明日原さん。……嫉妬?

「……まぁ、星良はずっと引っついてるよ」

 それどころか、頬にキスするわ、恋人繋ぎはしてくるわだけど、まぁこれは内緒の方向で。

「じゃあ私もひっつく~」

「っ……!」

 離れてもらって平静を保ちたいけど、このまま幸福を享受したいという二律背反!

 こうして、明日原さんとのデートの幕が開けた。

「見て見てっ、朝久くんっ! みどりみどりっ!」

「わかったから落ち着こう明日原さん。車内では静かに、だよ」

 最初はどうなることかと思ったが、明日原さんはすぐにいつもの明日原さんに戻った。

 よかった……丸一日あの距離感で過ごしたら理性が吹っ飛んじまうよ。


 ※


 電車に揺られること小一時間ほど。目的のショッピングモールに到着した。

「見て見てっ、朝久くんっ! でかいでかいっ!」

「うん。でかいね」

 気持ちが昂っているからか、明日原さんの語彙力は小学校低学年レベルに退化していた。

 元からこんな感じなような気がしないでもないけど、今日の明日原さんは、いつも以上に幼く感じられる。気を抜いたら父親の気分になってしまいかねないので、相手は意中の人だぞ、と常に言い聞かせなければならない。……なんだこの謎めいた涙ぐましい努力。

「明日原さん、お腹空いてる?」

「ぺこりんっ」

 空いてるってことだよな?

「じゃあ、まずはご飯食べに行こうか。この時間ならあまり混んでないだろうし」

「さっすが朝久くん、計画性がありありだねっ」

「誘ったのは俺だから、これくらいはしないと」

 ちらちらと珍しい店に興味をちらつかせつつも、俺の隣を歩く明日原さんの足は止まらない。

 なんだか犬の散歩をしてるみたいだな。……と、いけないいけない相手は意中の人だぞ。

 と、この調子なら、第一ステップは難なく突破できそうだ。

 昨夜、ヒイロと交わした会話が蘇る――


『お兄様、まずは食事です。食事をすれば、誰でもいい気分になります』

『たしかに、明日原さんは食べるの好きそうだからなぁ』

『ひかりさんはハンバーグが好きですよ』

『え、なんでそんなこと知ってんの?』

『以前、スーパーでお買いものをした際に豪語していました。この世にハンバーグより美味しいものは存在しないと。心は長閑な森のような緑でした』

『ハンバーグか……あ、三店舗くらいある。ヒイロ的にはどこがいいと思う?』

『ヒイロなら三店舗すべて巡ります』

『うん、スタンプラリーやってるわけじゃねぇんだよなぁ。……だいぶ価格分散してんなぁ。けど、高いってことは、味が保障されてるってわけだし……』

『どのお店を選んでも問題ないと思いますよ』

『そう言い切れる根拠は?』

『お兄様が悩んで選んだお店なら、ひかりさんはどこであっても喜びます』

『ほんとかなぁ?』

『はい。ヒイロを信じてください』


 と、ヒイロからのアドバイス通り、まずは食事に漕ぎつけ、エレベーターに乗ってレストランフロアのある階を選択したまではいいんだけど……

「どしたの朝久くん? 険しい顔して?」

 白のブラウスなんだよなぁ。

 そう理解しながらハンバーグ店を選択するのはちょっと無神経がすぎるというか……

「……明日原さんはなにか食べたいものとかある?」

「ハンバーグ!」

 あれ? さては俺の気にしすぎか?

「ここにあるハンバーグ店ってどこも本格的だから、たぶん鉄板ジュージュー言ってるよ?」

「あの音おいしいよねっ」

 いつから音が食える時代になったんだ? まぁ言いたいことはわかるけどさ。

「服、汚れちゃうかもよ?」

「ふふ、朝久くん、私を誰だと思ってるの?」

 明日原さんはキメ顔で言った。

「私、○っくりドンキーのハンバーグ全制覇してるから」

 そいつはすごい。根本的な問題は解決していないから、なら問題ないか、とはならないけど。

「……お、俺は、天ぷらが食べたいなぁ~」

「えぇっ、もうその気になっちゃったよぉ~」

「……まぁ明日原さんがそこまで言うなら」

 こんなことで喧嘩したくないので、服が汚れないか不安は拭えないけど折れることにした。

「それに、朝久くんもハンバーグ好きだよね?」

「星良の料理が首位総ナメだけど、次席をあげるならハンバーグかな」

 話を合わせてそう言っているように思えるかもしれないが、これがびっくり、ハンバーグは俺の大好物だ。偶然にも、俺と明日原さんの好物は一致していた。

「はは、いいお兄ちゃんだなぁ~」

「マジでうまいからな。星良の料理は」

「自慢の妹なんだね」

「あぁ、星良は俺にはもったいないくらいによくできた妹だよ」

「ふぅん。そーなんだ」

「明日原さん?」

 なんだかちょっと投げやりな反応だったような……

 と、レストランフロアにエレベーターが到着する。

「とうちゃ~くっ。いこっ、朝久くんっ」

「……うん、行こうか」

 気のせいか。

 そう結論づけ、俺は上機嫌で鼻歌交じりの明日原さんの隣に並んだ。


「ん~美味ですっ! ……どうかしましたかムスカングくん?」

「あ、いや……汗水垂らして稼いだ金が光の速さで溶けていくのってこんな気持ちなんだな」

「追加注文してもいいですか?」

「……あぁ、好きなだけ食べてくれ」


「……」

「どしたの朝久くん?」

「なんでもない。ちょっと同情しちゃっただけ」

 気のせい……じゃないよな、今のは。

 危ない。天ぷら店に行ってたら、ヒイロとエンカウントするところだったよ。


 ※


「おいしかったぁ! 今まで食べた中で一番かも!」

「それはよかった」

 何しろ、三店舗あるハンバーグ店の中で一番お高い店だったからな。

 こういう時は、多少背伸びしてでもいい店を選ぶのが最適解だと思うんだ。

 そんなこんなで、服が汚れることもなく、明日原さんは大満足という形でランチタイムを終えることができ、幸先のいいスタートダッシュを切ることができた。

「朝久リーダー、次のミッションはなんでしょーか?」

「腹ごなしに、地元にはない珍しい店でも見て回ろうか」

「了解でありますっ」

 試着しようとした服の値札を見て、目玉が飛び出るくらいの驚き顔をする明日原さん。ゴーグルみたいな眼鏡を俺につけ、「似合ってる似合ってる」と言いながら笑いを必死に堪える明日原さん。

 子犬に手をぺろぺろと舐められて、恍惚の表情を浮かべる明日原さん。すれ違った人が落とした扇子を拾い上げ、「落としましたよ」と律儀に渡しにいく明日原さん。

 明日原さんが隣にいれば、どんな場所でも楽しくなる。知れば知るほど惹かれていく。

「楽しいねっ」

「あぁ、すげぇ楽しい」

 この子と付き合いたい。この子の隣に居たいという想いが強くなる。

「うん。やっぱり朝久くんは今の感じの方がいいよ」

 キャラメルマキアートをすすり、明日原さんは言った。

「今の感じって?」

「そのちょっと不良っぽい感じ。星良ちゃんとか五味くんとかと話すときはいつもそうなのに、私と話すときだけちょっと余所余所しい感じになるよね」

「それは……」

 好きな子が相手なんだから当然だろ。

 ……と思ったけど、それってどうなんだろう。

「私もみんなと平等に扱ってほしいな?」

 好きな子の前だからこそ、ありのままでいなくちゃダメなんじゃないのか?

 裸の自分を晒すのはこわい。ノーガードで殴り合いにいくようなものだ。

 ……けど、少なくとも俺の妹たちはそんな俺を好いてくれているから。

「……わかった」

 だから、素の自分に自信がないから猫を被りつづけるなんて日和った選択はできない。

 だってそれは、俺に必死に想いを打ち明けてくれた大切で最愛の妹を裏切る行為だから。

「じゃ、これからはひかりって呼ぶな」

「うんっ。じゃあ私は昇って呼ぶね!」

「……悪い。今のは冗談だ」

 今日一日でいくつものハードルを飛び越えたが、名前呼びはまだちょっと無理そうだ。

「これからどーする?」

「お化け屋敷に行こう」

 そろそろ腹ごなしも済んだ頃合いだろう。

「おっ、いいねいいねっ。いこいこっ!」

 キャラメルマキアートをずずっと飲みきり、明日原さんは俺に手を伸ばしてくる。

「あぁ、行くか」

 柔らかく華奢な手を慎重に握り、俺と明日原さんはお化け屋敷に向かう。

 手を繋ぐくらいのハードルなら、もう難なく飛び越えることができる。


『お昼ご飯を食べたあと、おにぃはどうするつもりでいるの?』

『無難に映画でも行こうかと』

『はぁ……あのねおにぃ、恋愛に模範解答なんてないのよ?』

『それアラサーで恋愛経験皆無の聖良が言うのか?』

『あたしのことはどうだっていいの! おにぃに恋してるから恋愛経験ありだしっ!』

『で、聖良的にはどうするのがベストなんだ?』

『おにぃ最近あたしに冷たいよね? そんなおにぃにはなんも教えてあ~げないっ』

『生意気言ってすいませんでした恋愛初心者の俺にアドバイスをください聖良様』

『よろしい。ちょっと考えればおにぃでも気づけそうなことなんだけど、おねぇが映画を見て喜ぶと思う?』

『おねぇって……たしかに、明日原さんが映画を見て楽しそうにしてる姿はイメージできないな。寝てるビジョンは簡単に浮かぶけど』

『そ。おねぇとのデートで映画鑑賞は愚策以外のなんでもないわ。けど、幸運にもおにぃの行くショッピングモールには、映画以外にもたくさんのアトラクション施設がある』

『……ほんとだ。まったく気づかなかった』

『お化け屋敷なんてどうかしら? 王道だけど、吊り橋効果が期待できるわよ』

『明日原さん、お化けとかむしろ好きそうなんだけど』

『それもありじゃない? いずれにせよ、楽しい想い出になるでしょうから』

『聖良……お前ってたまに使えるよな』

『たまには余計じゃない? ……そんなことよりおにぃ、いっしょにお風呂入ろ♪』


 第二ステップ。聖良からのアドバイス通り、お化け屋敷に訪れたはいいんだが……

「わぁ~本格的。……ひゃっ、すごいよこれ、触感まで再現されてる!」

「マジで? ……うおっ、なんかぬるってする!」

 暗がりから飛び出してきた大蛇の舌に触れて、俺と明日原さんはお化け屋敷のレベルの高さに感動していた。

 ……うん。完全に楽しみ方を間違えてるんだよなぁ。明日原さんはやっぱり全然お化けにもトラップにもビビらないし。俺もこういうの全然平気な性質だし。

 薄気味悪い静けさの満ちる、涼しいというよりは寒い館内を、ぴちゃぴちゃと水溜まりを踏みしめながら歩くと、赤い文字の書かれた木の看板が目に入った。しかしまぁ、恐怖心を煽るために館内は無音だったり、冷房を低めの温度に設定したり、アトラクションに入る前に長靴に履き替えさせて足場を悪くしたりと、演出めちゃくちゃ凝ってんなこのお化け屋敷。

「この先、口裂け女が襲ってきます。注意してください」

 赤文字を読んだ明日原さんは、しばし沈黙し……

「ねねね、口裂け女捕獲したら私たち有名になれそうじゃない?」

 振り返って俺を見つめる瞳は、好奇心に煌めいていた。

「明日原さんは将来ビッグになりそうだなぁ」

 普通そんな発想にはならねぇよ。

 そんな会話を交わしたのち、ステージ2の口裂け女エリアゾーンに足を踏み入れる。

 このアトラクションは4つのステージで構成されており、ステージ1は蛇女、ステージ2は口裂け女となっていて、あとのふたつは進んでみないとわからない。

 たぶん○○女縛りなんじゃないかと思うけど……なんだろ、想像がつかないな。なんて思いながら歩いていると、背後からタタタとこちらに猛スピードで迫る足音が聞こえてきた。

「おっ、私と競争しようってのか~。じゃ、朝久くんが鬼ねっ。よーいどんっ!」

「あ、ちょっと明日原さん! 靴裏濡れてるから走ると危ないって!」

「ねぇ、私きれい?」

「うわっ、足はっや!」

 いつの間にか背後に、黒髪長髪、トレンチコート、口元には大きなマスクと、まさに誰もが想像する通りの口裂け女がいた。

「ねぇ、私きれい?」

「はい、綺麗です」

 そう答えればお約束。

「これでもぉ~?」

「おぉ……」

 すっげぇ。マジで口が裂けてるみたいだ。これどうやってメイクしてんだろ。

「……」

 無言でこちらを見つめる口裂け女。

「えと、お疲れ様です。あの、前を走ってる女の子にも同じことしてあげてくれませんか?」

「……」

 やっぱりじっと視線を突き刺すだけの口裂け女。

「えと、どうかされましたか?」

「○ねぇリア充めがぁぁぁああああ!」

「うおっ! え、そのククリナイフレプリカだよね?」

 さっきの蛇女も同じセリフ言ってたけど、それってテンプレートなの?

 演技にしては鬼気迫りすぎる口裂け女から息を切らして逃げ切ると、足場がアスファルトの感触から土の感触に変わった。

「あ、やっときたね朝久くん」

 声の先を見ると、明日原さんが顔を真っ赤にして棺を開けていた。

「ん~! この中のひとつにミイラ女が入ってるんだって」

「リア充奨励してんじゃねぇか」

 こんな重労働、女の子だけじゃできねぇよ。

「ひぎゃあぁぁぁぁあああ!」

 と、館内に絶叫が響き渡ったかと思えば、口裂け女ゾーンから小さな女の子が飛び出した。

「もうやだっ! こんなこわいとか聞いてないって! ひぎゃああ墓ぁああああぁぁ!」

「……」

「ねぇ、朝久くん」

「気のせいだ」

 あれは聖良によく似た誰かだ。

 ……この感じだと、残す三人目の妹もどこかから俺たちの動向を観察してそうだな。

「あああああああああああ!」

「見て見て朝久くんっ、あたりだよあたりっ」

「○ねぇリア充めがぁぁぁああああ!」

「逃げるぞ明日原さん!」

 明日原さんの手を取り、俺は全速力で館を駆ける。

 こりゃ日本で二番目にこわいお化け屋敷と呼ばれるわけだ。

 だってあのお化け役の女の人たち、目が本気の殺意に満ちてるもん。


 ※


「楽しい一日だったね」

「そうだな」

 時刻は十六時。少し早いけど、明日原さんが用事があって十七時までには家に帰りたいとのことなので、俺たちは帰りの電車に揺られている。ちなみに星良と思しき少女を見かけることはなかった。

「また来たいなぁ」

「なら来よう。ものすごく離れた場所にあるってわけでもないしさ」

 妹たちのアドバイスもあり、デートは大成功に終わった。

 うとうと眠そうな明日原さんは、俺の肩に頭を乗せていて、お互いの指は絡まっていて。

「うん。約束だよ?」

「あぁ、約束する」

「じゃあ指切り」

「もう絡まってる」

「はは、ほんとだ」

 電車が揺れるたびに、明日原さんの身体がぶつかったり離れたりする。

 それがもどかしくて、俺は自分から明日原さんに身体を近づける。

「ふふ、どしたの朝久くん?」

「眠たいんだろ。寝てていいよ。駅についたら起こすからさ」

「理由になってな~い」

「明日原さんにだけは言われたくないな」

 いつもめちゃくちゃな理屈ばっかりで。

 今日だって、なんの説明もなしに腕に抱きついてきて、手を繋いできて。

「……駅に着いたら大事な話をしたいんだ。そんときに意識が朦朧でしたじゃ俺が困る」

「奇遇だねぇ。私もしたかったんだ、大事な話」

 とくんと胸が強く脈を打つ。

「……そっか。じゃ尚更寝なきゃな。ただでさえ、明日原さんは頭の回転があれなんだから」

「ばかにしたな~」

 こつんこつんと、肩に頭を軽くぶつけてくる。

「もー限界。着くまで話し相手になれなくてごめんね?」

「こうやって明日原さんといられるだけで楽しいよ。だから謝ることなんてねぇよ」

「……ほん、と……優しい、なぁ……おに………は……」

 ほどなくして、隣からすぅすぅ寝息が聞こえはじめる。

「……ついに残すは最終ステップだけか」

 最終決戦を前に、俺は最後のアドバイスを思い返す――


『星良ちゃんの恋愛教室番外編! さぁおにぃ、わたしに告白してみるがいいッ!』

『好きだよ、星良』

『~~っ! ごーかくっ! わたしが教えることなどなにもない! さぁ戦え朝久昇っ!』

『こんな淡白な告白でいいのか?』

『淡白でいいんだよ淡白で。結局女の子はみ~んな直球に弱いんだから』

『星良だけじゃなくて?』

『じゃあ聖良といろちゃんにも試してみなよ。まぁ本気にされて混沌とした状態になってもわたしは責任取らないけど』

『嫌な予感がするのでやめておきます』

『うむ、英断だね。けどま、おにぃが不安だって言うなら補足しておこうかな』

『補足?』

『くどくどまわりくどい言いまわしをされたり、くっさい台詞を吐かれても、キュンとくる女の子はいないと思うんだよね。あと、やけにロマンチックな告白をしようとするあれもだめ。わかっちゃうからね、あぁ告白されそうだなぁって。サプライズ感ゼロで台無し』

『まるで経験者のような口ぶりだな』

『まるでじゃなくて経験者なんだよ。わたしがこれまで何人の男の子に告白されてきたと思ってるんだ。その数、まもなく三桁に突入しそうなんだぞ』

『絶対盛ってる』

『さぁ? どうかなぁ?』

『……』

『おにぃはこんな逸材を振っちゃったんだもんなぁ~。と、嫌みはこの辺にして』

『……あーあ、選択を誤ったなー』

『棒読みやめいっ! で、なにが言いたいかっていうと、おにぃの告白には切実な想いが込められてるから、それだけで完成されてるんだよ。だから、場所も台詞も関係ない。しっかり目を見て、好きだって一言伝えれば、きっと明日原さんもすってんころりんと落ちるよ』

『そのゲーセンの景品みたいなたとえ方やめない?』

『ま、実際恋ってゲームセンターの景品みたいなもんだよねぇ。獲れるかわからない景品に、何度も何度もアプローチを仕掛けて。で、落ちたり落ちなかったり。……だからおにぃ、あと百円で落とせそうなこの恋を落としちゃだめだよ? おにぃが好きなわたしとしては複雑な心境だけど、それでもおにぃには、おにぃが好きな人と幸せになってほしいからさ』

『星良……』

『がんばれおにぃ! おにぃなら絶対できるよっ!』


「……ありがとう星良。おにぃ、絶対成功させるからな」

 まもなく電車が最寄り駅に到着する。

「明日原さん、明日原さん」

「んむぅ?」

「おっ、今日は目覚めがいいいな。もう着くよ」

「ん? ……あ、ほんとだ。ふわぁ~よく寝たぁ」

 改札口を出たあと、他愛のない会話でワンクッション挟み、告白する。

 深呼吸をひとつし、俺は決意を固めた。


 改札口をくぐり、飲みものを買ってベンチに腰掛ける。までは順調だったんだけど……

「……」

「……」

 なんだこの空気。重すぎて窒息しちまいそうなんだが?

 ちらと明日原さんの顔を見やる。

 明日原さんの横顔は、これまでに何度も見てきた。

 笑顔。寝顔。半泣きの顔。からかい顔。困った顔。

 けど、今、明日原さんが浮かべている表情は、これまでに一度も見たことがない。

 ちょっと俯いて、どこか緊張しているようで、茜色の空の影響かどうかはわかんないけど、ほんのり頬が赤くなったように見えるこんな表情は、今までに見た記憶がない。

 戸惑っているとも、緊張しているとも取れる、はじめて見る明日原さんの真剣な表情。

「……いいか?」

 俺は言った。

「先に伝えていいか?」

「っ!」

 明日原さんがびくっと身体を揺らし、瞳孔を大きく開く。

 その反応を見て、俺は確信した。

 俺と明日原さんの考えてることは同じだって。

「明日原さん」

 気づいた以上、先手を譲るわけにはいかない。

 俺から告白するって、ずっと前から決めていたから。

「こっち、見てくれないか?」

 明日原さんの顔が十五度くらい動き、横目に俺の姿が捉えられる。

 こんな余所余所しい素振りははじめて見る。明日原さんは、誰が相手でも、どんな状況でも、しっかり目を合わせて話をする子だから。

「……明日原さん、俺さ」

 胸をばくばく高鳴らせながら、声を少し震わせながら、絞り出すように言葉を紡ぎ出す。

「聞かせて」

 落ち着いた声を発する明日原さんは、いやに大人びた表情をしていた。

 達観という表現が似合うような、普段の明日原ひかりからはまるで想起されない表情。

「星良ちゃんと比べて、私はどう?」

「っ……!」

 どうしてここで星良の名前が出るんだ? 

 一瞬だけ頭がパニックになるが、深い呼吸をして心を落ち着かせる。

 なんにせよ、俺がこれからすることは、伝える想いは、変わらない。

「好きだ」

「え?」

「俺は、明日原さんのことが好きだ」

 まっすぐ瞳を見つめて、高鳴る鼓動に急かされながらもはっきりと想いを声にして。

「俺と付き合ってほしい」

 明日原さんは鈍感な子だから、友だちとしての好きだと誤解されないように、俺は恋人になりたいんだって念押しする。

「……え?」

 目を見開く明日原さんは、未だに状況を掴めていないように見える。

「好きなんだ」

 だから、目を逸らさず、手を握り、もう一度その言葉を口にする。

「俺じゃだめか?」

「……だめ、じゃないよ」

 明日原さんは言った。

「私も朝久くんのことが好きだよ」

「っ! じゃ、じゃあ……!」

「好き、なんだけどね……」

「え?」

 申し訳なさそうに目を伏せる明日原さんを見て、嫌な予感が頭の中を駆け巡る。

「ごめん、私勘違いしてたみたい。朝久くんがもう知ってるものだって思ってたから、そのように振るまってたけど……たぶん朝久くんはまだ聞いてないんだよね?」

「……え?」

 失敗とか玉砕とか撃沈とか失恋とか。

 そんなマイナスな言葉が脳内に浮き上がり、蝕むように俺の平衡感覚を奪っていく。

「あのね朝久くん。ずっと隠してたけど私――」


 ※


「星良ちゃん、大・逆・転~!」

「してねぇよ」

「いやいや、おにぃが明日原さんに振られた今、わたしが勝利を収めるのは時間の問題だよ。えへへ、振られて意気消沈してるおにぃもちゅきっ!」

「そうですかい」

 帰宅してからというもの、俺は死んだ魚のようにソファに身体を埋めていた。

「今、何時?」

「ん、十八時五分前だけど」

 あぁ、地獄の瞬間がすぐそこに……

「そう落ち込まないでよおにぃっ! この失恋は実質ノーカンでしょ!」

 やたら上機嫌な声に顔をあげると、聖良がにっこにこスマイルで俺を見下ろしていた。

「お前、未来から来たんだろ。ならこうなるってわかってたよな?」

「もっちろん!」

「もちろんじゃねぇよ。じゃあなんで教えてくれなかったんだよ」

「あたし、昨日から意識的に〝おねぇ〟って呼んでたけど?」

「んな伏線みたいな仕様いらねぇんだよ!」

 おかげで俺はっ……!

「ま、おにぃは一回あたしを振ってるわけじゃん? だから失恋する側の気持ちを味わってもらいたかったのよねぇ。……どう? 胸すんごい痛いでしょ?」

「いてぇよ。イタくてイタくて黒歴史確定だよ」

「あはは、いい気味~」

「この野郎……」

 シャンプーハットなしでシャワーぶっかけるぞ。

「大丈夫ですかお兄様?」

 と、不安げな面持ちのヒイロが問いかけてくる。

「ヒイロになにかしてほしいことはありますか?」

「お前はほんとうにいいヤツだな」

「そう言っていただけて光栄です。……あのお兄様。ここ最近、お兄様と話しているとなんだか胸がぽかぽかしてくるのですが、これはいったいなんでしょうか?」

「なんだろうな。ところで、今日は誰となにをしてたんだ?」

 もう妹とそういう展開になるのはお腹いっぱいなんだよ。

 いや、正確にはヒイロは妹じゃないんだけど。

 星良も、聖良も、妹だけど妹じゃないんだけど。

「今日は、聖良さんといっしょにお兄様の尾行をしつつ、ムスカングくんにおいしい天ぷらをご馳走してもらいました」

「ヒイロはほんとうに素直でいい子だよ。……おい聖良」

「っ! ……な、なにかしら?」

「俺のデートが順調に進んでる様子を見てどう思ってたか正直に言え」

「笑っちゃった♪」

「ヒイロ、この調子こいてるちっこいのやっちまえ」

「すいません。聖良さんに暴力はふるえません」

「お前はほんとうに良い子すぎるよ……」

 馬鹿馬鹿しい会話をしていると、なんだか落ち込んでいるのが馬鹿らしくなってきた。

 ……残り一分か。ま、受け入れるしかないよな。

「それはさておき」

「不幸ってどうしてこうも重なっちまうかなぁ……」

 聖良がこう言って手をぱちんと合わせたあとに、良いことがあった試しはない。

「みなさん、『妹適性測定器』を覚えてます?」

「あ~あったね、そんなの。なつかし~」

 星良の言葉を聞いて、あれからもう二か月経つのかと、時の流れの速さを痛感した。

「あのときと比べて数値がどう変動してるのか、ふたりとも知りたくない?」

「知りたいっ!」

「知りたいですっ!」

「俺の意見は?」

「じゃ、取ってくるからちょっと待ってて」

 俺、なんも言ってないんだけど。

「おっまたせ~。ではではそうちゃ~く」

 なんて不満はあるものの、別に抵抗があるわけではないので、聖良がヘルメットを被せやすいように正座待機していた俺は、素晴らしいお兄ちゃんだと思う。

「「え?」」

 星良とヒイロが頓狂な声をあげると同時に、玄関の扉が開く音がした。

 リビングと玄関の間の通路は短いのですぐにリビングの扉が開く。

「ただいま帰りました~」

 母さんだった。

「ママだぁ~!」

 タタタと小走りし、星良は母さんに飛びつく。

「ただいま星良。ちょっとだけ大きくなりましたね」

「えへへ~、ママのにおいがする~」

「ママですから。ママのにおいがするのは当然ですよ」

 やっぱり、母さんは母さんにしか務まらないな。

 今、星良が浮かべている表情は、きっと母さんしか引き出すことができない。

「ただいまみんな」

 続けて父さんがやってきた。

「ごめんね昇」

 開口一番、父さんは俺に謝罪してくる。

「昨夜、話すつもりでいたんだけど帰りが遅れて。その後もすっかり伝え忘れてて……」

「そんな顔しないでよ父さん。俺は気にしてないよ。まぁいきなりで驚きはしたけど」

 そして、父さんと母さんに続けて『三人目』の帰宅者がリビングに足を踏み入れる。

 十七年ぶりの帰宅者が。


「たっだいま帰還しました~! 朝久ひかりですっ!」


「えっ、明日原さんっ!?」

 星良が驚きの声をあげた。

 そんな星良に明日原さん……だったのは昨日までの家族がちっちと指を振る。

「私は朝久ひかり。お兄ちゃんの双子の妹だよ」

「ふぇえ!? お、おにぃと、明日原さんが、ふ、双子……?」

 マジで? と視線を投げてくる星良に、俺はこくりとうなずく。

「母さんは俺と明日……ひかりを産んで亡くなったんだ。で、父さんが男手ひとつで双子を育てるのは難しいからって理由で、しばらくの間、父さんの妹がひかりを育てることになって。そしたら父さんの妹がひかりを溺愛しちまって、挙句には名字まで変えちまって……と、いろいろあったけど、今日こうして、元の鞘に戻ってきたってわけだ」

 以上、駅前で妹から聞いた話の受け売り。

 これまで、やけに息がぴったりだったり、好物が一致したりしてたけど、それもそのはず。

 俺はこの子と、同じ血を通わせる、双子の兄妹だったのだから。

「お兄ちゃん、説明上手~!」

 ぱちぱちと明日……ひかりが拍手を送ってくる。

「だから、『妹適性測定器』の示す数値が三人とも0なんですね」

 会得したようにヒイロは言った。

「まぁ、三人はなんだかんだ義理の妹ってくくりだからな。ひかりにはどうしても劣る」

 と、この話はここらで切り上げて……

「おにぃ、双子の妹にマジ恋してたんだね」

「……」

 さすがは妹歴十年強の妹。そこだけは突かれたくなかった。

「妹に恋愛感情は抱けないって、前にわたしを振らなかったっけ?」

「えっ、星良ちゃん、お兄ちゃんに告白したのっ?」

「……それはほら、妹って知らなかったから」

 都合の悪い話は無視無視。星良は若干機嫌を直してくれる。

「ふぅん。まぁなんでもいいけど。これでおにぃは妹に恋できるって証明されたわけだし」

「しねぇよ。俺は死ぬまで星良のおにぃだ」

「私のお兄ちゃんでもあるけどねっ!」

「ひかり、ちょっとうるさい」

「じゃじゃ、その理論に基づけば、ヒイロちゃんの優勝じゃないかな?」

「話、聞いてた?」

 この双子の妹、一番厄介なんじゃねぇの? 騒々しいとか、禁断の恋愛になりかねないとか、そういう面で。……いや、ぜ~ったいに踏み込まないって決意してるけど。

「それはさておき。すきやき食べましょう~」

「あ、聖良の口癖って母さんのが伝播してたんだな」

 聖良を見やると、顔を真っ赤にして俯いていた。かわいいやつめ。

「隆典さんから話は聞いていますけど、ヒイロさんと聖良さんとひかりさんとこうして顔を合わせるのははじめてですもんね。鍋を食べ終わるまでには名前呼びできるように努力しますので、みなさんもわたしのことは、気軽に若菜ママと呼んでください」

「畏まりました。お母様」

「……わっかいなぁ。まだ全然、若菜おねーちゃんの年齢じゃないの」

「略して『わかま』って呼ぶねっ!」

「統一性の欠片もありませんねぇ。昇、お兄ちゃんとしての威厳見せちゃってください」

「若菜ママ」

「す、すごいねおにぃ。だいぶ成長したのに抵抗ないの?」

「まぁ母さんの頼みとあっては断れないよな」

 俺、シスコンファザコンマザコンの三冠王だし。

 家族が大好きってのは、おにぃとして当然だろ?

 そんなこんなで、新生朝久一家大集合の鍋パーティの幕が開けた。

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