第七章
陽光が差し込む昼休み。教室はクラスメイトたちの笑い声や談笑で賑わっていた。悠はいつものように窓際の席に座り、本を開いていたが、その視線はページの文字ではなく、教室の一角で笑顔を浮かべて友達と話している理緒に向けられていた。
理緒は明るく、誰とでも打ち解ける性格だ。それは悠も知っているし、理解しているつもりだった。けれど、心のどこかで燻る違和感が、どうしても消えない。彼女の笑顔が、自分にだけ向けられるものであればいいのに。その思いが胸を締め付けた。
「悠くん、元気ないね。どうしたの?」
不意に声をかけられ、悠ははっと顔を上げる。そこには理緒が立っていた。さっきまで友達と話していたはずなのに、いつの間にか彼の隣に来ていたのだ。
「いや、大丈夫だよ。ちょっと考え事をしてただけ。」
悠は穏やかな表情を作りながら答えた。理緒はじっと彼を見つめると、ふわりと微笑んだ。
「そっか。でも、無理しないでね。何かあったら、私に言ってほしいな。」
その言葉に、悠の胸の中で小さな罪悪感が芽生える。自分は彼女に隠し事をしている。それが、彼女に気付かれているのではないかという不安をかき立てた。
昼休みが終わると、二人は別々の授業を受けるために教室を出ていった。しかし、悠の心には理緒の言葉が何度も反響していた。
放課後、悠はいつものように理緒と一緒に帰る約束をしていた。しかし、理緒は教室を出るときに何か思い出したように立ち止まった。
「ごめん、先に行っててくれる?ちょっと職員室に用事があるの。」
「わかった。校門の前で待ってるよ。」
悠は素直に答え、教室を後にした。しかし、階段を下りる途中で、ふと立ち止まった。理緒の表情が一瞬曇ったように見えたのだ。
何か隠しているのではないか。その疑念が悠を引き返させた。彼は足音を忍ばせながら教室の近くに戻り、そっと廊下の角から覗き込んだ。
すると、理緒が教室の中で誰かと話しているのが見えた。相手は同じクラスの男子で、彼女の明るい声が微かに聞こえてくる。その様子を見ているうちに、悠の胸の中に嫉妬の感情が湧き上がってきた。
"誰だ…彼女と話しているのは。"
悠は自分の拳が強く握り締められているのに気付く。それと同時に、理緒の笑顔が他の誰かに向けられていることへの苛立ちが、彼の心を徐々に蝕んでいった。
理緒がやがて話を終え、教室を出てきたときには、悠はすでに校門の前に戻っていた。理緒が悠を見つけ、いつものように笑顔を浮かべて駆け寄る。
「お待たせ!行こうか。」
悠はその笑顔に応えながらも、胸の奥に渦巻く感情を押し殺すのに必死だった。
帰り道、二人の間にはどこかぎこちない空気が漂っていた。理緒は時折、悠の顔を覗き込むようにして何か言おうとするが、結局口を閉ざす。
「理緒。」
悠が急に口を開いた。その声にはわずかな緊張が混じっていた。
「今日、誰かと話してた?」
その質問に、理緒の表情が一瞬だけ固まる。けれど、すぐに笑顔を浮かべた。
「うん、ちょっとクラスの子が相談に来ててね。でも、そんなに大した話じゃないよ。」
その答えに、悠はさらに胸の中のモヤモヤが増していくのを感じた。理緒が自分に隠し事をしているように思えたからだ。
「そっか…。」
悠はそれ以上何も言わなかった。しかし、その夜、彼は理緒の行動を思い返しながら、自分の中に芽生えた疑念と嫉妬心にどう向き合えばいいのか分からず、眠れない夜を過ごすことになった。
そして、その疑念は、翌日以降の二人の関係にさらなる波紋を呼ぶきっかけとなるのだった。