表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

第二章

その日の昼休み、悠は教室の隅で静かに本を読んでいた。昼食もそこそこに済ませ、周囲の騒がしい声を遠くに感じながら、心の中に浮かぶ考えを整理するためだった。


——理緒の様子がいつもと少し違う。


昨日の放課後のこと、そして今朝の微妙な違和感。それらが彼の頭の中でぐるぐると回り続けていた。もちろん理緒に直接聞くことも考えたが、彼の中には一抹の恐れがあった。もし彼女が本当に何かを隠しているのだとしたら、彼女との間に小さな亀裂が生まれるかもしれない。その可能性を思うと、彼は臆病になる。


彼は本のページをめくりながら、ちらりと教室の反対側に目を向けた。そこには、クラスメイトと談笑する理緒の姿があった。明るい笑顔、親しげな仕草。誰からも好かれる彼女の魅力がそこに溢れている。


だが、その中で彼は目を逸らせないものを見つけた。


——彼女の肩に、別の男子の手が置かれている。


「......。」


悠の胸の奥に、冷たい何かが走った。それは嫉妬とも怒りとも言えない、もっと原始的で激しい感情だった。教室に響く彼らの笑い声が、耳障りで仕方がない。


『落ち着け』


心の中で自分に言い聞かせる。だが、その言葉の効果は薄かった。彼の視線は理緒の動きを追い続け、彼女が笑顔で何かを話しているたびに、胸がざわつく。


気づけば、彼の手は本を持ったまま固く握りしめていた。紙のページが少しだけよれてしまっていることにも気づかないほどに。


「悠くん?」


突然の声に、彼はハッと我に返った。視線を向けると、目の前には理緒が立っていた。


「どうしたの?本、破けちゃいそうだよ?」


彼女の指摘に、悠は慌てて手元を見る。彼の手の中で、文庫本のページが大きく折れ曲がっていた。


「あ、ごめん......。」


悠は急いでページを整えながら、苦笑を浮かべる。理緒はそんな彼をじっと見つめると、ふっと微笑んだ。


「悠くん、今日は元気ないね。何かあった?」


その言葉に、彼は一瞬言葉を詰まらせた。どう答えるべきかわからない。ただ、理緒のその優しい表情に、胸の中でくすぶっていた感情が少しだけ和らぐ気がした。


「いや、別に何も。ただ、少し考え事をしてただけ。」


「そっか。でも、あんまり無理しないでね。悠くんにはいつも笑っててほしいんだから。」


そう言って理緒は微笑む。その笑顔が、悠の心をさらにざわつかせる。彼女の言葉には確かに優しさがある。だが、それと同時に、その笑顔が他の誰かにも向けられている可能性を思うと、彼はたまらない気持ちになる。


「......理緒。」


気づけば、彼は名前を呼んでいた。理緒が驚いたように顔を向ける。


「何?」


一瞬、彼は言葉を失った。何を言うべきなのかわからない。ただ、彼女の名前を呼びたかった。それだけだった。


「いや、なんでもない。」


苦笑してそう言うと、理緒は首を傾げながらも特に気にする様子はなかった。


「ふーん。じゃあ、また後でね。」


そう言って理緒は再びクラスメイトの元へと戻っていった。その後ろ姿を見送りながら、悠は拳を握りしめる。


——誰にも渡さない。


その言葉が、彼の心の中で何度も繰り返された。


放課後、悠は理緒と一緒に帰ることになった。並んで歩く道中、彼女は楽しげに今日あった出来事を話し続けていた。しかし、悠の頭の中では別のことがぐるぐると回っていた。


「ねえ、悠くん。」


突然、理緒が立ち止まる。彼女の真剣な表情に、悠は少し驚いた。


「今日、ちょっと寄り道してもいい?」


「......どこに?」


「秘密。でも、大事な場所なの。」


理緒の言葉に、悠は少しだけ戸惑った。しかし、その瞳の奥に宿る何かに引き寄せられるように、彼は頷いた。


「わかったよ。」


2人は夕暮れの街を抜け、人気の少ない小道へと足を進める。その途中、理緒は何度も振り返って悠を見た。その視線に、悠は胸がざわつく。


やがて着いたのは、小さな公園だった。周囲を木々に囲まれたその場所には、古びたベンチが一つ置かれているだけだった。


「ここが、私の秘密の場所。」


理緒がベンチに腰を下ろし、悠を見上げる。その瞳には確かに何か特別なものが宿っていた。


「悠くん、私ね......。」


彼女が言葉を続けようとしたその時、ふいに遠くから人の声が聞こえてきた。それは徐々に近づいてくる。


「......誰か来るみたいだね。」


悠が言うと、理緒は眉をひそめ、立ち上がった。


「行こう。」


彼女はそう言うと、悠の手を取り、再び歩き出した。その手の温かさに、悠は胸の中で何かが弾けるのを感じた。


彼女のすべてが、自分だけのものであればいい。


そう思う気持ちが、彼の心の中で静かに燃え上がり始めていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ