第10章
放課後の校舎は、夕陽に照らされて柔らかい橙色に染まっていた。悠と理緒は、いつものように一緒に帰るために昇降口で落ち合った。
「今日もお疲れさま、悠くん。」
「理緒もね。」
二人は並んで歩き出す。通学路はすでに何度も歩いた道だが、二人きりの時間はいつでも特別だった。
「そういえば、今日の数学の小テスト、悠くん何点だった?」
「……78点。」
「おおっ、結構いいじゃん!」
「理緒は?」
「ふふん、89点!」
「すごいな……。」
「まあまあ、悠くんも頑張ってたし、次はもっと上がるよ。」
理緒はそう言って、励ますように悠の肩を軽く叩いた。その何気ない仕草に、悠の胸が静かに高鳴る。
二人が歩いていると、向かいから男子生徒が一人歩いてくるのが見えた。彼は理緒を見ると、少し驚いたように立ち止まった。
「あれ、理緒?久しぶり。」
「えっ、あ……! 翔太くん?」
悠の表情がわずかに曇る。理緒のクラスメイトではない。少なくとも、彼の知らない男子生徒だった。
「元気にしてた?最近全然話せてなかったよね。」
「うん、ちょっとバタバタしてて……。」
理緒の笑顔は少しぎこちなかった。それを見ていた悠の指が、無意識に制服のポケットの中で強く握り締められた。
「お前、誰?」
悠は抑えた声で尋ねる。翔太と名乗った少年は、軽く笑いながら答えた。
「あ、ごめん。俺、中学のときの同級生で、翔太って言います。」
「……そう。」
悠の心の奥底に、冷たいものが広がっていく。理緒の過去を知る人物。その事実が、彼の心をざわつかせる。
「じゃあ、また今度ね、理緒。」
翔太は手を振って去っていった。理緒は軽く会釈を返し、その場の空気は再び二人だけのものになった。
しかし、悠の心は落ち着かない。
「……理緒。」
「ん?」
「アイツ、どういう関係?」
「え? だから、中学のときの同級生だよ。」
「それだけ?」
理緒は一瞬だけ言葉に詰まった。しかし、すぐに笑顔を作る。
「うん、それだけだよ。大したことないよ?」
悠はその言葉を信じようとした。しかし、胸の奥に残る違和感は、どうしても拭えなかった。
「……そう。」
悠は表情を変えずに答えたが、その内側では、抑えきれない感情が静かに渦巻いていた。
その夜。
悠は机の上に置かれたスマートフォンを見つめながら、何度も考えを巡らせていた。理緒の過去を知る男。彼がこれからも現れる可能性。
彼女の隣に立つのは、自分だけでなければならない。
『もし、アイツがまた理緒に近づこうとしたら……?』
悠の指がスマートフォンの画面をなぞる。無意識のうちに、翔太の名前を検索していた。
そして、翌日。
悠は何もなかったかのように、理緒と笑顔で話しながら学校へ向かっていた。
だが、その裏で、彼の心は冷静に計算を始めていた。
『アイツを、理緒の世界から消せばいい。』
悠の目が、ほんの一瞬だけ鋭く光る。
それに気づく者は、まだ誰もいなかった。