プロローグ
平凡な高校生活。それは誰もが一度は夢見る青春の象徴であり、多くの物語の舞台となる光景だ。
しかし、ここに描かれるのは、その“平凡”とは一線を画す、ある特異な関係性の物語である。
静かな朝の教室。窓際の席で、小柄な少年が一冊の文庫本を手にしていた。その姿は誰の目にも留まらない、ごく普通のクラスメイトとして映るだろう。しかし彼——橘悠は、自分の視線を常に一点に集中させていた。
「おはよう、悠くん!」
明るい声が教室に響く。同時に、教室全体の雰囲気が少しだけ柔らかくなるのを感じるのは彼だけではない。声の主は、彼の恋人——陽宮理緒。明るい笑顔と愛らしい振る舞いで、誰からも親しまれる存在だった。
「おはよう、理緒。」
静かに返事をする悠。しかしその目の奥には、周囲には見せない熱を秘めていた。彼女が自分の目の前にいる。それだけで、彼の胸には満たされた感覚が広がる。
だが、それは単なる安心感ではない。
悠の心の奥底には、彼女に対する強烈な執着が渦巻いていた。彼女の笑顔を見られるのは自分だけでなければならない。他の誰かがその笑顔に向けられるのは、耐え難い苦痛だ。
一方の理緒もまた、悠に対して同様の想いを抱いていた。彼の控えめな微笑み、その声、その存在…それらすべてが自分だけのものでなければならない。周囲の女子が悠に無邪気に話しかける姿を見たとき、理緒の中には小さな火種が生まれていた。
“誰にも渡さない”
“誰にも渡せない”
互いにそんな思いを抱えながらも、表面上は穏やかな日常を演じる2人。しかし、その心の中では、愛が狂気に変わる一歩手前の危ういバランスが成り立っていた。
これは、そんな2人の“普通の高校生活”の中に潜む、狂気と愛情の物語である。