僕等は朝に出会う。
朝早く学校に着いてしまった時に思い付いたものです。なんかおかしいかもしれませんが、見ていってください。
寒い冬の朝早く、まだ太陽も登り切っていない頃、小高い山の上にある高校に向かって、自転車を漕いでいる男子高校生がいた。
その高校生は少し急いでいた。本来であればもうちょっと早く家を出ていたが、寝坊をし、少し遅れてしまったからだ。
彼の名前は巽魁仁といい、現在、白い息を吐きながら、必死で坂道を自転車で登っていた。
魁仁は短髪に、銀色の飾り気のないピアスを付けている。そこだけを見ると、だいぶガラが悪く思える。だが、顔は少し丸めで、優しい印象だ。切れ長とも垂れ目とも言わない目が、その怖い印象を少し無くしている。
学校の正門を自転車に乗ったまま通り抜け、駐輪場に停めた。他の生徒は誰もいない。それ程早い時間なのだ。
「悪い、穂奈美! 遅れた!」
「遅い……!」
早足どころか、完全に全力疾走で階段を駆け上り、教室のドアを大きな音を立てながら開けた。そこには1人の女子がいた。
太い黒縁の眼鏡を掛けた女子だ。気の強そうな吊り目を眼鏡で隠している。ストレートの黒髪は長く、腰まで達しているが、結ばれてはいない。鼻筋はスッと通り、ピンクの唇はふんわりとしている。
魁仁は大声で謝ると、その女子生徒は怒ったように眉を上げた。
彼女は桜瀬穂奈美といい、一応魁仁の彼女である。
「いや、ちょっと寝坊しちまった」
「会う時間、減るよ」
「悪かったって」
頬を膨らませる穂奈美に、魁仁は手刀を切りながら謝った。それを見て、穂奈美は唇を尖らせた。魁仁は続けて苦笑しながら謝った。
「ん」
「ん〜!」
穂奈美が少しだけ声を出して、腕を広げたのを見て、魁仁は精一杯の力で穂奈美を抱き締めた。2人の顔には笑みが浮かんでいた。
「良かった〜! 間に合った!」
「うん……」
魁仁が満面の笑みでそう言うと、穂奈美も少し顔を赤らめながら頷いた。
2人は学校の皆には秘密で付き合っていた。
魁仁はクラスでのカーストのそれなりに上の方にいるが、穂奈美はクラスの人との関わりが無く、カーストの最下位と言っても過言ではない。
だから、黒縁の眼鏡に関してイジられることもあった。それのお陰で2人は出会えたのだった。
※※※※※※※※※※※※※
「あれ? 黒板が見えな〜い」
「お前、メガネかけた方がいいんじゃね?」
「黒縁メガネ!」
「それはないっしょ! ダッセェもん!」
クラスのお調子者がそう言って穂奈美をイジる。これが教室での日常風景だった。魁仁はそれを見て、ただ顔に笑いを浮かべるだけで――彼の顔には基本的に笑顔が標準装備なのだ――大した反応は見せなかった。
内心は、コイツ何でやり返さねえんだろ。とか思ってはいたが。
常に友達と一緒にいるような魁仁であっても、時には1人になりたくはなる。そこで、10月に入り、少しずつ寒くなってきた為、あまり人がいなくなった屋上へと昼休みに向かった。
屋上へのドアを開けると、怒りの叫び声が聞こえてきた。
「あぁ! もうアイツは何なんだよ! チラチラと視線を送ってきやがって! 言いたいことがあるならハッキリ言えっての!」
その正体は穂奈美だった。眼鏡を外し、強い風で黒髪を靡かせながら、屋上のフェンスを殴る穂奈美の姿は、魁仁には非常に美しく見えた。
「ん? 誰?!」
ドアが開いた音に気が付いたのか、穂奈美が魁仁の方を向いた。眼鏡が無いと視力が悪いのか、目を細めている。
「俺だ。同じクラスの巽だ」
「誰?」
「同じクラスの奴ぐらい覚えとけよ!」
「ごめんなさい。興味が無くて」
「興味が無くても、覚えられるだろ!」
「基本、クラスの奴はめんどくさい奴だと思ってるから」
「否定はしねえよ」
穂奈美がバツが悪そうに目を伏せると、魁仁はブレザーのズボンのポケットに手を突っ込みながら、穂奈美の方に歩き出した。
穂奈美はそんな魁仁の姿を見て、やっと思い出したらしく、両手を合わせた。
「あぁ! あのクソウザい奴らと一緒にいる奴!」
「正解。ウザい奴らと一緒にいる奴だ」
そんな穂奈美に苦笑しながら、魁仁は肩を竦めた。
「じゃあ今の聞いたら、なんかする?」
「いや、別に。俺もいい加減イラついてたから。あれ、止めさせようか? 出来るけど」
「出来るんならね」
「オーケー」
穂奈美がムッとした顔をしても、魁仁は軽く手を振って戻って行った。
「何なの……アイツ」
その行動があまりにも謎だったようで、穂奈美は一人屋上で呟いたのだった。
その後、午後になった。
「お前、メガネかけなくていいの? 特に黒縁」
「そんなのかけるかよ! 俺までダサくなるだろ!」
「いや、似合う似合う〜!」
また、穂奈美をイジる言葉が始まった。
「それ、もうやめね? おもんなくなった」
それを今度は制止するような言葉がかかった。魁仁だった。
「はぁ? 急に何? 惚れてんの?」
「いや、別に。普通におもんなくなっただけ」
「何で?!」
「こすり続けても面白くないんだな、これが。まだ面白いと思ってんの、お前らぐらいだろ」
不思議そうに聞き返す2人に、魁仁はあっけらかんとした様子で返した。その言葉に所々頷く人もいた。
そして、魁仁は2人に近付き、何かを囁いた。すると2人は急にビクッとした様子で、固まった。
「ほら、次移動教室だから行こうぜ」
魁仁がそう呼びかけると、
「あ、あぁ……」
「うん……」
2人はぎこちなく返事をした。魁仁はそんな2人の背中を押しながら急かした。出て行き際に、穂奈美の方へ視線を送って、ウインクをした。
不覚にもドキッとしてしまった穂奈美は、少し自分を恨んだ。
(くっそぉ! あんなやつにときめいてしまうなんて……悔しい!)
とはいえ、お礼もしないのは自分的に許せなかった為、廊下に出て、少し走って追い抜く瞬間、
「ありがと……」
とボソボソっと呟いて去って行った。それはどちらかと言えば、口の中でモゴモゴと動かした程度であったが、魁仁には十分聞こえる程度だった。
だが、そんなものすら可愛く思えてしまう程、魁仁の神経は既に穂奈美によってやられていた。恥ずかしそうにしていたのも、かなり効いた。
(かわいいかよ……!)
少し顔が赤くなってしまい、しばらく顔を俯かせる羽目になったのは、言うまでもない。
※※※※※※※※※※※※※
そんな風に2人は次第に距離を近付けて行った。
そして、冬休み前日、終業式の日に、魁仁からの告白によって、2人は付き合うこととなる。
だが、穂奈美たっての希望で交際は隠す事とした。
理由としては、それなりに魁仁がモテてしまう事。そして、穂奈美の存在感が薄く、人との関わりがなさ過ぎる事だった。
だから、学校ではこうして朝だけ、2人の時間を作ることにしていた。学校の外でも、都会ではないこの街では遊びに行く所も多くなく、誰かに出会したくはないため、外で遊ぶことはなく、どちらかの家に入り浸っている。
「あの〜、準備が出来ません」
「だって、魁仁が遅かった……」
「本当にすみません…………」
カバンから教材を出している魁仁に、穂奈美はずっと抱き着いている。そんな穂奈美に満更でもなさそうな魁仁だった。
昼間は一緒に居れない分、今のうちに充電しておこうという気持ちも魁仁には分かるので、結局準備を諦めて、抱き着きあった。
しかし、そんな時間も終わり、階段から足音が聞こえてきた。
「あ……」
「あー……。じゃ、放課後ね」
「うん……」
2人は残念そうな顔をしながら離れて、自分の席に座った。
「おはよう、魁仁〜」
「あぁ、おはよう」
魁仁は瞬時に外向けの笑顔を貼り付けながら、挨拶を返した。
そんな魁仁を見て、今日もすごいなコイツ。と思いながら、穂奈美は教科書で顔を隠しながら、微笑んだ。
放課後の二人の時間を楽しみにしながら。