断罪が行われないってどういうこと!?~一分前に前世を思い出した悪役令嬢は原作のトンデモ展開についていけない
ゆるい世界観です、気楽にお楽しみください。
「そう、私はこの王国の悪しき風習を、私の代で終わらせたいと考えている」
王太子アンドリュー・アルフヘイト・アイルシーの言葉が耳に入った瞬間、私は前世を思い出した。
そして焦った。
今私がいる世界は乙女ゲーム「王国の影に光の乙女は輝く」通称「かげおと」のもの。前世で流行っていた異世界転生と言うやつだろうか。
それはいい。イヤ良くない。
だってこの世界での私の名前はエリザベス・ゾーングナイト。
「かげおと」の悪役令嬢なのだ。
「かげおと」のエリザベス・ゾーングナイトは王太子の婚約者。
品行方正かつ貴族としての意識が高いエリザベスは、平民でありながら光の魔力を持つと言うヒロインの前に度々現れ苦言を呈する。
それを見ていた王太子は「才能を持つものは身分に関係なく重用していくべきではないか」と従来の選民思想に疑問を持ち、ヒロインを王宮に雇うことで「悪しき風習」を変えていこうとする…というのが王太子ルートの主な内容である。ヒロインと王太子が明確にくっつかないのが王太子ルートの変わったところだった。
メインイベントは卒業パーティーで行われる王太子の演説と、ヒロインの王宮秘書官の抜擢、そして悪役令嬢エリザベスの追放。
そして今まさに王太子は卒業パーティーで演説を行っている。
イヤ遅いよ、遅すぎるよ私の脳細胞。
どうしてこのタイミングで前世思い出した?もう何もできないじゃん。こういうのって子どもの時に思い出してよーし断罪されないように気をつけるぞーとかストーリー始まった時から王太子との関係に気を配るとかで死亡フラグ撤回させていくところが醍醐味じゃないの?終わってるよ?終わってるよ全てが!
あれかな?前世で見たスチルを3Dで見せますよーみたいな?
わーい嬉しい…わけねえだろそれならモブ令嬢、せめてエリザベスのメイドのリゼくらいに転生させてくれよ何が悲しくてこれから断罪される立場で推し達の顔拝まなきゃいけないんだよ堪能できねぇよ生きてるんだよエリザベスは!
ていうか私別にヒロイン虐めてないよ!
貴族学園で浮いてたから高位貴族として注意はしたけど!アンドリューと親しそうにしてたから婚約者がいる相手との距離感じゃないって言ったけど!それがダメ?それがダメなの?でもあのままじゃ学園のモラルが問われるしリゼだって「未来の王妃があのような娘を見逃しても良いものでしょうか?」って言ってたしああもう演説終わるじゃんこのあとヒロインと私が壇上に呼ばれてこれまでの行動は本当に未来の王妃に相応しいのかって問いただされて
「エリザベス・ゾーングナイト」
脳内で大パニックになりながらも今世で培った貴族スマイルを崩さずにいる私に、王太子アンドリューが声をかける。
「こちらへ」
原作と変わらない台詞に腹をくくり、しずしずと壇上へ、アンドリューの隣へと向かう。
階段の途中で視線を群衆へと向ける。
桃色の髪が美しいヒロイン、ララさんとパチリと目があった。
彼女は私をじっと見て…そして何か覚悟を決めたような顔をしている。
きっと彼女はこれから何が起こるのか知っているのだろう。私もせめて最後まで貴族らしくあろうと、アンドリューに視線を戻した。
「エリザベス、急に呼び出してすまない」
「いえ、王太子殿下のお心のままに」
「先ほども申したが、私はこの王国の悪しき風習を今日で終わりにしたいと考えている」
よくとおる声で、卒業パーティーに参加している学生・教員そして保護者へと語りかけるアンドリュー。
「若き者のなかにはその風習を知らぬものもいるだろう。だが成人を迎えている者はわかっていることだと思う」
なんか原作と違うこと言い出した気がするが、とりあえず黙って聞いておく。
「その風習とは、婚約者に影武者をたてると言うものだ」
「…へ?」
疑問が口から漏れてしまった。
だが私の声を聞き取ったものは居なかったようだ。学生たちも「どういうこと?」「なんの話だ?」と戸惑っているのが伝ってくる。
「私の婚約者であるエリザベス・ゾーングナイト。彼女は真の婚約者の影武者であり、真の婚約者は別にいる」
えええええええええええええ!?
何それ!?
私あなたの婚約者じゃなかったの!?
大声を上げなかった自分を褒めてあげたいくらいの出来事に、会場中がざわついている。
そりゃそうだよ、だって私婚約者として小さい頃から教育に教養を重ねて作法をお茶会で呑み込んできたのに、影武者?
偽者?
ていうか何これ、原作と違うの?
もしかしてヒロインが真の婚約者とかそういう話なの?
完全にパニックになっているが、表面上は笑顔を絶やさず背筋も崩さない私に、アンドリューは眉を下げた。
「エリザベス、突然の話で驚かせたことと思う。過去に王太子の婚約者が襲われた事件があり、そこから王太子の婚約者には影武者をたてるのが風習となっていたんだ。私の母にも影武者がいて、学生時代は彼女が筆頭婚約者であると周りは思わされていた」
「…その影武者は、今はどこに?」
「私の乳母となって、現在は引退して夫の領地で暮らしているよ」
良かった生きてた。
ていうかマジで何これ?断罪どこ行ったの?
「この風習に思うところは色々あるが、今回はこれまでとは異例の事態となっている。影武者を務めてくれたエリザベス本人に、影武者であるという事実が知らされていなかったことだ」
それをきいて会場のざわめきは最高潮に達した。
そりゃそうだよ、普通本人の了承取るでしょ。
てかこれどうなんの?ヒロインは?ヒロインが真の婚約者?でもあの子平民でしょ?王妃さまは伯爵家の次女だし普通に貴族でしょ?実は高位貴族の落し胤とかいうやつだったの?
「これまでの影武者は、婚約者本人と絆を深めながらその業務に当たってきた。だが今回は婚約者本人の希望で、エリザベスには影武者であること、また真の婚約者が誰であるのか、伝えて来なかったと言うのだ」
誰?婚約者、マジで誰?
「リーゼルナット」
聞きなれない名前。
壇上に現れたのは、私、エリザベスのメイドのリゼだった。
「ご機嫌麗しゅう、王太子殿下」
「リーゼルナット。これまでの話に偽りは?」
「ありませんわ。皆様ご機嫌よう。エリザベス様の専属メイド、リゼとは仮の姿。私は、リーゼルナット・エクステリア。エクステリア公爵が三女であり王太子アンドリュー・アルフヘイト・アイルシー殿下の真の婚約者ですわ」
はいもう無理です。
キャパ越えました。
つまりここは乙女ゲームの世界で?
断罪が行われるかと思ったら実は私は婚約者の影武者で?
真の婚約者は私のメイドのリゼ?
なるほどわからん。
これどこまで原作なの?他にも転生者いるの?リゼ?
黙ったままの私にリゼは勝ち誇った笑顔を向ける。
「エリザベス様、これまでのお役目ご苦労様でした。本日より私が王太子殿下の婚約者として、公務にあたらせていただきますわ」
「いや、その必要はない」
「は?」
「ララ・クランベリー」
アンドリューに呼ばれて現れたのは、ヒロインことララ・クランベリーさん。
「リーゼルナット様、貴女が私に行った悪事やアンドリュー殿下以外の男性との逢瀬、全て陛下に提出させていただきました」
先ほど会場のざわめきは最高潮といったな。あれは嘘だった。
「な、平民ごときが何を」
「光の魔力は全てを見透かす。貴女の行動も王様のカツラも、全てをね」
へーそっかー王様カツラだったんだーなんて現実逃避をするしかない。
いや光の魔力何に使ってんの?
「裏付けも取れている。同級生に怪我を負わせ、複数の男性と関係を持つような女と結婚するつもりはない。リーゼルナット・エクステリア。おまえとの婚約は破棄させてもらう。余罪については後日改めて問わせてもらおう」
す、とアンドリューが手を上げるといつの間に控えていたのか城の兵士たちがリゼを捕らえて連れていく。
会場には訳のわかっていない学生と保護者、安心した顔の教員それから壇上のアンドリュー、ララ、私が残された。
「エリザベス」
アンドリューに改めて名を呼ばれる。
「色々辛い目にあわせて申し訳なかった。すまない」
「お、王太子殿下がそう簡単に頭を下げてはなりませんわ!」
慌てて止めるもアンドリューは、ふっと笑顔になる。
「幼い頃から王妃になるべく毎日努力してくれたこと、学園で孤立するものがないよう周囲に気を配ってくれたこと、君の全てを愛しいと思う。影武者をやめて、私の婚約者になってくれないか」
もう本当に意味がわからないのだけど、これまで17年間、アンドリューと夫婦になり、ゆくゆくは王妃となってこの国を支えていく為に生きてきた私エリザベス。
アンドリューのこの申し出に、頷くことしかできなかった。
「やったー!!!断罪エンドから解放されたー!!!!」
「淑女がそのような大声をあげるものではありませんわ!!…って断罪エンド?」
会場中に響き渡る大歓声を上げながらぴょんぴょこ跳ね回るララさんにいつもの癖で注意してから、聞き覚えのある言葉に首を傾げる。
「ふふ、なんでもないよ!推しと推しが結ばれて超ハッピー!エリザベス様、私、貴女付きの秘書官目指しますから、これからもよろしくお願いしますね!」
「え、ええ、期待していてよ…」
なんだかよくわからないうちに、
乙女ゲームの世界に転生して、
前世を思い出して、
実は影武者だったと伝えられ、
真の婚約者が悪事を働いていて、
王太子殿下にプロポーズされて、
ヒロインとも友好な関係になったみたいだけど、
とりあえず断罪がなかったから良かったなぁと、思考を放棄した私はアンドリューの隣で優雅に微笑むのだった。
エリザベスが影武者なのは原作通りです。
原作のエリザベスもリーゼルナットに唆されてララをいじめたりしてます。ついでに原作のエリザベスはリーゼルナットのやらかしを全て背負わされて断罪されます。
この事実は全てのルートをクリアしないと明かされない設定でしたので、エリザベス(の前世の人)は知りませんでした。