9話 デートのお誘い
エミリアはダニエルから貰った包みを開けてみることにした。
手作りのハンカチを笑われた腹いせに、ダニエルが選んだであろうハンカチに、あわよくばケチを付けてやろうという小さな復讐心である。しかし、ダニエルにはエミリアのハンカチを馬鹿にしたつもりは毛頭無く、嬉しさでヘラヘラしていただけなのだが。
王妃様のコーディネーターをしている私に、どんなハンカチを選んだのか見物ね。 まぁ、流通しているものは大体把握しているから、想像は付くけど。
エミリアは澄ましながら包装を解くと、姿を現したハンカチを見て驚いた。
「うわぁ……。すごい!かわいい!このししゅう、こんなぎじゅつをもっているひとがいるなんて!」
二枚入っていたハンカチは、ピンク色と黄色の生地に、それぞれウサギと、ニワトリと籠に入った卵を刺繍したものだった。
生地自体はよくあるものだったが、とにかく刺繍が素晴らしい。 こちらの世界でお目にかかったことのないクオリティーの高さである。
思わず立ち上がり、ハンカチを掲げて喜んでいるエミリアに、予想以上の反応が見られたダニエルも喜びを隠せない。
「エミィの嬉しそうな顔が見られて良かった。それ、俺の同僚のルシアンの姉貴が刺繍したんだ。昔から趣味でさ、なかなかいい腕してるんだよな」
「しゅみ!?おしごとにしていないのですか?」
てっきり裁縫の専門店で働いていると思ったエミリアは、すぐさま話に食いついた。 こんなに腕のいい人間なら、エミリアのチームに入って欲しいと考えたからである。 エミリアは王妃のドレスなどを縫製する、裁縫チームを束ねているのだ。
「いや、趣味だな。町の食堂で働いている」
聞けば、ルシアンの家は貴族とは名ばかりの下級らしく、姉は食堂で給仕を、弟は騎士として働いているらしい。
「だにーさま、そのおねえさんとあわせてもらえませんか?すかうとしたいです!」
「スカウト?会わせるのはいいが……。ここに連れてくればいいか?」
その時、エミリアはピンと閃いてしまった。
スカウトという名目なら、町に行けるんじゃない? 食堂でお姉さんと待ち合わせをして、行き帰りはちょっと町でお買い物とか。 この前見た出店で食べ歩きとか出来ちゃうかも?
目的が変わってきている上、ダニエルが訪ねてくる前までの『一人歩き反省アピール』のことなど、もう少しも頭に無かった。
「わたしがしょくどうへいきます。だにーさま、おてすうですが、ごどうこうねがえますか?まちもあるきたいです」
エミリアのお願いにダニエルは歓喜した。 想定外に、エミリアからのデートに誘われたのである。 事実は少し違うが、ダニエルは前向きにデートと捉えた。
「おう!!俺に任せとけ。まずはルシアンの姉貴に予定を訊けばいいか?」
「おねがいします。おねえさんのつごうのいいひに。あ、もちろん、だにーさまもよていがないときで」
とりあえず、ダニエルがルシアン経由で姉に連絡を取り、結果をエミリアに手紙で伝えることになった。
そうこうしている内に夕食の時間となり、メイドに食堂への移動を告げられる。
「だにーさま、しょくどうはこちらです」
屋敷の娘として案内を始めたエミリアだったが、歩き出してすぐになぜかダニエルに抱っこされてしまった。
「うわぁ、なにをしているんですか!おろしてください!!」
「いや、だってエミィがちっこくて小走りになってたからさ。抱っこした方が早いだろ?」
そういう問題では全くないと思う! 確かに足の長さが違いすぎて、ちょっと走ってたけど……。だからって抱っこはないでしょ。 一応これでも令嬢なのよ、私は!
エミリアの動揺をものともせず、ダニエルは左腕にエミリアを乗せた。
「やっぱり軽いな。さっき、伯爵がエミィを抱っこしてて羨ましかったんだよなぁ」
ダニエルは嬉しそうに話しているが、色々おかしい。
この青年、公園では傷付いた儚いイメージだったのに、この変貌は何!? 騎士って、こんなにデリカシーがないの?
二人が食堂に入っていった時の家族の微妙な表情は、一生忘れられないとエミリアは思った。
◆◆◆
ダニエルのバートン家訪問から二週間後、エミリアがルシアンの姉と会う日が訪れた。
ルシアンの姉、シーラは二十歳の独身で、町で一番大きくて人気の食堂で働いているらしい。ランチタイムが落ち着く時間ということで、15時頃に食堂を訪れると伝えてあった。
本当は人気の食堂で食事をしてみたかったエミリアだったが、混み合う食堂は危険だからとダニエルに止められてしまった。残念がるエミリアの為に、ダニエルが代わりに提案したのが、早めに屋敷を出発して町を少し散策することだった。
12時45分。
「エミィ!悪い、待たせたか?」
楽しみにし過ぎて玄関を出て待っていたエミリアの前に、ダニエルが馬車を寄せて降り立った。
ちなみに13時の予定だったので、ダニエルは少しも遅れていない。 初めて見る私服姿のダニエルは、トレンドを押さえたお洒落な格好をしている。 短い髪も整えられ、撫で付けてあった。
「だにーさま、ごきげんよう。ほんじつは、よろしくおねがいいたします」
丁寧に挨拶するエミリアの後ろからエミリアの母も現れ、ダニエルに娘をよろしく頼むと頭を下げた。
前回の訪問が功を奏し、ダニエルはバートン家での評価がすこぶる高かった。 今日の爽やかな外見も、メイド達が頬を染めて見つめている。
馬車に並んで座り、出発すると、エミリアはダニエルの服装を褒めた。
「せいふくいがいをはじめてみましたが、だにーさまはおしゃれなのですね」
長身で、鍛えている為に体付きがいいダニエルは、騎士の制服ももちろん似合うのだが、今日着用している丈の長いジャケットがよく似合っていた。 服に興味が無さそうだと勝手に決め付けていたエミリアには意外だったが、頭をかきながらダニエルが照れ臭そうに種明かしをする。
「いや、俺は流行りとか疎くて。エミィと町に行くって言ったら、同僚達が選んでくれた。エミィに恥をかかせるなって」
エミリアの想像通りだったが、心苦しく思ってしまう。
五歳児のお守りに、そんな気を遣わなくても……。 私、地味なワンピースで悪いことしたかな。
エミリアの格好は、紺のワンピースに白のリボン、白のポシェットという子供にしては落ち着いた装いだった。 襟や袖口のレースなど可愛らしさもあるが、町で目立たないように考えた結果である。
「おきづかい、ありがとうございます。わたしももっとおしゃれするべきだったかもしれません」
申し訳なさそうに言うと、ダニエルはきょとんとした顔をした。
「エミィはいつも可愛いぞ?公園で会った時のピンク色も可愛かったが、あれはエミィの好みじゃないだろ?今日の方がしっくりきている顔をしてるもんな。エミィは自分の意志を持ってて凄いと思う」
ダニエルはエミリアのことをよく見ているらしい。 まさかピンクのワンピースを嫌がっているのがバレていたとは思わなかった。
デリカシーがないと見せかけて、案外鋭いところを突いてくるんだよね。 子供相手でも馬鹿にしないで対等に接してくれるし。 とてもありがたいけど、私と居てこの騎士に何かメリットがあるのかな?
エミリアはそんなことを考えながら、馬車に揺られていた。