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6話 騎士の気持ち

騎士ダニエル視点のお話です。

もう一話ダニエル視点が入るので、今日中にもう一話投稿します。

 こんな場所に珍しいな。 迷子か?


 まだ幼い少女は、可愛らしいくりくりとした目でこちらを見ている。 ピンクのワンピースがよく似合っているが、仕立ての良さと雰囲気から、身分の高い貴族の令嬢だとすぐに気付いた。


「なんだ、お前迷子か?こんなところに一人じゃ危ないぞ」


 パレードの賑わいの影で、悪さを企む連中がうろついている時期だ。 貴族の子供がフラフラしていていい時ではない。


「おまえでも、まいごでもありません。おにいさん、となりにすわってもいいですか?」


 思いがけずしっかりとした口調の少女に驚いた。 可愛い見た目とのギャップに、一瞬他の者が喋ったのかと思ったが、あいにく公園にはダニエルと少女しか居ない。

 変わった少女の登場に、珍しく興味が湧いていた。


「レディー、よろしかったらどうぞこちらへ」


 普段の乱暴な口調を引っ込め、あえて女性が好きそうな社交界慣れした男のように、レディーと呼びハンカチを広げる。 すると少女もダニエルのノリに付き合い、年頃の令嬢のように振る舞ってくれた。 お互いやり慣れない動作に二人で笑い出すと、まるで以前からの知り合いのような居心地の良さを感じた。

 騎士で、人当たりが決して良くないダニエルに近付いてくる子供など今まで居なかったが、どうやら少女は違うようだ。

 見た目通り五歳らしいが、難しい言葉を話し、堂々とした様子はとても五歳には見えない。 それを本人も自覚しているのが面白かった。


「ぱれーどのときにつらいかおをしていました。りゆうがきになって」


 そう言われた時には強い衝撃を受けた。

 年端もいかない少女に痛いところを指摘され、騎士のくせに動揺してしまった。

 いくらでも誤魔化せたのかもしれないが、思慮深く、全てを包み込むような少女の視線から逃れることなど出来なかった。 いや、逃げようなどとは少しも思わず、気付けばダニエルは母にも同僚にも話したことのない父の事実を、初対面の少女に語っていたのだった。


 三年前の戦いで起きた父との出来事を、洗いざらい少女に告げたダニエルーー 。

 それはまるで、教会で神と司祭に告解をしているようで……冷静な顔で話を聞き入れる少女は、神聖な聖職者に見えた。


 なんで俺は初対面の小さな女の子にこんな話をしているんだろうな。 俺はずっと、俺の罪を誰かに聞いてほしかったのかもしれない。


 ダニエルが自分が抱えている後悔を全て吐き出すと、それについて特に感想を述べることもなく、少女に形見の短剣を見せてほしいと請われた。                   

 見せるのは構わないが、五歳の少女に刃物を渡すことには一瞬躊躇してしまう。怪我でもされたら大事だ。

 自分が見張っていれば大丈夫かと手渡せば、徐に鞘から剣を抜こうとした為、益々焦った。


「なにかかいてあるの」


 少女に見せられた時は、正直半信半疑だった。 今までもこの一年、何度も短剣を眺めていたからだ。 しかし持ち手と鞘にかけて、まるで模様に紛れ込ませるようにその言葉は彫ってあった。


『私は大切な者を守った。お前も大切な者を守れ』


 なぜ今まで気付けなかったのだろう。 後悔が俺にこの文字を見えなくさせていたのだろうか?


 しかし、全てが必然のようにも感じた。

 公園で少女に出会い、少女に父の遺志を伝えてもらうーー。 全部が父のもたらした縁で、この一年はダニエルが自分を見つめる機会として必要な時間だったのかもしれない。

 珍しく感情的になっていたのか、涙が溢れてきた。 泣いたのはいつぶりだろうか。 父親が亡くなった日も、葬儀の日も、ダニエルは涙を見せずにしっかりと務めを果たし、さすが騎士団長の跡取りだと参列者たちは口を揃えた。

 ダニエルの葛藤する内心には気付かずにーー。


  気付けば、少女がレースの女の子らしいハンカチをこちらに差し出しながら、情けない顔をしている。


「じつようてきじゃありませんが、よかったらこれをつかってください」


 さっきまで、神の使いかと思うような神聖さを纏っていたのに、すっかり元の大人びた少女に戻っていた。

 相変わらずの言い回しが面白く、久しぶりに腹の底から笑った。 誤解していた父の想いに気付かせてくれたお礼を言うと、少女は照れたように口を尖らせて言った。


「だにえるさまはまだわかいのですから、これからだにえるさまのたいせつなひとを、まもってあげてください」


 俺の大切な者か。 こんな小さい子に諭されるとはな。 でもせっかく親父に助けてもらった命、俺もグダグダ悩んでないで、誰かを守れるようにならないとな。


 この三年、ずっと後悔を引きずって生きてきたダニエルが前を向いた瞬間だった。

 

 その後、彼女は迎えが来たと慌ただしく去っていったが、辛うじて名前を訊けたことにホッとする。     

 「またな」と最後に声をかけたが、それはダニエルの本心からの言葉だった。 ヘンテコな口調で、それでいて慈悲深いエミリアは、ダニエルの印象に強く残り、心を揺さぶられたのだ。

 駆けていく小さな後ろ姿を眺めながら、ダニエルはエミリアが自分に与えてくれた影響と、『大切な者』について考えていたのだった。


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