4話 真実と大切な者
重い空気が流れる中、エミリアはずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「その、てにもっているものはなんですか?」
指を差すと、ダニエルが手にしていた太い棒状のものをエミリアに見せてくれた。
「短剣だ。親父の形見なんだ。死ぬ間際に渡された。これを見ると、もっと精進しろって言われてる気がするんだ。やっぱり親父は俺を恨んでいたんだろうな」
ダニエルは、わざと乾いた笑いを見せながらエミリアの方を向くが、エミリアには気になることがあった。
息子を庇って、団長さんは後悔なんてしたのかな? この世界のことはまだわからないけど、恨んでなんてないんじゃないの?
エミリアはダニエルの手元を見ながらお願いしてみた。
「そのかたな、ちょっとみせてもらえますか?」
「これを?……いいけど、気を付けろよ。危ないからな」
エミリアは短剣を丁寧に受け取ると、まじまじと見つめた。 鞘と持ち手に細かい細工が施され、美しい。
逆さまにしたり、注意深く観察していたら、あることに気付いた。
あれ?この部分に何か……。
力を込めて少しだけ刀を抜いてみると、すかさずダニエルの焦った声が聞こえた。
「おい、怪我するぞ!抜くのはやめとけ」
「ちがうんです。ここ、みてください。なにかかいてあるの」
エミリアがダニエルに気になるところを伝えると、青年は顔を寄せて調べ始めた。
「確かにこれは文字だな。なんて彫ってあるんだ?えーと『私は大切……な者……を守った。お前……も大切な者を……守れ』?」
団長さん! やっぱり、息子を愛していたのね!
エミリアは顔を綻ばせた。
ーー『私は大切な者を守った。お前も大切な者を守れ』
ダニエルは黙ったままだったが、その瞳は潤み、刻まれた言葉の意味を噛み締めているようだった。
エミリアは、彼のハンカチの上に自分が座ってしまっていることを思い出し、慌ててポケットを探る。
あ、あった! ーーって!! なんでこんなレースのヒラヒラハンカチなの! これじゃ涙拭けなくない?
しかし、あいにく手持ちはそれしかない。
エミリアは諦めてレースのハンカチをダニエルに差し出した。
「じつようてきじゃありませんが、よかったらこれをつかってください」
ダニエルは繁々とレースのハンカチを見ていたが、そっと受け取ると目を拭った。
「悪いな」
「いえ、だにえるさまのはんかちは、わたしのおしりのしたですから」
涙を拭いたダニエルは晴れ晴れとした顔で、愉快そうに笑う。
「実用的じゃないとか、お尻の下とか、ほんと面白い話し方をするよな。どこで教わったんだ?」
前世でーーなどと言えるはずもなく、エミリアは話題を変えた。
「だにえるさま、よかったですね。おとうさん、だにえるさまのことうらんでなんてなかったんです。まもれたこと、よろこんでいました」
笑顔で見上げると、ダニエルも柔らかく微笑み返してくれた。
安心したようなあどけない笑みが、彼が苦しみから解放されたことを物語っていた。
「ありがとうな。俺、ずっと勘違いしたまま生きるところだった。俺のせいなのは変わらないが、心が軽くなったよ」
自分で変えた話題なのにお礼が気恥ずかしく、エミリアは短剣を返しながらついお節介が口をつく。
「だにえるさまはまだわかいのですから、これからだにえるさまのたいせつなひとを、まもってあげてください」
「ははっ、俺よりずっと若い子供に言われちゃ、世話がないな」
明るく笑うと、ダニエルは短剣を大切そうに懐にしまった。
「だにえるさまは、おいくつなのですか?」
「ん?俺か?十八だ」
あら、本当に若かったのね。 まあ、私なんて五歳だけど。
「では、じゅうさんさいさですね」
エミリアが簡単な引き算をしてみせると、大袈裟に驚かれてしまった。
「計算も出来るのか!全く、なんて子供だ」
頭を撫でられてしまう。
その時、遠くでエミリアを呼ぶ声が聞こえた。
マズイ! すぐ戻るつもりでフラフラ出てきたけど、結構時間が経ってる気がする!
エミリアは急いでベンチから立ち上がると、お尻で踏んでいたハンカチを畳んでポケットにしまった。
「だにえるさま、かぞくがよんでいるのでかえります。はんかちはあらってかえすので、おかりします」
ダニエルもつられて立ち上がると、自分の手を見た。
「俺もこのハンカチ、借りるな。一人で大丈夫か?」
すでに歩き出していたエミリアだったが、振り返って一つ頷く。
「ありがとうございます。だいじょうぶです。では……」
「あ、君の名前は?教えてもらえるか?」
そうだった! 教えてもらったのに、私の名前は言ってなかったっけ。
エミリアはダニエルの方を向くと、教わったカーテシーをしながら今更ながらの自己紹介をした。
「えみりあ・ばーとんともうします。ほんじつはおはなしできてたのしかったです。またおあいしましょう」
五歳だし、こんなものでいいかな?
挨拶を終えると、いよいよエミリアを呼ぶ声が近付いてきた。
「またな!」
公園の出口へと駆け出したエミリアにダニエルの声が届き、少し振り返って手を振ると、一目散に通りへと向かう。
またお会いしましょうなんて、社交辞令のつもりだったんだけど。 ハンカチは人づてに返すことになるだろうし。 また会えることなんてあるのかな?
公園に一人残されたダニエルは、走り去るエミリアを見守りながら呟いていた。
「『お前の大切な者を守れ』か」
呟きを耳にした者はおらず、その声は静かな公園に溶けていった。