3話 騎士の後悔
貴族はパレードの後、王宮の庭園で催されるお茶会に出席する予定だが、一度に移動出来ないこともあり、エミリアの家族も近い席の貴族と談笑を続けていた。
うーん、暇だわ……。せっかくの外出なんだから、ちょっと散策してみるか。 すぐに戻れば大丈夫だよね。
エミリアは勝手に観覧席を抜け出すと、ポテポテと歩きだした。
ほうほう、石畳とレンガがおしゃれな町並みねー。 あ、出店だ。 お金があったら食べ歩きが出来たのになぁ。
エミリアは父のビジネスを手伝っていたが、お小遣いはもらえていない。 普段は使い道もないから当然なのだが。
ふと公園が目に入り、奥に入っていくと先客がいた。
ありゃ、たそがれてる人を発見。 邪魔しちゃ悪いし、退散するか。
エミリアは踵を返そうとしたが、ふと気付いてしまった。
あれ?さっきのパレードに出てた元団長の息子さん?
青年がベンチに座り、何か手に持っているものを見ているようだが、項垂れているようにも見える。
エミリアが近付くと、こちらに気付いて顔を上げた。 馬上の印象よりも若く見え、ヤンチャそうな顔付きだが将来有望なイケメンだった。
「なんだ、お前迷子か?こんなところに一人じゃ危ないぞ」
「おまえでも、まいごでもありません。おにいさん、となりにすわってもいいですか?」
エミリアは彼に興味が湧き、話してみたくなったのだ。
断られるかとも思ったが、彼はおかしそうに笑うと言った。
「ははっ、悪い悪い。レディー、よろしかったらどうぞこちらへ」
彼は立ち上がると、胸元から取り出した白いハンカチをベンチに敷き、わざと恭しくエミリアに手を差し出してくる。
「ありがとう。ではおことばにあまえて」
エミリアがわざと貴婦人っぽく振る舞い、優雅に腰をかけてみせると同時に二人で吹き出した。
これが二人の最初の出会いだった。
笑いが収まると、騎士の青年はエミリアに質問をしてきた。
「それで結局、君はなぜ一人でここに?その格好はパレードを見に来たのか?まだ小さそうだけど」
エミリアは、ピンクのレースたっぷりのワンピースを着せられていた。 頭にもピンクのリボンを左右に付けられ、中身が三十路手前のエミリアにはハッキリ言って厳しい出で立ちである。
実際、着る時にかなり抵抗はしたのだが、メイド達に押しきられてしまった。 五歳のエミリアは可愛らしい顔立ちで、くるくるした茶色い髪をしている為、本人の意思とは裏腹に可愛い格好が良く似合うのである。
「ごさいです。しゅくがぱれーどをかぞくとはいけんしました。いまはさんさくちゅうです」
右手を開いて五歳だと訴えると、青年は目を丸くする。
「五歳!?いや、見た目はいかにも五歳だが、やけに大人びた話し方というか、子供らしくないというか……」
「よくいわれます」
エミリアが動じずにしれっと答えると、クスクス笑われた。
「変わった女の子だな。で、なんで隣に座ったんだ?」
笑い顔からは、さきほどのパレードの際の悲壮感は感じられない。 しかし、辛そうな表情と手にしていた物が気になり、エミリアは思いきって聞いてみることにした。
「おにいさん、きしだんちょうさんのむすこなのでしょう?」
少し驚いた顔をしながらも、青年は冷静に頷く。
「よく知ってるな。正確には、前騎士団長だけどな。俺は一人息子のダニエルだ」
青年の名前はダニエルというらしい。
名前を教えてもらえたことで気を良くしたエミリアは、もう少し突っ込んで訊いてみることにする。
「だにえるさま、ぱれーどのときにつらそうなかおをしてました。りゆうがきになって」
ダニエルは今度はあからさまに動揺した様子を見せた後、眉を下げた。
「俺、そんな顔してたか?ダメだろ、パレード中に……。しかも五歳に指摘されるようじゃ、騎士失格だな」
情けないと自嘲するが、エミリアが更に促すとポツポツと話し出した。
「俺、三年前の戦いが騎士としての初めての仕事だったんだ。やる気だけが空回っていた自覚はある。一人で敵陣の奥まで突っ込んで、囲まれた」
当時のことを淡々と語るダニエルを、エミリアはただ黙って見つめていた。
「いよいよまずいと思った時、親父が単独で助けに入った。なんとか持ち堪え、駆け付けた援軍とその勢いのまま敵を鎮圧した」
そこでダニエルは一度息を吐くと、覚悟を決めたような強い眼差しで続きを話し出した。
「俺は知らなかったんだ。親父が俺を助けた時にケガを負っていたことを。誰にも悟られないようにケガを隠し、無理をしたことが原因で親父は去年死んだ」
エミリアは息を飲んだ。
ダニエルは思っていた以上に、重いものを抱えていたようだ。
「俺があの時、無茶をしなければ……。ケガに気付いて、対処していれば……。親父はどこでケガをしたか最後まで言わなかったし、騎士団の皆も俺のせいだとは知らない。俺の勝手な行動は『さすが団長の息子だ、勇気がある』などと評価され、誰も俺を責めない。本当は全て俺のせいなのに……。親父も俺を恨んでいたのかもしれない」
体を折り、顔を歪ませて耐える姿は、エミリアにもその後悔の深さをうかがわせて胸が痛かった。