21話 どこにでもいる、当たり前の夫婦へ
この話で完結です。
ダニエルとエミリアが仲良く手を繋いで騎士団本部へ戻ると、二人は意味深な視線に囲まれてしまった。
「副団長~、斬られたって聞いて俺達心配したんですよ?なのにそんな嬉しそうな顔……怒れないじゃないですか。俺達にも紹介して下さいよ」
「悪い。遅くなった。えー、王都に戻り次第、俺の妻になるエミリアだ」
笑顔で紹介されるが、いきなりの妻発言にエミリアは慌ててしまう。
「え?妻!?でもそっか、妻になるのか。えっとダニー様……じゃない、ダニエル様の妻になる、エミリア・バートンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
頭を下げるが、明らかに動揺した妙な挨拶に、皆が笑いを堪えている。
「可愛いだろ?やらないけどな」
エミリアの腰を抱いて、自慢しているのか牽制しているのか、ダニエルはひたすらご機嫌だった。しかし、やり手で可愛げがないと子供時代から噂されてきたエミリアが、実際は想像と違い、戦地を恋人の為に駆け回るような女性だったと知り、騎士達はすぐにエミリアと打ち解けた。
「まさか、エミリア様がこんな勇ましい方だったとは!」
「副団長とお似合いですね」
ここで、ようやくダニエルが気付いた。
「エミィ、なんで一人だったんだ?警護の者や付き添いは?」
「あー……なんか色々駆け回っていたら、途中で撒いてました」
不思議そうなダニエルにありのまま答えると、「さすが団長の妻になる方はたくましい!」と称賛されてしまったが、ダニエルだけは不満そうな顔でエミリアをジトっと見ている。今更色々心配になったらしい。
隣国の兵士は退却したが、これで終わった訳ではない。
ダニエルは戦闘の片付けで忙しいだろうと、エミリアは隣町まで帰ろうとしたのだが、ルシアンに止められてしまった。ダニエルとゆっくり過ごせるようにと、被害が無かった地域のホテルを一室予約してくれていたのだ。
「義兄さんには、俺から言っておくからさ」
確かに旅の間はシーラの夫がエミリアの保護者であり、彼はルシアンの義兄にあたるが、問題はそこではない。
ホテル!?いやいや、私まだ嫁入り前だし、こっちの世界はそういうのうるさいんじゃないの?
ダニエルを見ると、何か葛藤しているようだったが、やがて決着が着いたのかエミリアの方を向くと赤い顔で言った。
「エミィ、俺はまだエミィと居たい。離したくないんだ。何もしないから傍に居てくれないか。侯爵には殴られる覚悟だ」
エミリアも、本心ではダニエルと過ごしたかった為、照れながらもしっかり頷いていた。
その後、しばらくダニエルは仕事を片付け、エミリアは騎士団のメンバーと早めの夕食をいただいた。バーシャルでのダニエルの様子を、面白おかしく騎士から教えてもらったエミリアは笑い続け、楽しい時間を過ごした。
食後、本部から離れ、二人はまた手を繋いでホテルへと移動した。二人きりになると照れ臭く、会話はなかったが、エミリアは大きな手に包まれて幸せを感じずにはいられない。
ダニー様の手、ずっと触りたかったから嬉しいな。
思わず力を込めると、ダニエルも強く握り返してくれた。
ホテルの部屋は、こじんまりとしながらも、温かみのある清潔な内装だった。ルシアンが手を回したらしく、エミリアの荷物が先に届けられており、一泊するのには困らなさそうだ。
「ダニー様、先にシャワーをどうぞ。疲れているでしょうし、切り傷の手当てをしないと」
エミリアが先だと言い張るダニエルを、浴室に無理やり放り込む。
シャワーを終えて出てきたダニエルは、備え付けのバスローブのようなものを着ているが、見慣れぬラフな格好に、エミリアは直視出来なかった。自分もすれ違いにシャワーを浴び、届けられていたネグリジェ姿で部屋に戻ると、今度はダニエルが変な方向を見ている。どうにもこうにも恥ずかしくて堪らない。
ぎこちなさを振り払うように、借りてきていた救急箱を使って傷の手当てをしていると、ダニエルが脱いだシャツが置いてあるのが見えた。
「あのシャツ……」
オレンジのアップリケが縫われたあのシャツだった。
「ああ、勝負の日はあれを着ると決めてるからな」
かえって目立って標的になるのではないかと心配になるが、ダニエルの気持ちが嬉しいと思う。
手当てが終わってしまうと、なんだか手持ち無沙汰になってしまい、二人の間に変な空気が流れてしまう。なんとなくお酒を飲み始めたダニエルからエミリアも少し分けてもらい、口を付けていると、ダニエルが真っ赤な顔で突然立ち上がった。
「エミィ!やっぱり駄目だ。俺、手を出さない自信が無くなった。今からでも送っていくから戻れ」
ええーっ、シャワーも浴びちゃったのに?何よ、ダニー様の意気地なし!パパに殴られる覚悟があるなら、手を出せばいいじゃないの!
「嫌です。ダニー様と離れたくありません。私、覚悟なら出来てますから」
ツンと冷静に返事を返すエミリアに、ダニエルが益々慌て出す。
「いや、エミィ、正気になれ。こんなところでこんな状態の俺でいいのか?」
確かに、戦いの後だからか普段より気持ちが昂っていそうだが、エミリアはダニエルが自分に酷いことをするはずがないと信じていた。
「ダニー様を信じてますから……。あ、でもこの身体は初めてなので、優しくお願いします」
久々の酒に酔っていたのか、エミリアは明らかに失言をした。
「この身体は?ーーどういうことだ?」
やばい! 転生したことはずっと秘密にしてきたのに、ついペロッと余計なことを!
しかし、時すでに遅し。ダニエルに問い詰められ、エミリアは全てを白状する羽目になってしまった。
「なるほど。つまり、エミィには前世の記憶があって、そこでは彼氏がいた時期もあって、こういうことは初めてではないと……」
なんだかダニー様の空気が怖いんですけど……。転生者の部分にもっと驚かれると思ったのに、元カレのことばかり気にしてるし。
元カレとは言ってもごく短期間で、流されるまま関係を持ってしまった過去が悔やまれた。
「エミィ!」
「はいいっっ!」
思わずエミリアが背筋を伸ばすと、すかさずダニエルに抱っこされてしまった。
「え?え?」
エミリアが戸惑っている内に、ベッドへとお姫様抱っこで運ばれ、大きな体に組み敷かれてしまう。
「エミィ、エミィの身体に触れた奴がいるなんて許せない」
「あの、それは前世の話ですので。今の私は触られてませんし、そんな気にするほどたいした過去があるわけじゃ……」
エミリアは、誤解を解こうと前世の少ない恋愛経験について何とか説明を試みたのだが、ダニエルは聞く気がないようだ。
「俺のエミィなのに……。前世だろうと許さない。エミィ、他の男の記憶なんて俺が全部消してやる」
そう言うと、ダニエルはエミリアに情熱的なキスを仕掛けてきた。食べられてしまいそうなキスにそれだけでうっとりとしてしまい、力が抜けている内にネグリジェを脱がされてしまう。
結局、止める間も無くひっきりなしに甘い言葉を注がれ、熱に浮かされている間に激しく愛されてしまい、気付けばエミリアは意識を失っていた。
こ、こんなの知らないっ、ダニー様の体力バカ!!
翌日、ホテルまで迎えに来てくれたシーラの夫は、ぎこちなく歩くエミリアを見て、大きな溜息を吐いていた。
三ヶ月後、ダニエルとエミリアの結婚式が王都で盛大に催された。
晴れて騎士団団長となったダニエルと、王妃のドレスアドバイザーを務めるエミリアの結婚は、国中の注目を集めていた。エミリアの父が祝いに集まった町人にもワインとマンゴリラを振る舞った為、国全体がお祭り騒ぎである。自分でデザインをしたウェディングドレスを纏ったエミリアは、輝くように美しく、ダニエルも息を呑んだ。
「ダニー様のせいで、あやうくこのドレスが着られないかと思いました。赤ちゃんが出来てたらどうするつもりだったんですか?」
ウエストラインがスッキリとしたドレスを着たエミリアがわざと軽く睨んで文句を言うと、ダニエルは少しも懲りずに言ってのけた。
「今日からまた頑張らないとな!」
「ダニー様!!」と、真っ赤な顔で今度こそ怒り出したエミリアをあやしていると、ダニエルの耳に懐かしい父の声が聞こえた。
『お前も大切な者を守れ』
ああ親父、わかってるさ。
「エミィ、俺の大切な者。俺の人生かけてエミィを守るよ」
ダニエルが耳元で囁くと、エミリアは幸せそうに微笑んだ。
こうして十三歳の年の差カップルは、どこにでもいる、当たり前で幸せな夫婦になったのだった。
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