20話 再会は感動的に?
エミリアはひたすらバーシャルの町を駆けていた。
動きやすいワンピースを選んではいたが、足元が悪い上、先程まで戦地だった場所を駆け抜けていく、見るからに育ちの良さそうな令嬢は一際目立っていた。
「あの、ダニー様は?副団長はどこにいますか?」
騎士を見かける度に、尋ねて回る。王都からダニエルと同行してきた者は、エミリアだと気付くと一様に驚いた顔をしたが、ダニエルがいると思われる方角を教えてくれた。何度かそれを繰り返したが、一向にダニエルは見つからず、走り疲れてきたエミリアは段々腹が立ってきた。
なんでこんなに見つからないのよ!斬られたって、無事なんでしょうね?あーもう、令嬢の私をこんなに走らせるなんて、ダニー様のくせに!!
勝手に様子を見に来ておいて理不尽な言い分なのだが、余裕のないエミリアは苛立つ気持ちを吐き出すように、通りで立ち止まると思いっきり叫んだ。
「ダニーさまぁぁぁ!どこですかぁぁぁ?」
一体何事かと、負傷者の手当てや瓦礫の撤去で騒がしかった通りは、一瞬静寂に包まれた。その直後。
「ブフッ、あはははは!!やっぱりエミィちゃんの声だったか。おい、ダニエル、早くこっち来てみろよ!!」
「なんだルシアン。俺は本部に戻らないといけーー」
細い路地からルシアンと、続いて面倒臭そうにダニエルが現れたが、エミリアに気付くと動きが止まった。
「ダニー……さ……ま?」
「エミィ……なのか?」
制服はボロボロで、所々血を流していたが、ダニエルは支えられることもなく、一人で立ちながらエミリアを見つめている。
「ダニー様!!」
今すぐ抱きつきたいが、ダニエルは斬られたのだからとエミリアは自分の衝動を咄嗟に抑えつけた。
「怪我は?斬られたのでは?」
「いや、斬られてない。危なかったけどな」
良かった。情報が間違ってたんだ……。
エミリアがホッと息を吐くと、ルシアンが何があったかを説明してくれた。どうやら、逃げ遅れた町人を誘導していたルシアンが残っていた敵に狙われ、それを助けに入ったダニエルが斬られたと勘違いし、部下が本部に報告をしたらしい。しかし、話の途中で今更ながらエミリアは気付いてしまった。
「あれ?ルシアン様じゃないですか。ご無事で何よりです」
「うえぇぇ?今、俺だって気付いたの?嘘だろ!?俺がエミィちゃんの声に気付いたのに……。全く、ダニエルしか見えてないんだもんな。邪魔者は先に行ってるよ」
呆れたように言ったルシアンだったが、顔は笑っており、手をひらひらと振りながら行ってしまった。二人きりになり、エミリアがチラッとダニエルを見ると、ダニエルは明らかに落ち着かない様子をしている。
これは……もしかして、照れてるの?
なんだか嬉しくなったエミリアは、噛み締めるようにダニエルの名を呼んだ。
「ダニー様」
今度は感情のままに駆け寄り、飛び付くと、ダニエルはしっかりと抱き留めてくれた。その腕の温かさや匂いは以前と変わっておらず、エミリアは安心して溢れた涙もそのままに縋り付く。
「もう!心配したんだから!ダニー様のバカバカ!!」
怒りつつもギュッと抱き締めるエミリアに、ダニエルの頬は緩みっぱなしだ。
「悪かった……。でも俺は無事だから、成長したエミィの姿をよく見せてくれ」
抱き着いた腕を一旦離そうとして、ようやくエミリアは自分の状態に思い至った。
私ってば、走りまくって髪グチャグチャだよね?会えるならもっとお洒落もしたかったし、泣いたせいで変な顔だし!
エミリアはもう一度、わざと思いっきりしがみついた。
「無理です。私、今グチャグチャなので。あぁ、こんなはずじゃなかったのにーっ!」
「ははっ、今更だ。もうさっき見ているしな。綺麗になってビックリした。幻かと思ったよ」
再会したら、『あら、見惚れて声も出ないんですか?』と揶揄う予定のエミリアだったが、実際に褒められたら恥ずかしくなってしまった。
「本当?おかしくないですか?」
おずおずと距離を取ったエミリアの全身を、ダニエルが愛おしそうに眺めていたがーーやがて顔を片手で覆い、困ったように言った。
「いや、こんなに一気に女っぽくなって、正直参ってる。綺麗になり過ぎだろ。抱き締めた感触が前と全然違うし」
「ルシアンのやつ、適当な報告しやがって」と、ブツブツ呟いているが、チラチラとエミリアを見やる視線は以前にも増して男性の熱を帯びたものだった。エミリアはエミリアで、久しぶりに見るダニエルは逞しく、戦いの直後の野生的な雰囲気に、高鳴る胸が抑えられずにいた。
ダニー様、髪を切る時間もなかったのかしら?前より長めで、セクシーに見えるわ。少し目線が近くなって、嬉しいけど恥ずかしい。
顔を赤らめ、お互いがお互いに見惚れているのを、居合わせた騎士や戻って来た町人がニヤニヤと見ていたが、その時間は唐突に終わりを告げた。
「副団長ーっ!早く戻って下さーい!『五分前行動は騎士の常識』じゃなかったんですかーっ!」
遠くでダニエルを呼ぶ部下の声がしたからである。その聞き慣れたフレーズに、思わずエミリアに笑みが溢れた。
ダニエルは現実に引き戻されると、エミリアに手を差し出した。
「行くぞ、エミィ」
「はいっ!」
笑顔でダニエルの手のひらを握り返すと、二人揃って騎士団本部へと歩き出したのだった。




