2話 おしゃまな女の子
一歳になり、多少喋ったり動けるようになったエミリアは、より活躍の場を広げていた。
選択肢を与えられなくても、拙い言葉とジェスチャーで伝える術を身に付けたからである。
母のドレスも衣装部屋の中で引っ張って選んだり、もっとこういうものがいいと、仕立てから参加するようになった。 父のビジネスに関しても、商品陳列の仕方を提案したり、店のレイアウトに口出しをし始めた。
両親とも、幼いからと馬鹿にすることなくエミリアの意見を取り入れた結果、バートン家は社交界でも経済界でも成功を収めるようになった。
「エミリアはすごいなぁ。かわいいし、あたまもいいし、ぼくのじまんのいもうとだよ」
兄からも可愛がられ、エミリアは順風満帆のまま五歳を迎えた。
「パパ、しょうかいのあたらしいてんぽは、もっとりっちをかんがえたほうがいいとおもうの。ママ、おうひさまにいらいされたどれすは、さゆう、あしんめとりーにして、すそにかけてぐらでーしょんをいれたいわ」
五歳のエミリアは、いよいよ大人顔負けの話し方になっていた。
まだ舌足らずで可愛い分、内容とのギャップが激しく、それがまた微笑ましくもあった。
「おおっ、そうか!確かに下調べが甘かったかもな。住人の年齢分布や、嗜好についてもう少し調査してみよう」
エミリアは前世のアパレル業界での新規出店や販売促進、新規開拓などの知識を父のビジネスに活かしていた。
すでに商会の『影のボス』と呼ばれている。
「エミリアちゃんってば、また難しい言葉を使って。ママにもわかるように説明してちょうだい?」
エミリアが、バートン夫人が急に垢抜けた理由だと突き止めた王妃は、自身の専属コーディネーターにエミリアを抜擢した。
最初は五歳児に?と、前代未聞な出来事に慌てふためいていた大人達も、誰も考え付かない発想で、ドレスだけでなく髪型や着方そのものを生み出すエミリアを、今は期待を持って見守っていた。
大人びた、おしゃまな少女として世間で有名になってきたこの年、エミリアは運命の出会いを果たすのである。
◆◆◆
転生してはや五年ーー。
エミリアは見た目は可愛い盛りの五歳だったが、話す内容はいささか可愛くなかった。
「パパ、はやくしゅっぱつしないと、しゅくがぱれーどにまにあわないわ。ごふんまえこうどうは、おとなのじょうしきなのよ」
五歳のくせに……と思いつつも、エミリアに甘い父は笑いながら言葉を返す。
「あはは、エミリアは本当にしっかりしているなぁ。確かにそろそろ出なければな。用意はいいか?」
他の家族に確認し、バートン一家は揃って家を出た。
今日は、騎士団の祝賀パレードが盛大に行われることになっている。
三年前、この国の北部の町が隣国に急襲され、ピンチに陥った。 すぐに騎士団が送られ鎮圧された為、大事には至らなかったのだが、その功績を讃える為に毎年パレードが行われるようになったのである。
本来ならまだ五歳のエミリアはお留守番なのだが、今日の王妃の衣装の仕立てに携わった関係で、特別に招待されていた。
初めて参加するエミリアは、久々の外出にワクワクしていた。
お出かけお出かけー。 この世界って、貴族の子供はあまり外に出られないんだよね。 出られても馬車で王宮とか。 今日は少しだけど町に行けるから楽しみー!
パレードが見える高台に貴族用の席が設けられ、椅子に座ったエミリアは辺りを見回した。
「パパ、あそこにみえる、どうぞうはだれなの?」
騎士団が出てくるであろう門の横に、新しそうな銅像が立っていた。 堂々とした佇まいで、騎士の制服を纏っているように見える。
「ああ、あれは前騎士団長の像だよ。三年前の戦いの時に騎士をまとめ、勝利に導いた偉大な方だ。残念ながらその時に負傷されて、その傷がもとで去年亡くなってしまったんだ」
「えいゆうなのね」
まだ若く見える英雄の像に、エミリアは心が痛くなった。
自分の国のことなのに全然知らなかったことを恥じ、これからはこの国についてもっと勉強しようと思った。 ネットやテレビがないこの国では、じっとしていたら子供のエミリアに情報は入ってこないのである。
ほどなくして、パレードが始まった。
若い騎士が凛々しい表情で馬を操り、通り過ぎていく。通りを埋め尽くす人々から歓声が上がり、騎士に手を振っている姿が多く見られた。
小さいエミリアが身を乗り出しながら眺めていると、父に肩を叩かれた。
「エミリア、もうすぐあの銅像の騎士団長のご子息が通るよ。ほら、あの方だ。なんだか顔が強張っているようだが……。緊張しているのかな?」
エミリアが顔を向けると、確かに怖い顔をしながら通りを進む騎士がいた。
年は二十歳頃だろうか、確かに銅像の前団長に似ている気がする。
なんであんな顔をしているのかしら? 怒っているというより、なんだか辛そうな顔……。せっかくの祝賀パレードなのに。
パレードが終わっても、彼の固い表情がエミリアの心に深く刻み付けられていた。