18話 ラブレターの威力
ダニエルがバーシャルへと発ってから、十日ほどが経過した。
エミリアは学校へ通いながら、新しいドレスを提案し、シーラとお茶をするという、いつも通りの生活を送っていた。今までもダニエルが一月ほど留守にすることはあった為、まだそれほどの寂しさを感じることはなかったのである。
ただ、少し煩わしいことは増えていた。
「エミリア様、婚約者が遠くへ行かれて、さぞ心細いことでしょう。今度の週末、我が家へご招待するので、寂しさを忘れて僕と楽しみませんか?」
「私ならあなたを一人にはしません。一度、共に出かけませんか?」
鬼の居ぬ間のなんとやら、ダニエルが留守にしているのをいいことに、エミリアに言い寄る男性が一気に増えたのである。
少しも心は動かないし、誘いに応じるつもりも更々なかったが、ひたすら鬱陶しい。エミリアがどうしたものかと対応を考えていると、ある時を境にピッタリと誘いが収まった。
急にどうしたのかしら?なんだか私を見て怯えているし……。なんかしたっけ?
意味がわからなかったが、面倒事がなくなり清々していると、校内で騎士のルシアンに出くわした。最近よく学校で見かける気がする。
「ごきげんよう、ルシアン様。最近よくお会いしますね」
「やぁ、エミィちゃん。まあね。俺、この学校の警備を頼まれててさ。俺があいつの代わりに目を光らせてるから、安心してね」
ルシアンは手を振ると行ってしまった。どうやら、ルシアンはこの貴族学校の警備を任されているらしい。
どうりでよく見かけるはずだわ。でも、ルシアン様が居てくれるのは心強いよね。偶然に感謝だわ。
しかし、もちろん偶然などではない。ダニエルが、ルシアンからエミリアに群がる男共の報告を受け、裏から速攻手を回した結果なのである。ルシアンを学校の警備に任命しただけでなく、間接的に男共の家にも圧力をかけたことにより、彼らはエミリアから手を引くしかなかった。
騎士団副団長のダニエルは、エミリアを守る為だけに、今では様々な権力を手にしているのだった。
ダニエルが王都を離れて半年。ダニエルは影からエミリアを守るだけでなく、マメに彼女に手紙を送っていた。手紙を書いたり、届けられる状況ということは、バーシャルの情勢が安定している証であり、エミリアは手紙が届くと安堵せずにはいられなかった。
ダニー様、また手紙を送ってきたのねーーって!今回も情熱的というか、なんて恥ずかしい内容……。これって、絶対真夜中のテンションで書いたでしょ? そうに決まってる!
ダニエルからの手紙は、いつもひたすら愛を囁いていた。
『エミィ、愛している』『エミィに会いたい』『俺の心はいつでもエミィの傍にある』などなど。
ダニー様本人も確かに甘かったけど、こんなタイプだったっけ?キャラ変わってない?今でも、巷ではクールな堅物だと思われてるらしいのに……。
こんなラブレターは、前世でももちろん貰ったことがなかったので、毎回赤面してしまうのだが、嬉しくないはずがなかった。
エミリアも読んだ直後にいそいそと返事を書き始めるのだが、ひとつ困ったことがあった。ダニエルの内容に、エミリアの情緒までつられてしまうのである。手紙を書き終えると、エミリアは前世からの習慣で、時間を置いて出す前にもう一度読み直すのだが、毎回自分が書いたとは思えない甘ったるい文面に、急いで書き直す羽目になっていた。
うぎゃー!私ってば、何書いちゃってるの。『ダニー様に会えなくて寂しい』『一緒に出かけたい』なんて。更には『ダニー様の大きな手に触れたい』って……恥ずかしすぎる!!うっかりヒロイン気分で自分に酔っちゃったよ。
毎回こんなことを繰り返している内に、自然と出せない手紙が引き出しに溜まっていた。どれもこれも、読み返すと身悶えしてしまうような内容ばかりである。
「お嬢様、たまにはそちらの失敗したお手紙を送ってみたらいかがですか?ダニエル様もきっとお喜びになりますよ」
結局、いつも色気のない日記のような返事ばかり出しているエミリアに、クスクス笑いながら侍女が提案する。
「からかわないでよ。こんなの私らしくないし、ダニー様に心配かけちゃうわ。というか、私のプライドが許さないわ!」
エミリアの本音に、益々侍女が笑い出す。きっと今更何を言っているのだと思っているのだろう。
暫くして、エミリアの知らないところで事件が起きていた。エミリアの兄と侍女が結託して、引き出しの中の秘密の手紙を数通、こっそりとダニエルに送ってしまったのである。
減っていることに気付かないエミリアは、普段通りの日常を過ごしていたが、バーシャルにいるダニエルは違っていた。
ダニエルは今日も見張りの塔に上がっていた。
どこに行っても領主の娘や、騎士団の世話係の娘、町娘が寄ってきて面倒なことこの上ない。ここに来れば団員しかいない為、逃げ込むのには最適な場所だった。
「副団長?あ、良かった。やっぱりここでしたね。手紙です」
部下が大きめの封筒を持って現れた。差出人を確認すれば、そこにはなぜかエミリアの兄の名前がある。
エミィの兄貴か。珍しいな。ーーまさかエミィに何かあったのか?
不安に襲われて封を切れば、中に入っていたのは三通の手紙と、一枚の紙。しかも、手紙は全部差出人がエミリアである。
意味がわからないまま、とりあえず紙を広げた。
『エミリアが隠していた手紙の一部です。本音をわかってあげて下さい』
エミィの本音?
急いで三通の手紙を読み、ダニエルは思わずしゃがみこんでしまった。まさかエミリアがこんな可愛いことを考えていたとは思わず、全身が熱くなり、力が抜けてしまったのである。
「副団長?どうしたんですか?」
部下に心配されるが、ダニエルはそれどころではない。
エミィが会いたがっているなら、俺は今すぐ帰る!エミィを抱き締めて離さない!!
ダニエルは急に立ち上がると、一目散に外へと駆け出した。勢いのまま町の先にまで出ようとして、皆に止められてしまう。
「副団長、一体どうしたんですか!?どこに行かれる気ですか!」
「俺は王都へ戻る!可愛いエミィが待っているからな!」
「いやいやいや、突然何を。おいっ、副団長を止めるぞ!副団長のご乱心だー!!」
「俺を止めるなーっ!!」
ヒートアップした彼らは剣まで持ち出し、戦い始めた。
その戦闘はダニエルが冷静になるまで続いたが、本気のダニエルと剣を交える機会は貴重であり、部下達は改めてダニエルの強さに感心してしまった。
「いやー、いい鍛錬になったな!」
娯楽の少ないこの地で、急遽イベント的に起きたこの出来事を、団員は皆楽しんでいた。
この後も、ダニエルの「エミィに会いたい病」の発作は定期的に起こり、待っていましたとばかりに部下が参戦することで、騎士達はメキメキと腕を上げたのだった。そして、その様子を見ていた女性達は、ダニエルのエミリアへの想いの深さに、自ら身を引いたのである。