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17話 遠距離恋愛の始まり

 ダニエルがバーシャルへと出発する日は、内示を受けてわずか五日後だった。

 仕事の引き継ぎや、荷物の準備で忙しいはずだが、ダニエルは時間を作ってはエミリアに会いにやって来た。バーシャル行きの話を伝えた時に珍しくエミリアが取り乱した為、心配をしたのかもしれない。


 考えてみれば、彼氏が転勤で遠距離恋愛になるなんて、よくあることだよね。私ってば中身まですっかり小娘慣れして、動揺しちゃって恥ずかしい。一人でも大丈夫だってところを見せて、安心してお仕事に行ってもらわないと!ただでさえ危険な任務なんだから……。


 大事なお役目の前に、ダニエルにこれ以上の負担をかけてはいけないと思い、エミリアは元気に振る舞うことにした。


「あら、ダニー様、またいらしたの?お忙しいんだから、時間ができたのなら休んだほうが体のためなのに」


 気合いを入れて、ツンとした口振りで言ってみる。せっかく会いに来たのに冷たいと思われるだろうが、これもダニエルの心残りをなくす為だから仕方ない。


「プッ、そんなこと言うなよ。俺はエミィといる時が一番安らぐんだ」


 ダニエルはやっぱり大人で、エミリアの強がりを笑って聞き流してはエミリアを甘やかす。そして短時間一緒に過ごすと、また慌ただしく去っていくのだ。

 ダニエルに何も出来ないエミリアは、もどかしくて堪らなかった。



「なあ、エミィ。俺、もう本物の婚約者だよな?(仮)はもう取ってもいいよな?」


 バーシャルへの出立前夜、また屋敷に顔を出したダニエルが唐突に訊いてきた。余裕がありそうな表情を浮かべながらも、チラチラとエミリアに確認してくるあたり、実は自信がないらしい。

 今更な質問に笑いそうになるエミリアだったが、ダニエルはずっと気にしていたようだ。


「うーん、そうですねぇ……。三年間浮気をせずに、無事に戻ってくると約束してくれるなら、取ってあげてもいいですよ?」

「ヨッシャー!!長かったなー、(仮)!」


 この期に及んで交換条件を出してみたが、ダニエルは無邪気に喜んでいる。


 こういう、いつまでも子供っぽいところがズルいんだよね。もう二十九歳なのに……って、あれ?前世で私はその頃には死んでたような。私、いつの間にかダニー様に前世の歳を越されてたんだ!


 出会った時から、お姉さん気分で接してきた自覚がある為、エミリアは静かに衝撃を受けていた。気付かぬ内に、ダニエルはとっくにエミリアの前を歩き、エミリアの手を引いていたのである。


「じゃあ、あと三年待てば、エミィは俺の嫁さんか」

「三年もあるんですよ?」


 呆れたエミリアだったが、ダニエルは軽く答える。


「たった三年だ。何年待ったと思ってる?」


 「ようやくここまで来たんだな」と小さく呟くダニエルは、感慨深そうに頷いていた。


 


 翌日、エミリアはダニエルを見送ろうと、騎士団宿舎の前まで出向いた。そこには、多くの人が旅立つ騎士を一目見ようと駆けつけていた。


 こんなに人がいたら、ダニー様とは話せないかもしれないな。手を振って気付いてもらえればいいか。


 キョロキョロとダニエルを探していると、シーラに声をかけられた。


「エミィ様、こっちこっち!」


 呼ばれるまま建物の影へと足を向けると、すぐにルシアンの声も聞こえてきた。


「いいからちょっと顔を貸せ!」

「なんだよルシアン。もうすぐ出発だぞ?」


 不満げに現れたのはダニエルで、エミリアの存在に気付くと驚き、目を見開いている。


「ダニー様?」

「エミィ?なんでこんなところに……」


 見つめ合ったまま二人で動けずにいると、ルシアンが説明してくれた。


「俺達からささやかなプレゼント。少しだけど、別れを惜しんでくれ」


 そう言うと、シーラと共に去っていった。


「あいつ、たまには役に立つよな」


 ルシアンが聞いたら怒りそうな台詞だが、ダニエルは嬉しそうだ。エミリアはバッグからクッキーを取り出すと、ダニエルに差し出した。


「ダニー様、クッキーです。小腹が空いた時にでも。あと、いつものハンカチ。今度はいつ渡せるかわからないので、一応……」


 五歳の時に初めて手作りのハンカチを渡してから、約束通り毎年ダニエルに贈っていた。バーシャルの状況がわからない為、とりあえず一枚だけ先に渡しておくことにしたのである。


「ありがとな!俺のコレクションがまた増えた」


 変なことを言い出すダニエルに、ハテナマークを浮かべていると、種明かしとばかりにダニエルが一枚のハンカチを取り出した。


「あーっ!それは私が最初に縫ったハンカチ!!」


 見覚えのあるそれは、五歳のエミリアが小さな手で縫ったハンカチであり、少々歪んでいる。


「そうだ。俺の宝物だな。あとこれも」


 歪なハンカチを取り返そうとジャンプをするエミリアをかわし、ダニエルが制服の上着を少し捲る。そこには、これまた昔見た、オレンジのアップリケが付いていた。


「ええっ!なんでこのシャツを!?ダニー様、正気ですか?これ着ていくつもり?」


 上着を元に戻し、ハンカチやクッキーを丁寧にしまいながら、ダニエルは当たり前のように言う。


「エミィとの思い出の品だからな。全部持っていく」

「いやいや、じゃあ何も今着ていかなくても……ぶふっ」


 まだ文句を言っていたエミリアの口を、ダニエルの唇が塞いだ。

 何が起きたか理解出来ないまま、口を噤んだエミリアの頭を撫でると、ダニエルはエミリアのおでこにもう一度キスをした。


「行ってくる」


 短く一言告げると、ダニエルは騎士の群れに合流しようと踵を返した。


 は? ここでする? 喋ってる途中に?


 慌てて我に返り、建物の影から通りへ戻ると、まさに騎士達が出発するところだった。


「ダニー様っ!!」


 照れているのか、怒っているのか、はたまた拗ねているのかよくわからない感情で名前を呼べば、ダニエルはニヤッと笑い、軽く手を振って行ってしまった。


 くぅぅっ、なんだか悔しい! 次会ったら覚えてなさいよ!


 赤い顔をしながら、エミリアはいつまでもダニエルの背中を見送っていたのだった。


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