14話 人はそれを嫉妬と呼ぶ
エミリアが騎士のダニエルと婚約(仮)をして、二年が経過した。
エミリアの父、バートン伯爵は、ビジネスでの功績を認められ、侯爵へと陞爵していた。巷では影で「マンゴリラ侯爵」などと呼ばれているらしく、エミリアは笑いが止まらない。
エミリアも侯爵令嬢となったが、元々が規格外の令嬢だった為、本人はあまり変化が無かった。ただ、十二歳になったエミリアは、今までは天才少女のように扱われていたが、ここにきて弱点も見えてきていた。
「エミリアちゃんは、何でもそつなくこなすのに、お名前を覚えるのはちょっと苦手なのねぇ」
ある日母に指摘され、エミリアはドキッとした。
バレてる! なんとか騙し騙しでここまでやって来たけど、やっぱりバレてた!!
エミリアは、何しろ前世が日本人なのである。日本人脳なるものがあるのかわからないが、とにかくカタカナの名前が頭に入ってこないのだ。微妙に似ていたり、発音が難しい名前もある。今までは幼かったのと、話す内容に皆が気を取られてくれたおかげで気付かれなかったが、エミリアは貴族の名前を覚えるのに苦労していた。
あーもう、いっそあだ名を付けてしまいたい……。 それか、短く愛称で呼べればいいんだけど、そんなに親しくもないのに呼んだら大変なことになりそうだし。大体、フルネームが長すぎるんだよぉ!
今や、飛ぶ鳥を落とす勢いのバートン侯爵家である。迂闊に親しげに呼びかけて気安い態度を見せると、勘違いされて大きな問題に発展しかねない。
地道に覚えるしかなく、エミリアは今日も家族の影でブツブツ復習をしていた。
「エミリアってば、そんなに真剣にならなくても、僕と父上がついてるから大丈夫だよ」
「いいなぁ、お兄ちゃんは名前をすぐに覚えられて。私、顔すら同じに見える人がいっぱいいるのに……」
優しい兄がいつもフォローしてくれるが、さすがにいつまでも頼りっぱなしは良くないと気合いを入れる。しかし、エミリアには、いわゆる外国人顔の見分けも難しい。女性はまだいいのだが、年配で小太りの、髪が若干寂しい男性など全部同じに見えてしまう。
「そんなことを言いながら、ちゃんと持ち物を覚えて商売に繋げるんだからね。エミリアは凄いよ」
顔はなかなか覚えられないが、眼鏡や時計などの小物には目が留まるエミリアは、持ち物で年配男性の判別をしていた。
この前も、ある男性貴族の懐中時計の鎖が以前と違うことに気付き、指摘をしたら、そんな細かいことを覚えてくれていたのかと感動され、奥様へのプレゼントを依頼されたのである。
苦手な部分を家族に補ってもらいながら、侯爵令嬢となったエミリアが社交を学んでいる頃、騎士のダニエルも環境が変わりつつあった。騎士団内での立場が上がるにつれ、彼も社交界に顔を出す機会が増えたのである。
「ダニー様、昨夜のパーティーは楽しかったですか?モテモテだったそうですね」
エミリアが屋敷に顔を見せたダニエルに尋ねる。
あら?なんだか私、浮気を問い詰める奥さんみたいになってる?違うの、ただの確認だもの。別に気になってる訳じゃないし。
冷静に、『私は少しも気にしてませんよ』風な口調を意識する。
「ん?もしかして、嫉妬か!?俺が他の令嬢と何かあったと心配してるのか?」
ダニエルの満面の笑顔が腹立たしい。
「ちーがーいーまーすぅー!」
エミリアは否定するが、なんだか恥ずかしくてダニエルの目が見られない。
ダニエルは自分の膝にエミリアを乗せると、頭を撫でた。
「俺がエミィ以外に気を許すはずがないだろ?何年エミィを見てると思ってるんだ」
ダニエルの言葉に嘘がないのはわかっているが、ダニエルは騎士団でも一番の出世頭であり、婚約者のエミリアがまだ幼い内に、一発逆転を狙う令嬢も多いと聞く。年齢的に夜のパーティーにまだ出られないエミリアは、話を聞くとついモヤモヤしてしまうのだ。
「どうだか。そんなこと言いながら、ボンキュッボンなお姉さんにフラーっと靡いちゃうかもしれないし」
いまだ十二歳のエミリアは、体型では全く勝負にならない。つい自分のペタンコな胸を見下ろしてしまった。
「ブッ!アハハハハ!!そこを気にしてたのか?エミィは可愛くて困る」
ダニエルはギュッとエミリアを抱きしめた。
「焦らなくても、エミィはちゃんと大人になってるよ。でもそんなこと言い出すなんて、そろそろ婚約者(仮)も終わりか?」
なんだか悔しくなったエミリアは、自分でも子供っぽいと思いながらも口を尖らせながら言った。
「まだ(仮)です!!」
ダニエルはしばらく笑い続けていた。