13話 騎士の純愛
とりあえずエミリアに断られずに済んだだけで、ダニエルは満足したようだ。
「じゃあ婚約成立だな。あ、婚約(仮)か。伯爵にも正式に話を通すから。これ、せっかくだから受け取ってくれ。おふくろが持ってけって」
立ち上がり、ダニエルがエミリアにブーケを押し付けた。父に婚約の打診をする前に、エミリア本人の意思を尊重してくれたのはダニエルらしいと思う。
ブーケはピンク色のバラを中心に、様々な花が咲き乱れ、持ち手のリボンも可愛らしかった。
「これは、ダニー様のお母様が用意されたのですか?」
「ああ、ここに来る前に実家に寄ったんだ。エミィのところに行くって言ったら、持っていけって作り始めてさ。婚約の話なんて何もしてないのに。母親って凄いよな」
服装と様子から、普段と違う何かを感じ取ったのだろうか。 丁寧に作られたブーケからは、ダニエルの母の想いが感じられ、エミリアは胸が温かくなった。
「ダニー様のお母様は素敵な方ですね。今度お礼に私も何か作って贈ります」
笑顔で言うと、ダニエルはなぜか面白くなさそうな顔をしている。
「婚約者の母(仮)より、婚約者(仮)を優先するべきじゃないか?罰として、抱っこの刑だ」
有無を言わせず、ダニエルはエミリアを子供のように抱き上げると腕に乗せた。 ダニエルは昔から、チャンスを見つけるとすぐに抱っこしたがるのである。
うわぁ、また急に! ダニー様、抱っこが好きすぎるでしょ。 しかもこの、子供用抱っこ……。 まあ、私は子供だけどさ。 それに絶対、(仮)っていうのを根に持ってるよね。
「ダニー様、なんですぐに抱っこをするの?私も重くなってきたし、レディを簡単に抱っこしてはいけないと思うの」
しかし、ダニエルはエミリアの文句など少しも気にかけず、重さを確かめるように少し揺すった。
「んー、こうやって抱っこすると、エミィの成長を感じるというか、重さが愛おしくなるんだよな。うん、大きくなったな!」
お前はお父さんか!
心の中で突っ込みつつ、五年間の親愛の証として首に抱き付けば、嬉しそうに抱き締め返された。
この日、珍しくしばらくの間、エミリアは大人しく抱っこされていたのだった。
ダニエルはその後、エミリアの父、バートン伯爵に正式にエミリアとの婚約を申し入れた。
嫁になど出したくないと、縁談全てを速攻断っていた伯爵だったが、五年間の間に培った信頼と、何よりダニエルからの提案が魅力的で、あっさり婚約を認めた。 ダニエルは、結婚してもエミリアが好きなように働ける環境を整えることと、自分の遠征の際にはエミリアが実家に帰ることを約束したのである。
エミリア自身ももちろん大切だが、エミリアの才能を手離したくない伯爵家にとって、願ったり叶ったりだったという訳だ。
こうして、将来有望と言われている騎士との婚約により、加熱していたエミリア争奪戦は一旦落ち着きを見せた。
「ダニエル、エミィちゃんとの婚約、うまくいったらしいじゃないか!みんなその話で持ちきりだぞ?」
「ああ、ルシアン。まあな。風当たりが強いけどな」
寮の廊下で二人は偶然出くわし、ダニエルは力なく笑う。
エミリアには商才がある為、巷では金の成る木だと言われていた。そのエミリアと婚約したことで、ダニエルは『逆玉の輿』や、『ヒモ』と陰口を叩かれているのである。
「あんなやっかみ、気にするなよ。エミィちゃんと釣り合う為に出世しようと頑張ってきたんだろ?順調に出世してるし、純愛だよなぁ」
相変わらず女性にモテるが、取っ替え引っ替え遊んでばかりいるルシアンには、ダニエルが眩しく見えた。
親の七光りのようで嫌だと出世を望んでいなかったダニエルーー。その彼が、五年前から急に真面目に鍛練に励み出し、上を目指すようになった。 エミリアに出会い、父の呪縛から解き放たれ、本来のダニエルに戻った経緯をずっと見てきたルシアンは、二人の仲を心から応援しているのである。
「あ、余計なことかもしれないが、バートン家、陞爵の話があるらしいぞ?ま、あれだけ国庫に貢献してたら当然だけど、お前またやっかまれるな?」
ルシアンは、ついイタズラ心でからかってしまう。
「マジか!俺、どこまで偉くなればエミィにふさわしくなれるんだ?」
ガックリと肩を落とすダニエルの背中を、ルシアンがバシッと叩いた。
「決まってるだろ。団長目指すしかないって!」
ダニエルの溜め息と、ルシアンの笑い声が寮の廊下に響いていた。