12話 まさかの告白と婚約者(仮)
ダニエルの「覚悟してろよ」宣言の後、特に大きな変化もなく、エミリアは何を覚悟するのかわからないまま時は過ぎた。
ダニエルは以前より忙しそうで、騎士団の訓練や遠征で王都を離れることも多くなった。 騎士団の中で少し出世をしたらしいのだが、ダニエルはあまり仕事の話をエミリアにしない為、詳しくは知らない。 しかし、数日王都を離れる際には必ずエミリアの顔を見に訪れた。
「エミィ、明日からちょっと出かける。戻ってくるまで危険なことはするなよ?お土産買ってくるからな!」
いつもそう言って、エミリアの頭を撫でて去っていく。遠くに行く時は、必ずエミリアの縫ったハンカチを持っていくらしい。 約束通り、毎年誕生日には前より上達したものを贈っているのだ。
お土産はルシアンも同行していた場合は、その土地の織物やボタンなどエミリアが喜ぶ気の利いたものなのだが、ダニエルだけだと妙な置物や仮面などが多く、エミリアの部屋は民俗資料館のようになってしまった。
『またこんなもの買ってきて……』と思いつつ、元気に帰還したダニエルを見ると、笑って受け取ってしまうから不思議である。
シーラの結婚式は、小規模ながら手の込んだ温かいものになった。
お相手がエミリアの父の部下で、商会の運営に携わっている男性だった為、バートン家が中心となって式の準備を進めた。 賑やかなパーティーの中、ダニエルを見ると、いつもと変わりなく楽しそうにルシアンとふざけている。
やっぱり、シーラさんを好きだった訳じゃないのか……。 じゃあ、ダニー様の大切な人って誰なのかな? このパーティーの中にいる人?
辺りを見回してみても、エミリアにはそれが誰だかわからなかった。
◆◆◆
エミリアは十歳になった。
同じ年頃の貴族の令息や、令嬢とのお茶会が催されるようになり、エミリアの世界は徐々に広がり始めた。 しかしそれと同時に、すでに幼い実業家として貴族社会の中で名前が売れているエミリアに、魔の手はすぐに忍び寄った。
「うちの息子と結婚して、領地を盛りたてて欲しい」
「優先的にドレスを都合してもらえないかしら?」
「養子に来なさい。悪いようにはしないから……」
エミリアの才能に目を付けた貴族の大人達が、子供のお茶会の場にも関わらずエミリアを取り巻いていた。 王家も王子の一人と婚約させるか、王妃の側近として宮仕えをさせたいと考えていたし、切羽詰まった貴族の中には誘拐を企てるものまで出てきた。
今までは割と屋敷に閉じ籠っていたのと、ダニエルやルシアンが側に居た為、自然と守られる形になっていたエミリアだったが、活動範囲が広がるにつれ、危険度も増してきていた。 誘拐などの犯罪の情報は騎士団にあがってくるので、ダニエルも目を光らせていたが、常にエミリアに張り付いて守れる訳でもない。
いよいよダニエルが動いた。
「エミィ、話があるんだ」
珍しくアポを取ってからバートン家に現れたダニエル。
いつもよりゴテゴテした仰々しい騎士の制服を着て、手には可愛らしいブーケまで持っている。
何が始まるのかしら? こんなダニー様、珍しいよね。
こちらまで伝わるような緊張感の中、応接室のソファーに座っていたダニエルが、エミリアの前に突然跪いた。
「エミィ、俺と婚約してくれ。俺にエミィを守らせて欲しい」
ブーケを差し出しつつ、真摯な瞳で訴えかけてくる。 エミリアは驚きすぎて言葉が出なかった。
えっと、私とダニー様が婚約? 冗談だよね? 私、十歳だけど……。
エミリアもソファーから立ち上がってはみたが、まだ身長の低い彼女が立っても、膝を突くダニエルを少し見下ろすだけだ。
「ダニー様?私、まだ十歳なんですけど……」
動揺しながらなんとか言うと、それがどうしたと言わんばかりの表情でダニエルが頷く。
「ああ、知っている。五年待ったからな」
は? 待ったって、ずっと婚約を考えていたってこと? 私が五歳の時から!?
いよいよ混乱を極めたエミリアだったが、恐る恐る大事なことを確認した。
「あの、ダニー様は二十三歳ですよね?何も十歳の私じゃなくても、素敵な女性がいくらでもいると思うんですけど。ダニー様、有望株なんでしょ?」
エミリアの台詞にダニエルが苦笑する。
「有望かどうかはわからないが、いくつかあるグループの隊長に任命された。これからもっと忙しくなるから、せめて婚約をして安心したい。エミィを狙う奴らが多すぎるからな」
エミリアの父が、婚約の打診等は軒並み丁重に断り、エミリアの耳には入れないようにしてくれていたが、エミリア自身も自分の危うい立場には気付いていた。
まぁ、変な人と婚約するくらいなら、断然ダニー様ではあるんだよね。騎士の婚約者がいれば、抑止力にはなりそう。でも好きな仕事はずっとしたいし、そもそも結婚しなくてもいいと思ってたんだけどな。
色々思案中のエミリアに、ダニエルがハッキリと想いを告げてくる。
「エミィ。初めて会った日から、エミィだけが特別なんだ。親父があの日、エミィと会わせてくれて、俺に『大切な者』を与えてくれたと思っている。俺がエミィを守っていきたい。エミィを愛しているから。今はまだ俺に恋愛感情が湧かなくても構わない。エミィが認めてくれるまで婚約者でいいから、側にいさせてくれ」
前世でも言われたことのない情熱的な告白に、恋愛経験値の低いエミリアの胸は否応にも高鳴ってしまった。
「まだ子供だけど、いいの?」
「大人になるまで見守るし、中身は俺より大人だろ?」
転生のことを知らないはずのダニエルが、鋭いところを突いてくる。
『正直十三歳差は大きいと思うし、何より十歳に告白って………ないよね?』とは思う。 エミリアに今後何が起きるかわからない上、ダニエルにももっと相応しい女性が現れるかもしれない。
「わかりました。とりあえず婚約はします。だけど、まだ仮で。婚約者(仮)です」
「くくっ、相変わらず手厳しいな。ま、いいよ。とりあえず(仮)で。これから口説き落とせばいいんだから」
今までと違う怪しい大人の雰囲気を纏うダニエルにドキッとしつつ、エミリアは強気で言い返す。
「私は子供なので、色気は通用しません!」
可愛くないことを言いながら、ダニエルに他に好きな人が出来なければいいと、少し願った。