10話 勘違いをする少女
エミリアが思案している内に馬車は町に着き、二人は散策を始めた。
着いた早々、今日のデート記念に何か買ってやりたいと言い出したダニエルと、案内を頼んだ上にそんなことはさせられないと断固拒否するエミリアーー。
大体、デートの自覚もないエミリアには、デート記念の意味すら理解が出来ない。しばらく言い争っていたエミリアの目に、道端で小物を売っている店が目に入った。
あ、あのアップリケ可愛い! 大きなリンゴ型で、あれ付けたら絶対ダサ可愛い気がする。 ああいうのは、大人になってからもなぜか惹かれちゃうんだよねぇ。
「ん?あの露店か?寄ってみるか」
すぐさまエミリアの視線に気が付いたダニエルは、露店に近付き、リンゴのアップリケを手に取った。
「これだろ?エミィが気になってるのは」
そう言って財布を取り出すと、リンゴとオレンジのアップリケを一つずつ購入し、リンゴをエミリアに差し出した。
「だ、だめです。だにーさまにおかねをつかわせるわけにはいきません」
「エミィがもらってくれない方が困るけどな。俺はオレンジをシャツに付けるから、エミィもリンゴをどこかに付けてくれ」
は? この青年がオレンジのアップリケをシャツに付けるの? いや、可愛いけど……可愛いけどさ!
カップルがペアで揃えるにしてはかなり奇抜な発想だったが、ダニエルは記念の物が出来たと喜んでいる。言い争っていたことも忘れ、ついエミリアも笑ってしまった。
なんというか、可愛い青年なんだよね。 リンゴ、せっかくだから付けよっと。
大切にポシェットにしまいながら、ダニエルに笑顔を向ける。
「だにーさま、ありがとうございます。かえったらさっそくつけますね」
エミリアのその笑顔に、ダニエルが嬉しそうに頷いた。
エミリアとダニエルは町を散策した後、15時少し前に食堂の入口に到着した。
エミリアの前世からの口癖、「ごふんまえこうどうは、おとなのじょうしき」だからである。
入口の扉が階段を数段上がったところにある為、エミリアは気合を入れてワンピースの裾を持ち上げたーーのだが、そんなエミリアごとダニエルが抱き上げてしまう。
「もうっ、だにーさま、こどもあつかいしないでください!」
「子供だろうが。悔しかったら早く成長してくれ」
私だって早く大きくなりたいけれど! 本当は、中身は私の方が大人なのに……。
エミリアが悔しがっていると、扉が内側から開かれた。
「やっぱりダニエルか。お前、何やってんだ?」
ダニエルと同じ歳くらいだろうか、長身で少し長めの髪を後ろで結んだ青年が顔を出した。
硬派に見えるダニエルと違って、女の子受けしそうな別のタイプのイケメンだ。
「よう、ルシアン。エミィとふざけてただけだから気にすんな」
この青年がルシアンらしい。 今日はルシアンも仲介役として同席予定だ。
「こんなたいせいでもうしわけありません。えみりあ・ばーとんともうします。いごおみしりおきを」
ダニエルの腕の中から挨拶をすると、ルシアンが少し眉を上げ、笑いだした。
「これはこれはご丁寧に。噂通りのしっかりしたお嬢さんだけど、こんなに可愛らしいとはね。僕はルシアン・マーチ。いつもダニエルがお世話になっています」
そう言ってにっこりと微笑むと、エミリアの頭を撫でた。
「あ、コラ!勝手にエミィに触るな!お前はすぐ爽やかぶりやがって……。エミィ、こいつは危険だから近付くなよ?」
二人は仲がいいらしく、わちゃわちゃし始めた。
うんうん、青年が戯れる様子はどこの世界でもいいものだよね。 ルシアン様は少しチャラそうだけど、ダニー様に親しい友人がいて良かった。
食堂の中を進むと、一画だけ女の子向けのカフェみたいに飾り付けされた空間が目に入った。
ダニエルに抱っこされるまま近付くと、若い女性が椅子から立ち上がった。
「エミリア様でいらっしゃいますか?シーラ・マーチと申します。このような場所まで、ありがとうございます」
波打った長い髪を一つに結び、茶色のワンピースに白いエプロン姿のシーラが、恐縮したように口を開いた。
「えみりあです。おいそがしいなか、もうしわけありません。おあいできてこうえいです」
ダニエルに下ろしてもらい、エミリアも挨拶を返すと、口調が面白かったのかシーラからふふっと笑いが漏れた。 笑い顔がルシアンとそっくりで、美形姉弟だとエミリアは思った。
「このおせき、とってもかわいいですね。もしかしてしーらさまが?」
席に着いてエミリアが問うと、恥ずかしそうにシーラが頬を染める。
「せっかくエミリア様がいらっしゃるので、店全部は無理でも少しだけ……。ここはあまりにも殺風景なので」
その心遣いが嬉しく、エミリアはシーラに好意を持った。
「あの、きょうはしーらさまにおねがいがありまして。よかったら、いっしょにどれすをつくってくれませんか?わたし、おうひさまのどれすのおてつだいをしてい」
「えええええっっっ!!」
エミリアの言葉の途中で、ガタガタッという音と共にシーラが椅子から飛ぶように立ち上がった。
予想外の反応にエミリアは驚き、ビクッとしてしまったが、ダニエルとルシアンまでエミリアを見てポカンとしている。
あれ? なんで三人とも驚いてるの?
「だにーさま、しーらさまにつたえていなかったのですか?すかうとだって」
「いや、そもそもスカウトが何だか知らないし。てっきり刺繍の礼かと」
ルシアンもうんうんと頷いている。
ありゃ。スカウトって言葉、こっちでは使わないのか。 失敗失敗。 あ、お土産渡すのも忘れてた。
「だにーさま、もってもらったおみやげ、ありがとうございました。しーらさま、うちでやいた、くっきーとぱうんどけーきです。おくちにあえばいいのですが」
お菓子を差し出すと、立ったまま呆然としていたシーラが更に興奮しだした。
「これは幻のバートン家のお菓子!もう何が何やら……。ルシアン、これは夢?私は夢を見てるの!?」
「姉貴、落ち着け!とりあえず茶でも淹れよう。ほら姉貴、行くぞ?」
シーラが錯乱し、おかしくなっているのをルシアンが宥め、お茶を淹れに二人で席を外した。
エミリアは冷静に考えていた。
幻のお菓子って…… うちのお菓子、有名なのかな?
前世の記憶を持つエミリアが屋敷のパティシエに口を出した結果、バートン家のお菓子が独自の発展を遂げていることにエミリアは気付いていなかった。
「シーラ、嬉しそうだな。本当はずっと裁縫の仕事をやりたかったんだろうな」
シーラの消えたキッチンの方向を見ながら呟くダニエルを見て、エミリアはハッとした。
ダニー様、もしかしてシーラ様のことが好きなんじゃ? きっとそうだよ!綺麗な人だもん。 うん、お似合いな気がする!
二人の仲を応援しようと思いつつ、なぜか寂しさを感じてしまう。 エミリアは、グルグルして落ち着かない心に気付かぬふりをしていた。