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陰謀の道具たち



「皆さん、本日はお集まり頂きありがとうございます。緊急の招集にも関わらず、こうして全員が揃う事をとても嬉しく思います。さて、まず始めにお伝えすべき事があります。例の人物との交渉をジルさんにお任せしていた件です」


モーリスの言葉で始まったのは、ガゼル商会の緊急会議だった。

ガゼル商会に集まったのは、商会内でも有力者たちだけである。

現状のガゼル商会は通常業務に支障をきたしており、ほとんどの従業員に暇を出していた。


「それについては、私から報告します。こちらが提示した譲歩案は全て蹴られました。私の力が及ばず、申し訳ありません」


ジルは集まった皆に頭を下げながら、報告した。


「いや、ジルさんは悪くないでしょ。むしろアレと交渉しに行くだけでも、相当なものだと思いますよ」


ジルの同僚であるマーケンがフォローし、周囲も同情の視線をジルに向けていた。


「私もそれについては同意見です。もともと無理難題をジルさんにお願いしていますので。ですが、この交渉決裂で私たち商会の取るべき道は限定されました。以前の商売でやっていける可能性が無くなった以上、新たな事業を立ち上げなくてはいけません。そこで皆さんには是非とも忌憚のないご意見をお願いします」


モーリスがそう言うと、会議室に集まった男たちは騒めき出す。その中でグレースがはじめに声を上げた。


「恐らく私を含めいきなり新事業と言われても、なにぶん畑違いゆえ困惑してしまいます。どうでしょう、ここは一つ一つ確認しながら方針を固めていきませんか? 例えば、まずこの先に起こり得る事は何でしょう?」


「そりゃあ、このまま指を咥えてなにもしなければ倒産じゃろ」


グレースに答えたのは商会でもかなりの古株、バルだ。そのバルの言葉に周囲は困惑している。

誰だって生活が掛かっている。

倒産しては一家を路頭に迷わせる事になり、それだけはなんとしても回避したい思いがあった。


「それなんですが、もしかしたら倒産するのはガゼル商会だけではないのでは?」


ジルはふと思っていた事を言った。


「まあ、ウチと同じ奴隷ビジネスをしていた商会も、倒産する可能性は高いかもしれませんね」


マーケンは当たり前の事を言うジルに、少し不思議そうに答えている。


「いえ、そういう意味ではなく……」


なんとなく思うソレを、ジルは上手く言葉に出来なかった。


「ならばどういう意味じゃ?」


バルに追及されたジルは、自分の中にある漠然としたものを頭の中で整理し答える。


「私の勘違いかもしれませんが、先日王都に戻って久々に飲み屋に行った時、うすうすと感じたのです。なんだか少し、いつもより客の数が少ないと。それが不景気の前触れのように感じまして……」


バルの問いにジルは答え、その答えを聞いたモーリスの目が大きく開く。


「皆さん、申し訳ありません。私としたことが、ガゼル商会の事ばかりを考え、完全に失念していました。ジルさんが言う通り、この先にあるのは……不況でしょう。それもかなり大きな規模で……」


そのモーリスの発言を補足するように、さらにグレースも続けて話しだした。


「なるほど、あり得ます。今回の大規模な奴隷解放、それに伴う人材の過剰供給、また奴隷によって成立していた事業の経営悪化、それはウチのような奴隷ビジネスをしていた商会のみならず、奴隷を必要として購入していた関係者も相当な痛手になっているはずです」


「つまり今はまだ表に出てきてないだけで、他の商会等もかなり火の車って事ですか?」


マーケンがグレースに聞く。


「ええ。その可能性がかなりあると思います。そしてそれが表に出てきた時は……」


「王都のみならず、王国全体に不況が……」


そんなグレースとマーケンのやりとりを聞きながら、ついジルはボヤいてしまう。


「そんな危機的状況のなか、あの野郎はのん気に村作りしてるのか……」


「ん……? それはおかしいじゃろ」


バルはジルのボヤいた事に引っかかる事があった。


「まあ、あの野郎の頭の中は理解出来ませんが」


「そうじゃない。村人が奴隷……いや元奴隷だとしてじゃ、いったい何処から金が流れておるんじゃ?」


バルの問いにジルも察した。

元奴隷の財産など高が知れてるはず。ならば家を建てる資材は購入しているわけでは無いだろう。自前で用意するにしても木を切る道具はどうしているのか?食材はどうしているのか?着る物はどうしているのか?

次々と疑問がジルの脳裏に浮かぶ。


「まるで経済から隔離された村ですね。どうやって成立しているのか謎ですが」


マーケンの答えは貨幣経済にどっぷりと浸かっているジルと同じだった。


「つまりじゃ、それを成立させるなにかしらの援助があるはずじゃないのか?」


「王国と教会……」


バルの問いにジルはふと浮かんだ事を口にする。


「仮に王国と教会だとして、その目的はなんでしょう。資材や道具や食材を提供し、元奴隷の村を作ったとしても、投資した金額に見合うだけのなにが得られるのでしょう」


会話に入ってきたグレースには、そこが気になっていた。


「だいたいじゃ、あの王国と教会が同じ方向を向いているとも限らんじゃろ」


商売に人生を賭けて生きてきただけあって、バルには王国と教会が仲良く手を取り合うなんて事が想像出来なかった。


「そうですよね。このまま景気が悪化する事を王国が望むとは思えません。ですが、教会はどうでしょう?」


マーケンも気づいた。


「そりゃあ教会は喜ぶじゃろ。あやつらの利益体質は異常なくらい徹底しておるからの」


バルはそのままズバリと答えた。

他人の不幸は蜜の味、それを文字通り実践しているのが教会だった。

貧困ビジネスはもちろん、特殊技術の独占、専門知識の独占、さらに金融の独占と独占しまくってるだけでなく、罪を免除する事すら出来るのだ。

しかもその権力は国境を越えている。

国家においてこれ程目障りな存在はそうそう無いが、教会を表だって敵にした場合、それを乗り越えられる国家もまた存在しなかった。


「つまり王国と教会はそれぞれが別の思惑で動いていると……そして例の村に関しては、両者ともなにかしらそれによる恩恵があると」


ジルは口にしていても、自分では意味が分からなかった。例えるなら、王国や教会がやっている事は、難民援助となんら変わり無いようにジルには思えた。

どれだけ援助しようがそれが利益に繋がるとは思えず、むしろ続ける事によって損害が飛躍的に大きくなるだけだと。


「皆さん、どうでしょう。一度ここで整理してみませんか?」


モーリスの提案に一同は頷く。


「皆さんのお話から、現状私たちガゼル商会を取り巻く状況は、非常に不確定要素が多いと思われます。そこで私としてはまず情報収集に努め、その情報を基にして検討すべきではないかと思うのですが、如何でしょうか?」


ここまで交わされた中には、たぶんに憶測が含まれている事を気にしたモーリスは、整理する意味でも情報収集を皆に提案する。


「それがいいでしょう。では、私は競合のみならず他の商会へ探りを入れてみます」


グレースはいう。


「ならばワシは王国と教会を探ろう。実際に例の村へ金を流しているかも含めて」


バルが続け、それを聞いたジルも


「それでしたら、私は以前からの取引先に挨拶を兼ねて、探りを入れてみます」


「それは取引先の数的にお一人では厳しいでしょう。私も手伝います」


マーケンがジルに言った協力に、ジルは「ありがとうございます。助かります」とお礼をする。


「それではまた来週ここに集まり、そこで集めた情報を基に再度検討するという事でよろしいでしょうか?」


モーリスは全員を見渡しながらいう。

そして全員が頷くと締めの挨拶をした。


「商会長が病でふせっている中、こうして若輩の私に力を貸していただき、誠にありがとうございます。至らぬ点もありますが、どうか今後ともよろしくお願いします」


全員に対して頭を下げながらモーリスはいう。それに皆は、「若旦那、頑張りましょう」と各々モーリスを励ましながら解散となった。





ガゼル商会を出たジルは、マーケンと話しお互いに行く取引先を大まかに決めると、二手に分かれて歩きだした。


ジルは歩きながら商会長の事を思い出していた。モーリスが言ってたように、今回の奴隷解放で商会長はショックを受けて寝込んでいる。

少なくとも対外的にはそうなっていた。


だがジルが思い浮かべる商会長は、いつも口を大きく開けて豪快に笑い、どんな困難が訪れようと、笑い飛ばすような人だった。

面倒見がいい人で、ジルが子供だった頃に両親を失い途方に暮れていたところを助けてくれた恩人でもある。


ジルは未だにその恩を忘れてなどいなかったし、だからこそ余計にあの恩知らずな青年が嫌いだった。



それにしても、あの商会長がそれで病に倒れるだろうか……

ジルはずいぶん昔に商会長が言ってた事が頭をよぎる。


「えーかジル。男が死ぬときは価値がないと駄目だ。病死や事故死など無駄死にを通り越して損害死よ。男だったら死ぬときはいつだって値千金であるべきだ」


自分の死すら値札をつけるような商会長だ。

そんな商会長がこの危機的状況に大人しく寝込んでいるとは、ジルには思えなかった。






ジルが真っ先に向かったのは王都外縁にある倉庫街だった。

食料をはじめとする膨大な物資が日々集積するその場所には、物流関係者の店が建ち並び、その内の一つがトライフ一家だ。王都のみならずいくつもの港街に倉庫を構えるかなり大きな店である。


色々な商会と取引し港での船から物資を積み降ろす作業だけではなく、王都への輸送や倉庫に一時保管まで扱うトライフ一家。

その膨大な物資に携わる人間のほとんどを奴隷によって運営していた。


「こんにちは。近くにきたもので、少し寄らせてもらいました」


ジルはトライフ一家の店に入ってすぐ入り口にいる番頭に声を掛ける。


「おう、ジルさんじゃねーか。そんなとこに突っ立ってないで、こっちに上がってくれ」


番頭のボルフストは屈強な身体を身軽に動かしながら、ジルを手招きし応接へと案内している。

その際、そばにいた従業員に顎を使い合図して、お茶を用意させていた。


「すみません。お言葉に甘えてお邪魔させて下さい。あと、これはつまらないものですが、ご笑納下さい」


ジルはそういいながら番頭へここに来る途中で買った酒を渡す。


「そりゃすまねーな。後でいただくよ」


ボルフストは酒を受け取るとローテブルの上に置く。そこにお茶を用意してきた従業員が、ジルとボルフストの前に差し出す。そしてその場から退出しようとする従業員に「おう、これガゼルさんとこからの差し入れだ。皆で頂いとけ」と言って酒を渡していた。


「それにしても此度のこと、トライフさんも大変ですよね」


従業員が退出したあと、ジルはなんとなしに話しだした。「おう、それなー」とボルフストは頭をかきながら苦笑いする。


「ガゼルさんとことは長年付き合いがあるから言うが、正直こちとらてんやわんやだわ。まったくお上のするこったあ、よう分からんよ」


「ええ。本当に……。トライフさんところもご購入して頂いた奴隷は、やはり解放されたのですか?」


「当然だな。お上に逆らう訳にゃいくめぇ」


「それでも業務をこなせるとは、流石トライフ一家です。うちも見習いたいところですよ」


「なにを言ってんだ。いくらうちでも奴隷無しで業務なんぞ出来るか。とりあえず元奴隷を臨時で雇って、それでなんとかまわしとるわ」


そのボルフストの言葉で、ジルは色々と察した。

つまるところ奴隷ではなく、一般人として給与を出して雇用しているのだと。


「それはなかなか厳しいのでは……奴隷の購入にも費用がありますし」


「あー、それはまあ多少はなんとかなる。今までは奴隷として飯やら服やら住むところまでただで面倒見てきたが、これからは連中に支払わせているからな」


なるほど。ジルは感心した。

元奴隷への賃金から、そういった費用を差し引いているのだ。

そうして残った金がどれくらいか分からないが、今後は一般人として人頭税もかかる。

当然それも引かれた給与になる。


「とはいっても、やはりある程度は値上げしないと厳しくないですか?」


「そりゃなー。うちとしても取引先さんには言いづらいが、これもお上のした事だ。保管料や輸送費の上乗せは仕方あるめえ」


ここでの費用の上乗せは、そのまま商会への負担になる。

ならばその商会もその分を補う為にする事といえば、売値の値上げだろう。


それだけでは無く、従業員への賃金すら値下げする可能性だってある。

それらから導かれるのは、収入が減り物価が上昇するスタグフレーションだ。


なんのことはない、奴隷が無くなり一般人の生活水準が奴隷並みへと大幅に下がるだけだ。



ボルフストとの会話から導かれた未来予想に、ジルは暗雲を見ながらトライフ一家から立ち去っていく。



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