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ざまぁ



王国の辺境に活気に満ち溢れた村がある。数多の人々が入り乱れ、彼らの笑顔がそこら中にあった。


そこにジルはいた。硬い表情をさらにキツく眉間に皺をよせ、1人の黒髪の青年に頭を下げている。


「お願いします。このままでは、商会が潰れてしまいます。どうか……お願いいたします」


青年は頭を下げているジルを見下すように見ながら答える。


「そんな事を言われても、今更もう遅い。見てもらえばわかると思うけど、奴隷だった彼らがここでは生き生きしているだろ? さんざん僕は君たちに言ったよね。奴隷を商売にすべきでは無いと。それを無視した挙句、僕を追放したのは君たちだよ。それを今更、何言ってるんだ!」


黒髪の青年はジルにいう。

ジルは反論したい気持ちが山のようにあった。それでも、全て飲み込みただ頭を下げてお願いしている。


「そこを、なんとか……お願いいたします」


「ウザいなぁ……僕は君と違ってとっても忙しいんだ。さっさと帰ってもらえないかな?」


青年の突き放すような言葉に、ジルの胸には憤りが溢れ口の中には苦渋が満ちる。

それでもジルは耐える。下げたくもない頭を下げ、言いたくもないお願いをしていた。


だが、我慢にも限界はあった。

このままでは自分を抑えられなくなると思ったジルは、青年の前から立ち去る事にした。


「失礼いたしました。今日のところはこれで帰らせてもらいます。また後日、お時間を頂けますでしょうか?」


「何度来ても迷惑だから。それに、僕は今とても幸せに過ごしているんだ。ほんと邪魔しないで欲しい」


青年の言葉をジルは黙って受け止めると、お辞儀をしてその場を立ち去る。

そのジルの背中を見る青年の眼差しは、愉悦に浸っていた。








ジルが王都に戻ってこれたのは、あれから数日後だった。時間の全てを可能な限り移動に使い、碌に休む事もせずここまで急いで来ていた。

陽は傾き空に浮かぶ雲を茜色に染める中、閉門時間ギリギリになんとか門をくぐる事が出来た事にジルは安堵する。


飲み屋や宿屋などが建ち並ぶ賑やかな通りから外れ、ひとけのない場所へとジルは向かった。

そこは商会が集まる場所。

ほとんどの商会は既に店仕舞いしており、閑散としている。

その中で1箇所だけ窓から明かりが漏れている建物にジルは入っていく。


扉を開けると玄関に置いあるランプに火を灯し、ジルはそれを持って薄暗い階段を登る。

木製の階段は老朽化しているのか、ミシミシと音をたて、その音は静かな建物に響き渡っていた。


三階まで登ると薄暗い通路を歩き、突き当たりの部屋まで行くと、扉の前でノックをする。すると部屋の中から「入って下さい」と声が聞こえた。


ジルは扉の前で頭を下げ「失礼します」と声をかけながら扉を開ける。

建物の角部屋であるそこは、2つの面に窓があり、壁側には本棚があった。

本棚には専門書がビッシリと並び、棚の幾つかの本が斜めになっていた。

本棚から抜き出された本は、部屋に1つしかない執務机に重ねて置かれている。


その机には本だけではなく書類が山のように置かれており、その合間からジルを覗く人物がいた。


「ジルさん。ご苦労様です。そちらにお掛けになって下さい。お疲れのところ申し訳ありませんが、交渉はどうでしたでしょうか?」


ジルをねぎらうように声を掛けてきたのは、この商会のナンバー2。商会長の息子であるモーリスだった。


ジルは部屋に置かれたソファーに「失礼します」と言いながら座る。

そしてモーリスへと身体を向けると、真剣な表情で話し始めた。


「若旦那、申し訳ありません。交渉は失敗しました」


ジルは自身の不甲斐なさを恥じるようにモーリスへと報告している。


「いえ、こちらこそジルさんには不快な仕事をさせて申し訳ありません。実のところ、誰もこの仕事を受けたがりませんで、ジルさんが引き受けてくれたのはとても助かったのです」


モーリスの言葉にジルはさもありなんと思った。

仕事とはいえ、あの黒髪の青年に頭を下げる事など誰だって嫌だろうと。


「そうまでしないと……やはり厳しいのでしょうか?」


「そうですね。ここで隠しても仕方ありませんので正直に言いますと、かなり厳しいです。うちの商会の屋台骨である奴隷ビジネスが行えないどころか、全ての奴隷を強制的に解放させられましたから。奴隷を仕入れるのにも費用はかかっているというのに……」


ジルにはモーリスの気持ちが良く伝わってきた。


奴隷ビジネスは王国の法律に基づく真っ当な仕事だった。それをいきなり悪者扱いされた挙句、突然こちらの都合を無視して違法扱いに変わったのだ。


それをしたのがあの青年だ。

青年曰く、異世界とやらから来たらしいが、こちらの価値観を無視し、自分の価値観だけを押し付けてくる青年を、ジルだけではなく商会の誰もが嫌っていた。


「正義の名の下に……ですか。納得は出来ないものです。私たちの生活をめちゃくちゃにしておきながら、あいつが言ったことは自分は幸せだ。ですよ」


「あの青年がこの商会に馴染んでいない事は、私も父である商会長も知っていました。ですが、行き倒れていた彼を商会長は見過ごす事など出来ませんでしたし、彼が仕事に対して不平不満ばかりを口にして、職場の空気を悪くしている事についても頭を痛めていました。だからこそ、今回商会長も私も彼を追放する事にしたのですが……まさか、こんな仕打ちをされるとは思っていませんでした。ジルさんだけではなく、この商会で働いていただいてる皆さんにも、本当に申し訳ない事をしました」


モーリスはジルへと頭を下げていう。

それを見てジルは慌てて「頭を上げて下さい!悪いのはあいつですから」とモーリスへ言った。


「ありがとうございます。そう言って頂き、心が軽くなりました。ですが、このままですと……」


「その事ですが、王国に我々の損害に対する補填をしてもらえないのでしょうか?」


「ええ。残念ながら……我々の損害は今まで不当に利益を享受してきたことに対する、正当なものだそうです」


モーリスの言葉にジルは目が眩む思いだった。

法律に基づいた事が、ある日を境に不当な事に変わるなら、なんの為に法律を守る必要があるのかと。


それだけ1人の青年が振り回した自己満足の正義は、この世界で真っ当に生きてきた人々を馬鹿にするものだった。

だが、問題はそれだけではなかった。


「王女様の意向ですよね……」


ジルの確認にモーリスは頷く。

国王にとって王女は目に入れても痛くない可愛い娘だ。

その娘が熱愛しているのが、異世界とやらから来たという青年。

まるでその青年の価値観が全てのように王女は王様へと願い、娘可愛いさに王様はそれを実行したらしい。



それはジルたちのような下々のことなど、どうでもいいという事なのだろう。


「かなり彼にご執心のようですから。こちらも現状では突破口が見当たりません」


モーリスは法律が記載された本を軽く指先でトントンと叩きながら答える。


「では、教会からの融資はどうでしょうか?」


ジルの質問にモーリスは首をふる。


「残念ですがそちらも……なんでも聖女様は彼の意見に賛同しているとの事でして、私たちのような奴隷ビジネスを行う者には融資しない方針に変更したそうです」


その答えにジルまで首をふる。

教会は孤児を集めては、お布施という名目で誤魔化しながら児童を販売している。

ジルたちのような奴隷ビジネスの主力商品が成人であるだけに、これまで教会とは競合せず上手く付き合ってきていた。

それがここに来て手のひらをかえされた事になる。



いったい何故そこまであの青年に都合よく物事が進むのか、ジルには分からなかった。


「ジルさん。とにかく今日はもう遅いです。この話はまた後日にでも皆さんとしましょう」


八方塞がりの状況に、ジルまで頭を悩ませてしまっているのをみかね、モーリスが優しく声をかける。

それにジルも同意して「お疲れ様でした、失礼します」といって部屋から出ていった。





商会の建物から出たジルの胸中には、理不尽な思いが渦巻いていた。

それはかつて黒髪の青年が仕事中にジルへ言った言葉。「弱者を食い物にする君たちには、必ず報いを受ける時がくる」とジルたちを見下し、軽蔑するような眼差しを向けている青年の姿だ。



ジルは思う。

自分たちが弱者である奴隷の不幸の上に幸せを築いているというのなら、いま現在青年がしている自分たちの不幸の上に築いている幸せとの間に、いったいどれぼどの違いがあるというのかと。


結局のところ、あの青年は自分の思い通りにならない全てを否定しているだけではないのか。

そうやってなんでも否定していれば、本人はさぞかし楽しい事なのだろう。


だからこそ、ジルや同僚から嫌われていたのだから。




ジルは直ぐにでも愛する妻や子供たちがいる家に帰りたかった。

だが同時に、このモヤモヤした気持ちを持ったまま、家に帰りたくも無かった。


「……いっぱいだけ」


そうジルは呟きながら、自然と飲み屋がある方へと歩いて行く。

その先でそれが一杯なのか、それともいっぱいなのかを考えて、少しだけジルは苦笑していた。



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