第6章
「野奏」
あ…
夢ではなく幻聴に近い、野奏はその声に支配されてきた。こんな所に十年前自分を捨てた母親がいるか?苦笑してしまうが、実際はその幻聴に全てを支配させたかった。壊させたかった。
「昼食だ」
人間とは思えない無機質な声とともに簡素な昼食が出された。
野奏は決して開くことはない窓の外を凝視し、硬質でしかない隔壁に寄りかかる。
「何してる、私は…」
自嘲気味にその場に座り込むが立とうが座ろうが何がどう変わるというのだ。
「人は抑えられれば抵抗する、しかし貴方は鎮静を煽っています。人間らしくない人です」
何処から…というのはこの角度から確認することは至難だが
野奏はその声と会話するしかなさそうだ。
「何言って…」
「もうひとつ、今の声は幻聴ではありません、現象制作で貴方自身が作った痛考無動の要素です。簡単にいえば既視感ですね。」
聞きたいことはいくつもあった。現象制作の内容を彼女に話した覚えは全くない、そして
彼女は私の思考を理解しているし、大体私は彼女に話しかけた事を全部遮られているのだ。
野奏は覚醒しきらない顔をあげる。
なんだ…これ…
そこにいたのは25歳程度の女性だが、無表情でなんというか、そこだけ違うオーラというか。そしてもうひとつ、彼女はなにも“喋って”はいなかった。
「あなたは…」
「貴方は忘れてしまいましたか?あの放火は―――」
「滝 野奏 面会者だ」
あ…
「滝!早くしろ」
「はい」
「木島…」
「海江田全来たか!?」
「いや…なんで?」
「海江田の親父さんが提訴された」
「何があったの?話がどうしたのか全く――」
「お前が示唆したんじゃないのか!海江田全に、実の父親を訴えさせた 違うか!」
「木島…どうかしてるよ、私がこんな状態でどうやって…」
木島は野奏に3枚の紙切れをガラス越しに差し出す
「俺に脅迫状が届いた これは海江田全の事件から3回目だ 俺は悉くこの脅迫状に従わず破り捨てた。その結果、海江田全が昏睡状態になり、海江田家が全焼した。 そしてその度に脅迫状は再郵送されてくる。だが、ひとつ腑に落ちない。 ここだ 」
木島は持っていた3枚の紙切れを指差した。
「右上に数字がかいてあるだろ だがこの中に2番の脅迫状は存在しない。2番はお前に来ていた可能性がある 思い出せ。」
野奏に全身が凍りつくような空気が漂う。私も木島もこの脅迫状に操作されている・・・?
野奏は唐突に“喋って”はいなかった彼女との会話を思い出す。あの人・・・
「ねえ、現象製作に腹話術みたいなのあった?」
「いや、俺はそんな無意味で器用な事は―――」
「!?」
木島は野奏の背後に気配を感じて視線を向ける。その光景に半ば動揺を隠せない。
「腹話術じゃないですよ お久しぶりです木島さん、」
「春下・・・
「覚えていらっしゃいましたか、もう少し早く気が付くべきでしたね。
貴方たちは既に現象製作の支配下 海江田識一は提訴されたのではありません 命を狙われているようですね。 よろしければ識一さんの所在地をお教え致しますが?」
「どうして 海江田の親父を狙う?」
「ご自分でお考え下さい 失礼致します。」
そう言って春下はいなくなった。
「木島、春下て誰?」
「敵だ 宿敵だ・・・俺はあいつに 嵌められた・・・」
「木島、私、明日で仮釈放。そのまま逃げる」
「おい・・・そんなことしたら刑重くなって――」
「春下を見つけたら投降します」
「・・・分かった」
「私を発見する事は不可能です。2番の脅迫状は私以外の人間が書き換えて、
滝さんの母親に渡しました。彼女は今・・・」