第1章
「今すぐ来てくれ」
それだけ言うと今関は一方的に電話を切った。
「木島!14秒経ったぞ!仕事に戻れ!」
その日俺は初めて命令に逆らった。
「すいません、キリシマ大病院に行ってきます。失礼します」
それだけ言うと木島は所持していた荷物を床に放置し、自転車でその場を後にした。
「おい…木島?」
「あいつはじめて家に帰ったな。」
「ああ。」
ザザザザザザザザザザ――――-
凄い雨量だった。
責められるだろう、海江田は十年間何もできなかった。
俺の所為で
別に海江田にお前の所為じゃない何て言って欲しかったわけじゃないし、弁明する意志も
皆無だった。そんな事したら、今まで麻痺させてきた感覚が酷く鮮明に脈打つんだろう。
取り敢えずこれで2%の罪悪感は振り切れる…
唯それを自分に言い聞かせて実家から唯一持ってきた、否、正確には盗んできた自転車を押して、視界と足場の悪い雨天の河川沿いを走った。
しかし困った。第一声何にしよう。
本当に呆れる程くだらない事を考えていたが、それとは別の理由で木島の足は止まった。
「真祈…さん」
頼むから…話、かけないでほしい。今の俺はあんたらに給料を郵送するためにいるんだ。それは海江田の意識が戻ったとしても同じだ。
しかし
「よかったわ。無事で。」
殺されるよりつらかった。この人にはまだ、俺は人として認識されている…
それが苦痛だった
唯、真祈はそれを察してかそれ以上何も言わずに去っていった。
海江田は内科の一般病棟の個室にいるらしい。
地図が殆ど読めなかった俺は文字通り病院中を放浪して20分後、どんな物質よりも重いであろうドアを開いた。
「海江田…
申し訳なかったとか、
気分はどうだとか、
食欲はあるかとか、
最悪、記憶はあるかとか、何か聞こうと思ったがなにも出てこなかった。
「木島か。なんだ?」
軽いだろ…このシチュエーションは何だ。新手の詐欺か?
「大丈夫なのか?もう」
「大丈夫かどうか私が決めることか?
十年間延命されて、生命維持外そうとしたら反応したらしい。MR、脳波異常ない。」
「MR撮ったのか?お前ありえない程閉所と爆音恐怖症だろ?アレは同時に起こるじゃないか。中学の時授業で普通に広い視聴覚室内で狭いってパニって一人で逃げ出したの一度や二度じゃないだろ。」
「十二回だ」
その時俺は気が付くべきだった。脳波やMRには映らないこいつの変化に。
翌日、俺は初めて休暇をとった。言うまでもないが海江田に話があった。
「木島、仕事じゃないのか?」
「すまなかった、申し訳なかった、許して下さい、謝らせて下さい…」
「ああ、別にいいよ。」
本当に“別に”という感じだった。俺は何か知らないが反論しようと思った。
「別にじゃないだろ…俺はお前を殺す寸前だった、俺は十年間何も出来なかったお前を差し置いていたって普通に生活してた、お前には生に対する危機感がないのか!」
秒針が無常に時間を刻む、時間なんて計ってなかったが優に三分越えただろう。
「反論できない、というか感情が消滅した様な」
「何も…感じないのか?」
「否、感じない…とは違うな、唯、泣こうとか、笑おうとかそういう事はもう、出来ない。」
どんな事があっても覚悟しているつもりだった。ましてやこれは本当に小さ過ぎる様な事で、表面上海江田に何の問題も無い。
「感じないわけじゃないんだったら教えてくれ、どう思ってる…こんな状態を」
「実感は湧かない、ただ、現実に抵抗したい、何も出来ない現状に」
何も出来ない…現状
その一言で毎月海江田家に郵送してきた給料なんて
何の意味も成していなかった事に気付いた。もう、何も言えなかった。
海江田は五日後退院した。良くも悪くも本当に何の異常も認められなかった。
唯、尋常じゃない冷静さだった。
海江田の帰宅を俺と、修理工場の同僚を手伝いに呼んだ。
「はじめまして、二谷です。海江田さん、良かったですね。」
カンカンカンカンカンカン…
『救急車が通ります 救急車が通ります 道をあけて下さい…
カンカンカンカンカンカンカンカン…
カンカンカンカンカンカン…
『消防車が通ります 消防車が通ります 道をあけて下さい…
カンカンカンカンカンカンカンカン…
救急車と消防車は俺たちの行く先にずっとあって、
奇妙ではあったが何故か不自然だとは思わなかった。忌まわしい程うるさかったが。
カンカンカンカンカンカン…
『消防車が通ります 消防車が通ります 道をあけて下さい…
カンカンカンカンカンカンカンカン…
「ドップラー効果だ。」
「海江田…現象説明してる場合じゃない…お前の家燃えてるぞ…」
「困るな。」
放心状態の木島と二谷を置いて、平然と海江田は出火元に歩いて行った。
「あ、良かった海江田全さんですか。ご家族の方は外出されていて全員無事でした…が
放火の疑いがあります。室内にガソリンの成分が。」
ザッザザ――
「!?あっ…君!」
警察はそこに人影を確認した。