第0章
「形あるものはいつか崩壊する、それを維持する為の努力程滑稽なものは生じない」
その一文を私は鮮明に、記憶している。否、正確にはもうそんな事しか脳裏に浮上しない。
既にこの世界は私に自嘲しか与えないだろう。
しかしそれは、姿無き世界の尊さを表した言葉なのかも知れない
平成11年1月1日AM0:38
「木島か!?ヤバい…閉鎖された!」
「お前何言っ「西村田一丁目の地下冷凍庫…
誰か呼んでくれ!この状態だと2時間持たない!」ッツーッツーッツーッ
起きてしまった事は変えられないだろうか…
「海江田?おいっ…」
冗談だよな、あいつが事実を言っているとは思わなかった、
海江田には悪いが俺には定説がある、お前は殺しても死なないという、極めて勝手な定説が、
「全…遅いわね…」
「真祈、電話だ…警察から…」
キリシマ大学病院ICU
しかし、これは…事実か…
「海江田君は、大変危険な状態です意識が戻る可能性は極めて…
だけど…
「低いかと」
海江田が植物状態だという事は理解するが、俺の中には感情に至らないものがあった
冷静に“泣けないな”と思う自分がいた
俺の思考回路は親友の現状より自分の感情制御に働いた
解っていた…
海江田を見捨てたのは自分だ。それは多大な罪悪感生成には十分すぎる材料だった
海江田、お前死んだら俺は殺人犯だ…否、もう十二分に犯罪者なんだろう
何か言えよ…海江田、おい…
「木島君だね?」
「はい…」
「西村田警察の大橋といいます、
海江田君の携帯に通話記録が残っていた。海江田君は君に助けを求めた、違うか?」
俺が、海江田をこんな状態に…と言いかけたが幸いなのか不幸なのか大橋の携帯が鳴った
「おっすまない。お呼びだ、まあ、携帯の誤作動って事で話が進んでるんだ
あの中は圏外だからね、衰弱し意識殆ど無かった状態の彼があの暗い中で正確に手打ちで君の番号を
打つことはできない。3秒では。」
「3秒?」
「あの冷蔵庫は内施錠すると
3秒で殆どの生物が意識喪失に至る、臨床試験で確認されたよ。」
ないじゃないか、あいつが意識を取り戻す可能性、全然ないじゃないか
俺の定説は破壊された。
『Where there's a will, there's a way.』
意志ある所に道は開ける…
海江田がいつも言っていた言葉だ。俺は殆ど英語とは無縁の人生だからという理由でいつも逃避していたが今思えば物凄くメジャーな台詞なんだろう。
皮肉な事に海江田がこうならなければ俺はこれを訳せなかったに違いない
「木島!これ部品庫に頼む!」
「はい!」
木島の家は言わずと知れた金持ちだったが、木島はあの日から親から勘当同然で逃げてきて、唯、労働した。別に苦痛じゃない、否、寧ろこうでもしてないとこの感覚は麻痺しない
「次!5分で此処掃除しろ」
「はい!」
海江田…俺がしている事はお前が死んだって言ってる様なものだ、認めたのか…?
この給料だってお前の家族に使って貰えるとは思えないが
「325,000円…また振り込んであったわ木島君からじゃない?」
「あの家庭にとってそんなもの紙切れ同然だろ、第一あいつは全を殺したんだ!」
「お父さん、お兄ちゃんはまだ生きてるよ?」
「美試!全が死に損ないだと言いたいのか!」
「今日で十年よ、もう病院に頼んで生命維持外して貰おうか…」
「お母さん!お兄ちゃんまだ生きてんじゃん!」
「しかしあいつ何考えている、300000で如何しろって言うんだ
コレの3倍は遣すべきなんじゃないのか、木島とかいう人間なら」
きっとこの、最初で最後の努力が報われることはないだろう、だが…
「木島、少し休め、お前が帰宅準備してるの見たことないぞ」
「おお!飯食ってるのも、寝てるのも!」
「木島君人間じゃないでしょ?」
「人間だよ!」
俺に全うな人生を送る資格は残っていないだろう、一生重労働に心身感覚を麻痺させて
いつか過労死するんだろう まあいいが
「あっ!すいません!ちょっと電話です!14秒で戻ります!」
ピピッピピッピピッ―――-
液晶画面に浮かぶ十年前の記憶、出来れば回避したい記憶、だが背負う以外の選択肢を俺は知らない。キリシマ…あいつ…
「あ!今関先生?何すか?」
「海江田全が意識を取り戻した」
背負う以外の選択肢を…知らない…