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城の大広間にて

 ヴァクラ帝国——この世界で一、二を争う大国。そこの皇族、という立場を私は甘く見ていたらしい。まさか次の日に眼鏡を作るための職人が城に何人も——それこそ一つの眼鏡を作るためには過剰ともいえる人数が来るなんて想像もしてなかった。



 午前中は病み上がりなのもあってゆっくりしながら、部屋で記憶の整理をつけていた。本当は思い出したゲーム知識を何かに書き出したりしておきたかったけど、アンシラが部屋にいる以上それは無理だった。いきなり日本語——この世界では未知の言語を書き始めたら不審に思われるだろうし。

 それでも、落ち着く時間が取れたことで、ようやく転生したという事実を受け入れることが出来たと思う。後、自分が本当にあのフィア・ウル・ヴァクラなのだとも。別に五歳までの記憶が無くなった訳じゃないけど、何処か実感が持てていない部分があったのも確かだから。


 そんな風に過ごしていたら午後になって父の使いの者に呼ばれ、行ってみたら既に準備は万全でした、って訳。

 舐めていたわけでは無いけど、改めて自分が皇族——この世界の最高権力者の一族に生まれたのだと思い知らされた。


 まあともかく、早く眼鏡が手に入りこの状態が改善できるなら願ったり叶ったりだ。この一日だけで、目が良いというのがいかにありがたい事か散々味わったし。視力が悪い自覚が無かったときは気にならなかったのに、いざそうだと知ると途端に動きが悪くなる。見えていない、と意識するだけで動きがぎこちなくなってしまう。

 以前の様に無鉄砲に動いてあちこちにぶつかりまくるのも心配になるけど、今みたいに及び腰になってフラフラ歩く姿も見ていられるものでは無いに違いない。途中からはアンシラに抱えて貰っている状態が当然になっていたくらいだし。


 そんなわけで今は眼鏡の制作に入っているのだけど、これもすぐに終わるものじゃない。

 実用的な面で言うなら視力を測り、それを補うためのレンズがどの程度のものが最適なのかを調べる。後はフレームの大きさを決めるために顔の各部位の計測も行う。

 それ以外の面で言うなら、デザインだろうか。向こうの世界では、眼鏡は生活必需品であると同時にアクセサリーの一種という面も持つ。それはこの世界も似たようなものだろう。違いがあるとすれば、ここでは眼鏡そのものが高級品で、貴族でしか使わないような物だという事。

 なので今ここに来ている職人達も眼鏡専門という訳ではなく、装飾品の職人がその一種として眼鏡を手掛けてもいるというのが正しい。

 そういう訳でこの世界では向こう以上に眼鏡は装飾品と言う印象が強い。貴族ともなればそれら一つ一つに気を配るのは当然の事で、故にそういった面で発展したともいえる。


「私としましてはこちらが......」


「ですが、それですと......」


 ......で。その職人さんが何をしているかと言えば、アンシラと眼鏡のデザインについてあーでもないこーでもないと話し込んでいる。......あそこまで真剣に——というより鬼気迫って話でいると少し不安になる。まあ私の要望は伝えてあるから、それさえクリアしていれば後は変なので無ければ任せる。

 要望としてはまずは頑丈な事、その上でデザインを選ぶなら可愛い感じよりもかっこいい感じの方で。自分で言うのも何だけど、五歳の時点で将来の美貌の片鱗を醸し出している私の場合、可愛いデザインはちょっと似合わない。

 第一に頑丈さを求めたのは、私の身体能力を考慮して。普通の眼鏡だってすぐに壊れる物じゃないけれど、この体の場合そのレベルじゃ耐えられない可能性が高いし。


 さらに白熱している議論を遠目に見ながら、次の検査を受ける。今やっているのは視力以外の問題——色盲等の症状が無いかの確認。私としてはぼやける以外の違和感は一切なのだけど、調べるに越したことは無いらしい。それにしてもここまで医学が発展しているとは思ってなかった。ファンタジーの世界だからもっと劣っている物とばかり考えていたけど、そうでもないらしい。


「......随分楽しそうな事」


 検査を受けながら、思わずこんな言葉が口を突いて出る。今私が検査を受けているのは、帝城の大広間の一角。最初は何でこんな場所で検査を受けるのか、と思ったんだけどその疑問はすぐに氷解した。

 今広間の中央には幾つものテーブルが並び、その上には所狭しと煌びやかな装飾品が広げられ、多くの人達——帝城に勤める貴族が眺めている。いや、人数だけで言うなら貴族よりも城勤めの侍女達の方が多いかも知れない。彼女達は皆一様に目を輝かせ、装飾品の数々を食い入るように見つめている。


 ......やけに職人の人数が多いと思ったら、こういうわけね。帝城勤めだと忙しく、こういった物を買いに行く暇もあまりとれないと聞く。特に装飾品やドレスなんかはパッと見て決める訳には行かないものだし。侍女達だと買える者は殆どいないだろうけど、目の保養にはなるに違いない。

 恐らく発案はお父様だろうけど、上手く考えたものだ。——私の眼鏡作りと同じ場所で並行して行う事で、私が近視だったのだと()()()()()()()()も兼ねて。

 この世界で眼鏡はアクセサリー、単なる飾りとしても取られやすい。だけどこの場に来ている者達なら、検査している私を見て眼鏡が単なる飾りでは無いと理解する。そして彼らから話は広まり、すぐに城中に知れ渡る。私の視力が悪く、今までの行動はそれに即したものなんじゃないか、と言う事が。


 ......恐らくだけど、お父様は既にアンシラから報告を受けたのだろう。私が女神の神託(偽だけど)を受けたことを。そして、それを隠す事にした。そうじゃないなら、きっと神託の話を聞くために私を呼び出すはず。それをしないのは、私を呼び出した事を切っ掛けに、神託の話が城内に広まるのを避けたかったからだと思う。

 そして私の変化にも気付いているだろうお父様は、その原因は視力のせいだと——少なくとも、原因の一つではあったと周知させることにしたのだろう。こうして城の者達と私との間にある壁が、少しでも崩れる機会を作ることで。

 あくまで予測でしかないけど、そう間違ってはいないと思う。お父様には、感謝しかない。後でアンシラに頼んで、何かお礼を返そう。......周りにはバレないように、こっそりとだけど。


 これで私の突然の変わりようにも少しは理解も......及べばいいなぁ。流石に今までの性格とはまるで違うから、無理がある気がする。流石に、女神の神託(偽)の話を広げる訳にも行かないし。けど遠慮もしていられない。——この世界の終わりまで、時間は長く無いんだから。



 

 しばらくしてようやく検査が終わり、解放される。アンシラは......まだ話してるし。いつになったら終わるんだろう、アレ。予定だと今日中には眼鏡を完成させるって話だったけど、本当に可能なのだろうかと疑問を抱いていたら、ふとある光景——職人さん達がすぐ横で眼鏡の部品を加工している様子が目に映る。注目するべきは、その手に何も握られていないのに部品が次々に()()()()()()()事。

 それを見て、今日中に完成させる為の種がようやく分かった。というかすっかり忘れていた。用途は違うけどゲームで散々見たものなのに。


 ——この世界には、()()があることを。





 ——この世界には『魔力』という特殊な力がある。あらゆるものに宿るそれはこの世界において生活の基盤ともいえるもの。

 そして人族には、魔力を燃料として発動する特殊な能力を有している。


 この特殊な力は〈種族特性〉と呼ばれ、この世界に存在する六つの人族——純人、エルフ、ドワーフ、鬼人、そして()()()()()ごとに異なる。

 例えば純人族が有する種族特性は〈魔法〉。よく思い浮かべるだろう、ファイアーボールとかを生みだし操るものになる。他の人族はまた違う訳だけど、今は置いておく。


 ちなみに私のようなハーフ種族の場合は、それぞれの種族特性を引き継ぐ。......それが良い方に出るか悪い方に出るかは別として。

 原作の私は、それが悪い方に働いた上に、視力の悪さも災いした。結果、どちらの力もまともに扱う事が出来なかった。


 そして人族にはもう一つ、〈属性〉という素養を持つ。これはその者がどのような〈種族特性〉を扱えるかという素質になる。例で出したファイアーボールなら、これを扱える者は火属性の適性を持つ事になる。


 これは種族と言うより、個人ごとで差がある。人によって先天的に持つ属性への適性が異なるのだ。火や水、土や風といったように。

 人によっては複数の属性への適性を持つ者もいるし、空間属性のようにほぼ使い手のいない希少な属性もある。また種族特性の違いによって、属性がどう影響するかも変化するし、中には属性など関係ない種族特性も存在する。


 ちなみにゲーム主人公の特殊な属性は、まさに唯一無二。全ての人族において()()()()()()()()()()()()()()()()、一点ものの才になる。


 私?たぶん土。なんでたぶんかと言えば、そもそもゲームではまともに発動してないから。半径1mの地面を均す、くらいしか出来ないもの。魔法においては主人公とは月とすっぽん、天と地ほどの差があるのだ。もう一つの種族特性も、使っている場面なんて一回も無かった。


 ......早く、魔法の教師見つけないとなぁ。ただ、それだって生半可な人じゃ駄目だろう。私みたいな例は大分特殊だろうし。そんな私の教師が務まる人、いるかなぁ......。

 攻略キャラにも確か一人ハーフがいたけど、結構苦労していた覚えがあるんだよ、彼。キャラとして使っている時も、使い勝手が微妙だった記憶がある。......それでも、私よりはマシだろう辺り、これから先が不安になる。

 

 ......一人だけ、間違いなく教師が務まるだろう人はいる。けど接触方法が分からないし、仮にコンタクトが取れたとしても教師になってくれるとは到底思えない。

 一線を退いているとはいえ、魔王を討伐できるレベルに到達した主人公を除いたら、間違いなく()()()()()

 だけど、ここ百年以上誰も弟子に取ってない。ゲームでも、どんなに手を尽くしても教えを乞うどころかアドバイスすら貰う事が出来なかった。戦う機会を得ることは出来るけれど、勝っても得られるのは経験値だけ、いやこれは結構な量だったからうれしかったけど、


 けど、もしメインキャラ達が彼の師事を受けることができたなら、間違いなくその実力は数段上がっていたに違いない、と言われている。いや、本当に人族の中では飛び抜けているからなぁ、あの人。主人公たちも強くなるとは言え、魔法などの熟練度や技巧では敵わないと思う。


 ......その人でも勝てない魔王とかヤバい魔族はどうなるのかって?アレは地獄、災害だから。

 



 話を戻すと、目の前にいる眼鏡職人。彼は恐らくドワーフだろう。低めの背丈に反した筋肉質な体躯。褐色の肌に濃い口髭。まさにファンタジーでいうドワーフさながらと言う見た目をしている。

 そんな彼らが扱う種族特性——それが錬成。魔力を物質に流し込み、それを様々な形に変形させることを可能とする能力だ。彼らの手に掛かれば、何も無い大地であろうと一日あれば要塞へと早変わりするし、一晩で大河に橋を架けることだって出来る。


 また、彼らはそれらを応用することで未知の金属を生み出すことだって可能だ。魔法金属と呼ばれるミスリルなどは、この世界ではドワーフが錬成で加工を施した金属の事を言う。彼らはそれを熟達した鍛冶の腕によって武具へと生まれ変わらせる。

 それに、加工できるのは金属だけに留まらない。液体だろうと植物だろうと、彼らはそれらに手を加え、様々な物を作り出すのだ。 

 まぁ分かりやすく言うなら、要は錬金術である。


 彼らの手に掛かれば、普通では加工できないような硬質な物でもちょちょいのちょいと形が変わる。こうして見ていると、ドワーフというよりマジシャンのようにも見える。今こうして、職人が部品を生み出しているように。

 この調子なら今日中に出来るのも期待してもいいかもしれない。それにしても、部品が随分と細かい。ここまで繊細な部品を生み出すには余程緻密に魔法を制御できる能力が必須なのだけど、流石はお父様が呼んだ職人と言うべきかもしれない。


 ......後は。


「ああ、やっぱりこっちも捨てがたいっ!?」


「なら、これならばどうでしょうっ!?」


 ......そろそろデザイン決めてくれないかな?いい加減戻っておいで、アンシラ。


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