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ゲーム『滅びゆく世界の聖乙女』

 その後、部屋に戻った私が自由になったのは夜になってからの事だった。病み上がり——しかも一週間も寝込んでいたこともあり、父が念の為にと手配した医者によって診察を受けたり、久々の湯あみをしたり、とにかく忙しい一日だった。

 色々あってぶっ飛んでいたけど、食事もしっかり摂ることが出来た。流石皇族と言うべきか、食事の質も現代日本以上のもの。......ゲームの影響なのか、それとも元々こういう食事文化なのか、ファンタジー世界なのに味付けが日本人好みのそれだったのは予想外。まあ、お陰で美味しく食べられたので文句はないどころか満足だったけど。


 という訳で今は自室に一人。アンシラには今日はもういいと下がって貰う......つもりだったのだけど。そう問屋は降ろしてくれなくて。


 今私はベッド——薪となったアレといつの間にか交換されていた物——に腰掛け、そんな私をアンシラは立ったままじっと見つめてくる。その目に宿るのは困惑と疑念。......ようはめっちゃ怪しんでいる。

 前世の記憶が蘇る前の私の最も近くにいたのは彼女だ。皇帝の父は忙しくあまり話す時間は無く、なんなら会わない日の方が多い。母はそもそも今帝国内にすらいない。別に別居とか離婚とかではないのだけど、色々と事情があってしばらくは帝都ゴト——今私達のいる帝国の首都——に帰っては来ないだろう。

 他の皇子皇女——腹違いの兄弟姉妹——とは母が違う為かあまり会う事も無いし、仮に会っても元の性格のせいでまともに話した事すらない。使用人達も同じく。

 故に私の一番近くにいる人は専属の侍女であるアンシラであり、そんな彼女を欺くなんてできるわけが無いのだ。


 ......それも当たり前か。まだ一日も経っていないけど、いかに昨日までの私が他者と全く関わってこなかったのか散々思い知らされたし。廊下を通る際にすれ違った侍女達に挨拶しただけで目をひん剥かれ、診察してくれた宮廷医師と会話し礼を述べたら『もしかしてまだ体に異常があるのでは』と思われ再検査される破目に遭う。こんなようなことが何回も続けば、いやでもかつての私がどう思われていたのか想像がつく。

 途中から、というか最初からそこは諦めていた。これから先の事を考えたら、私の変化を隠すことで動きに制限を掛けてしまうことは頂けない。そんなことになるくらいなら、もういっそのこと人が変わったのだと堂々とすればいい。例え今日隠したところでこれからの行動で露見することは目に見えているし。

 だから、私が今考えるべきは別の事。


「——それで、姫様?いい加減、説明してくださるのでしょうね?」


 一体どうすれば目の前のアンシラを納得させられるか、ということだ。


 まず、実は前世の記憶を取り戻して、実はこの世界は乙女ゲームなんです、なんて言ったところで信じて貰えるわけが無い。下手せずとも『熱の性で頭がおかしくなった』と思われて三度目の診察行きだろう。

 かといって嘘だけで納得させるのは無理。流石にそれだけで誤魔化しきれる変化ではない。

 だから、後は線引きと改竄。どこまでの範囲を話すべきで、それをどう伝えれば納得するのか、そこが大事。都合のいいことに、この世界にはそれに向いた()()()()()もある。


「......長い話になるから、とりあえず座りなさい。私の椅子使っていいから」


 こうなることを予測していたからこそ一日かけて練った話の筋書きを思い返しながら、私はアンシラに座るように促す。こっちが座っているのに相手が立っていては、長話はちょっとし辛い。


「......それでは、失礼致します」


 アンシラは戸惑いつつも、化粧台の前に置かれた椅子を持ってきて私と正面向くように椅子に座る。サイズは大人用の椅子なので、彼女でも問題無く座れたのは何よりだった。


「......どこから話したものかしら」


 彼女の聞く姿勢が整ったの確認して話を始める。まずは、私に起きた事を端的に伝える。


「まず、私が変わった原因については朝も言った通り。『酷い悪夢を見た』、この一点に尽きるわ」


 別にこれは嘘じゃない。正しく言うと、寝ている間に見た夢を切っ掛けに前世の記憶を取り戻し、今自分の置かれた状況が悪夢そのものだと気が付いた、という事なのだけど。


「悪夢、ですか......。それは、あの姫様をそこまで変貌させるようなものなのですか?」


 無論、アンシラもこれだけじゃ到底納得できないだろう。元のフィアの記憶なんかは一切無くなってないけど、傍目に見たら別人になったと言われてもおかしくない変化具合だと自分でも思うし。

 だから、これからそれに納得できるだけの重みを付ける。自身が残念皇女に転生したのだと気付いた時に愕然としたもう一つの理由——残念皇女になってしまったことそのものよりも()()()()()()()()を伝えることによって。


「——アンシラ。これから数十年しない内に()()()()()()()()()()()()()()()()()、その事実をあなたは信じられるかしら?」






 ——『滅びゆく世界の聖乙女』。


 乙女ゲームとして前世で人気を博した、とまでは言わないがある程度は知名度があり、私が遊んでいたゲーム。とは言っても私がこのゲームを始めたのは妹に一緒にプレイしてほしいと言われたから。

 

 ——この、乙女ゲームを()()()高難易度RPGゲームをクリアするために。

  

 そう、このゲームは発売前までは乙女ゲームを主体としてRPG要素を含んだゲームと紹介されていながら、その実態はRPGゲームに恋愛要素を付け足したものが正しい類いのものだった。しかも、難易度は下手なものより余程ヤバイと言われるレベルで。

 特に所々で出てくる超難易度ボスは鬼畜としか言いようが無かった。あいつらを倒すのに何度全滅したか......、思い返すだけで頭が痛くなってくる。


 アンシラと戦うことになったと言ったサブクエストなんかはゲームでのやり込み要素の一つ。こういったものに関してもかなりの数があり、余程やり込まないと現れないものすらあった。......そういうものに限って、そこで手に入る特殊アイテム等が無いとメインストーリーで特定のルートに進めないという事になるのだから、腹立たしい事この上ない。

 他にもゲームとして言いたいことは山ほどあるけど。妹も『こんなの詐欺だ!』って憤慨していた。ぶっちゃけ私も同意見。販売中止とかにまではならなかったけど、ネットでは騒ぎにはなっていたし。ゲームの難易度はともかく面白いものではあった事、そして公式からすぐに謝罪文が上がったことが首の皮一枚繋いだんじゃないかと思う。

 

 そんな話はともかく。今の問題はこのゲームが現実となったという事で——敵の強さが鬼畜というのは本当に頂けない。だってこれから先、いずれあいつらと戦わないといけない未来が来るのだから。......ああ、考えるだけで頭痛がががががが。

 戦わずに主人公たちに任せればいい、なんて楽観視ところだけど、ゲームであいつらの強さを味わっている以上とてもそんなことは出来ない。それに、ストーリーの面からものんびりしてられるとは到底思えない。


 主にRPG攻略要因として妹に協力してゲームをしていた私はストーリー——正しく言うなら恋愛方面の話に関してはそこまで覚えていない。主人公や攻略対象達に関しても、プレイアブルキャラとしてのステータスの方はある程度覚えているけど攻略に関係ない部分に関しては微妙なところ。

 ......フィアに関しては、うん、何か強烈だったし。ゲームの大半出てこないのに、ここまで記憶に残るのってある意味凄いと思う。


 反対に、攻略の背景とも言えるメインストーリーの大まかな流れに関しては覚えている。——この世界がゲームのタイトル通り、本当に滅びかけた世界だということを。


 この世界は、文字通りの意味で滅びかけている。悪しき存在——『魔族』と呼ばれる存在の侵略によって。魔族と言うけど、人ではない。他のゲームでいう魔物と存在が近い。人とは決して相容れず、世界を滅ぼさんとする害悪。約400年前から、それらによって侵略され、人類は脅かされている。

 どれくらいヤバいかと言えば、ゲーム開始時どころか開始十年前の現時点でもこの世界にある三つの大陸の内一つは完全に魔族の領域と化し、二つ目の大陸——今私がいる中央大陸シューツの五分の二も既に奴らの手に堕ちているくらいにヤバい。つまりもう世界の半分近くが、既に魔族の領域と化しているのだ。


 そして、ヤバい点がもう一つ。このゲームは乙女ゲームなだけあって攻略対象ごとに√が分かれるのだけど、一つを除いた√では表向きクリアしていても、数十年しない内に魔族の手によって世界が滅びる結末しか待っていないのだ。

 その結末を変えられる唯一の√——魔族の頂点にして始祖である『魔王』と呼ばれる真の元凶を討伐するグランド√をクリアしなければこのゲームは本当の意味でクリアしたとは言えない。しかも、そのグランド√は他の√とは桁違いに難易度が高いというまさに鬼畜の所業。


 あの√をクリアするのにどれだけ苦労したか、思い出したくも無い。強くてニューゲーム——一部データを引き継いでの複数周回は当然。満たしておくべき隠し条件は山のよう。苦労してようやくラスボスに辿り着いて、何回もコンティニューしてようやく勝てる、と思ったら中盤で果たしておくべき条件を満たしていなくてクリアできず、そこからやり直しとなった時にはマジでゲームを破壊してやろうかと思った。

 その後も何回もゲームオーバーを繰り返し、ようやっと大団円を迎えた時には妹と涙しながら抱き合ったものだ。......夜中に騒ぐなと母さんに怒られ、エンドロール中にゲーム機のコンセント引っこ抜かれた時に歓喜の涙は絶望の叫びになったけど。もう一度ラスボス戦をクリアした時には、もう涙すら出なかったっけ。妹も私も、絶対に目が死んでた。


 ......そんな思い出は置いておくとして。ともかく、私は転生してしまった。そんな破滅の未来がほぼ確定した——滅びゆく世界へと。

 だからこそ、汚名返上計画は第一段階でしかない。私が得た二度目の生を謳歌する、その為に私が果たすべき最終目標、——それは魔王の討伐に他ならないのだから。

 






「もうすぐ世界が滅びる......ですか」


 アンシラは、私の予想だにしなかった言葉に首を傾げている。彼女とて魔族による侵攻は無論知っていることなのだけど、それが数十年しない内に世界全土に及ぶとまでは思っていなかったのだろう。それにそもそも、魔族に関してほとんど知るはずの無い私がそんな話を口に出したことに戸惑っているみたい。

 それも当然の事。この五年間、フィアとして生きてきた私は魔族に関して一切触れていない——それこそ本来なら魔族という存在すら知り得ないはずなのだから。それは専属侍女として仕え続けてきたアンシラが誰よりも一番知っている事実。


「......姫様。夢は所詮夢でしかありません。いくら恐ろしい夢だとしても、それだけが原因でそこまで変わるとは私にはとても思えないのですが」


 だから、アンシラがこう言うのも当然の事。彼女に限らず、誰だって同じ反応になると思う。

 ......だったら、信じて貰えるだけの事実を羅列すればいい。


「——第四の災禍」


「っ!?」


 その一言に、彼女は驚愕したのが見て取れた。それもそう。なにせ今私が発した言葉は知るはずの無い存在に関してなのだから。


「奴によりジュヨ―クは魔族の手に堕ち、人類はミム要塞まで撤退。シューツ大陸は既に半分近くが侵攻されている。この状態で、よく滅びないなんて言えるわね」


「......何故、それを」


 帝城から外に出たことの無い私の言葉に、いつもの鉄面皮も保てていない。

 というか、この反応からしてさっきの反応は演技かも。この事実を正確に認識出来ている人物が、世界が滅びる可能性を考えないはずが無いだろうし。


「言ったでしょう、()()()()って」


 彼女の問いに対して、私が返すのはそれだけ。正しく言うなら、()()()()()()()。今伝えた情報だけで、『夢を見た』という言葉が持つ意味、それが一気に変わるから。

 そして、アンシラもそれに気付いたらしく、目を見開く。



「......まさか、()()ですか?」




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