表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/21

真に触れて、なお

「「「............」」」


 部屋を、沈黙が支配する。誰もが口を開かず、その場で黙り込んでいた。


 簡易的ではあれど、私は一通りの真実を彼らに伝えた。私がフィアに転生した存在である事、その記憶を先日取り戻した事、そしてその記憶の中で見た、この世界に関するゲームの話。まぁ、ゲームと言ってもこの世界では伝わらないだろうから、追体験できる特殊な御伽噺の類いだと二人には伝えたけど。まあ、概ね間違ってはいないだろう。


「......転生、ですか」


 アンシラは、少し呆然とした顔をしている。あまりの情報の多さに、戸惑っているのがよくわかる。いきなり聞かされた話は、それだけ複雑なものだったのだから。

 そんな彼女の顔色を、私はこっそり窺う。心臓の鼓動が、早鐘の様に激しくなっているのを自覚していた。


 〈緋色の枷〉を発動してまで、私に忠誠を誓ってくれたアンシラ。それでも、彼女が私の真実を知ってもなお受け入れてくれるのかが心配でならなかった。臆病すぎるのかもしれないけど、こればっかりは仕方ない。今の私には、あまりに味方が少なすぎる。その数少ない味方の中で、最も近しく、頼れる存在は彼女なのだから。

 皇帝である父の事も信頼してはいるけど、普段から会えるわけでは無いし、彼には帝国の長という立場もある。母の方は転生後一回も再会していないどころか、その多くを前線で過ごしている事もあって乳児期以降は父以上に会えない人だ。そして、今までの人見知りや皇妃達の敵視などが重なり、他に頼れる味方と呼べる人はいないに等しい。


 だからこそ、アンシラは私にとって最も大切な存在で、その彼女が本当に自分を受け入れてくれるのかという不安がどうしても頭を過ぎってしまうのを抑えられなかった。それは彼女の意志を聞いてもなお、いや聞いたからこそのもの。今の自分はフィアではあるけれど、かつての私とは違い異世界の異物が混ざり込んでいる。彼女の過去と想いを聞いてもなお、いや聞いたからこそ受け入れて貰えないのではないか、思わずそんな事を考えてしまう。

 彼女を信頼し、共に歩んでもらうために真実を打ち明けた。けれど、それがようやく紡げた主従関係に罅を入れてしまうのではないか。


 そんな私の心配を杞憂だとでもいうように、アンシラは目の端を細めながら微かに口角をあげる。


「ご心配なさらないでください。先程もお伝えしたことに、嘘偽りは一切ありませんし、それは今も変わりはしません」


 そう口にする言葉に嘘偽りが無いことは、〈枷〉を介さなくても彼女の表情や声色から読み取ることが出来た。


「むしろ納得が行きました。知り得るはずの無い知識にしてもそうですが、その別の生という経験こそが、姫様をそこまで変えたのだと。これも、一種の成長なのでしょうね。......侍女として、嬉しい限りです」


「......そう」


 アンシラの答えに、安堵を覚える。私の変化を成長、と言っていいかは分からないけど、それを前向きに捉えてくれたことが——否定せずに受け入れてくれたことが嬉しかった。

 同時に、そんな内心すら見抜かれている事に恥ずかしさを覚える。つい素っ気ない答えを返してしまうが、それすらバレバレらしく、彼女は苦笑を零した。


「けれど、成長されてもなお、臆病なところは抜けきらないものですね。いえ、それだけ大切に思っていただけているという事でしょうか?侍女冥利に尽きるというものです」


「......うるさい」


 そう揶揄う彼女に、否定することも出来ず、思わず悪態がついて出る。それが照れ隠しであることも、彼女は見抜いているのだろう。......ああもう、恥ずかしい。


「............」


 一方、アウレスはと言えば何かを考えこむように黙り込んでいる。彼の場合、私とは初対面。アンシラとは違い、私への信用など無い。今の話がどこまで本当か、疑わしい点も多いのだろう。


「......悪いが、異世界と言われてもな。流石に、信じがたいな」


 その呟きに、私達のやり取りで緩んでいた場の空気が再び引き締まる。私も気を取り直しながら、彼の方へと顔を向けた。


——けれどよりにもよって、彼がそれを口にするとはね。思わず、口角の端が上がってしまう。


「何を言っているのですか?異世界が存在することは、あなたなら良く分かっている事でしょう?」


「......っ」


 その言葉に、アウレスは息を呑む。表に出さないようにしているつもりみたいだが、顔が少し強張っているのが見て取れた。

 そう、彼には分かっている筈。誰よりも()()と戦ってきた彼ならば、その存在があまりに異質であることに。


「?どういうことでしょうか?」


 一方アンシラは、私達が何を言いたいのか分からないらしく、首を傾げていた。仲間外れにするのも悪いから、説明してあげるとしようか。


「決まっているでしょ?この世界で、あまりにおかしな存在を。奴らが何者か、どこから現れたのか。疑問に思ったことはあるでしょう?」


「っ!?それって、まさか......」


 アンシラはすぐにその意味を理解したらしい。その顔色は、蒼白に変じていた。




「ええ、その通り。——()()。奴らこそ、この世界に蔓延る、異世界の存在に他ならないわ」




 ——魔族。数百年前、突如として現れた存在。ゲーム内では、その正体が判明するのは最後になってから。ラスボスと対峙し、討伐に成功して初めて、奴らが何なのか、この世界の女神から直々に告げられることとなる。


 その正体は、異世界からこの世界を蝕まんとする害悪。この世界とは端から噛み合うことの無い、異物そのもの。


 そしてそのことを、アウレスは誰よりも分かっているはずだ。


「あなたなら分かっていたことでは無いですか?クシェナの最南端、奴らが現れた地の最奥。そこに座する、()()()()退()した先。——そこに潜む、次元の違う存在を目にしているのですから」


「————!?!?」


 途端に彼の顔が引き攣った。彼しか知り得ない事実を名指しされたことに、激しい動揺が見て取れた。


「魔王を、撃退?そんな話、聞いた事無いのですが......」


 話についていけていないアンシラが戸惑っているのが良く分かる。彼女の為にも、頭から説明してあげた方がいいかな。


「アンシラは、魔族の長と目されている魔王に関して、どこまで知っているかしら?」


「魔王、ですか?」


 突然の問いに困惑しながら、彼女は私の問いに答え始めた。


「......西のクシェナ大陸の南端、当時その地を治めていた大国ロクニに突如として現れ、瞬く間に滅ぼした異形の存在である魔族。魔王は奴らの頂点と予想されている魔族で、ロクニの元王城に巣食っているとされています。当初から魔族には長がいるとされていましたが、実際にその姿が確認されたのは二度だけ。一度は、魔族がこの世界に現れた直後。それらを従える魔王を目撃した、クシェナ大陸から逃げ出した生き残りの人々の証言によるものです」


 そこで、彼女はチラッとアウレスを横目で見る。


「......そして、それ以降にもう一度だけ。当時の最高戦力を結集した、魔王討伐を目的とした部隊。多くの犠牲を払いながら、魔王の元に辿り着いた精鋭達が目撃しています。......アウレス閣下も、その内の一人だったと聞いています」


「............」


 アウレスは顔を険しく強張らせ、黙り込んでいる。当時の事を思い出したのか、顔色も少し良くない。


「けど、確か彼らは......」


「そう、記録では閣下を含めた討伐隊は、魔王の討伐に()()している。そしてそれ以降、魔王の元に辿り着いた者は一人としていない」


「ええ、ですが姫様は先程、こうおっしゃいましたよね。彼らが魔王を撃退したと。それは、一体どういう......」


 噛み違う話に、首を傾げているアンシラ。では、その疑問を解決してあげることにしよう。


「どちらも間違っていないわ。彼らは、魔王と呼ばれた存在を間違いなく撃退している。けど、魔族の頂点を討てはしなかったの」


「それは、魔王は魔族の長では無かったという事ですか?」


「いいえ、奴は紛れも無く魔族の頂点よ。ただし、あくまで()()でしか無いけれどね」


 私の言葉に、アウレスが目を見開いて、こちらを凝視してくる。


「分体、だと......」


 ああ、そっか。彼も、魔王の正体については知らなかったっけ。なら、説明してあげないとね。


「過去に目撃され、そして彼らの手によって討たれた魔族を率いる者——魔王。それは確かに魔族の頂点ではあるけれど、あくまで配下を——眷属を率いる為、表で活動する分体でしかありません。その()()——魔王の本来の肉体はロクニの最奥、その遥か深くに眠っています」


 そこで私は、アウレスへと視線を向けた。


「分体を討った後、閣下達は見てしまった。そこから奥に続く地、その最奥に眠る、正真正銘の厄災。......後に姿を現す怪物と呼ばれる、災いと称される魔族達。——それら全てを合わせてもなお一線を画している、別格の存在を」


 ——そして、彼らの()()()()()心は、そこで折れてしまった。その怪物を討つ事が出来ないと、本能で悟ってしまったのだ。


 だからこそ、彼らは魔王の討伐に失敗したと、そう記録を残した。多大な犠牲を払って討伐した存在が、元凶では無いと知ってしまったから。そして討伐部隊の誰もが、その事実を口にすることは無かった。結果、魔王の討伐に失敗したという記録だけが、後世に残ったのだ。


「その後、誰も魔王の元に辿り着いた者はいません。災いの怪物たちが現れたことで、人類は魔王どころか、クシェナ大陸に足を踏み入れる事すら出来なくなってしまったから。この事実を知る人は、それを目にした者で今も生存している閣下だけ」


 ——あのゲームを経験したことのある、私を除いては。


 話を聞き終えたアウレスは、煙管を口から離しながら、大きく溜息をついた。


「......なるほど。確かに、それを知っているのならお前の話を妄想だとはとてもではないが言えないな。しかもアレが分体だと、俺でも知らない事すら把握しているみたいだ。——で、だ」


「——っ!?」


 そこまで口にしたところで、アウレスは私へと鋭い視線を向けてきた。途端に、見えない重圧が体に襲い掛かってきた。

 思わず喉が鳴り、冷や汗が背筋に流れるのを抑えられない。魔力を体外に放出している訳じゃない、魔法や言霊も使用していない。なのに、その身から放たれる威圧には物理的な重さを宿していた。これに比べたら、あのクソ教師の恫喝や皇妃達の言葉など、そよ風に等しい。


 ——世界最強。その名に嘘偽りが無いのだと、今の彼を目前にすればどんな馬鹿でも実感できるに違いない。


「なら、知っているはずだ。——あの存在が、どういうものなのかを」


「......ええ、もちろんです。何ならば、邂逅した閣下すら知らない情報も、私は握っています。閣下達と違い、生身で対峙してはいませんが、その恐ろしさは嫌というほどに」


 彼の重圧に耐えながら、私は言葉を返す。


 そう、私は知っている。その真体こそ、『滅びゆく世界の聖乙女』のグランド√、真なる終幕を迎えるために倒すべき、ラスボスだから。

 その力は、まさに別格。何度攻略に失敗し、再び挑んだか。他のボスですら乙女ゲームに出てくるようなレベルじゃなかったけど、こいつはそれらとも次元が違い過ぎた。そのあまりの強さに『クソゲー』と批判する人も少なくなかった。......まぁそれは、真体だけに限った話じゃなかったけど。


「......お前は、それを知っていながらなお、アレに挑もうというのか」


 私に問いかけてくるアウレスの表情は、今までにない程真剣で、鬼気迫っていた。下手な答えは許さないと、そう告げるように。


 ......確かに、普通ならあの怪物に挑むのは只の自殺行為としか思えないだろう。当時の英雄とも称される最高戦力達が——分体とはいえ魔族を率いていた者を討った彼らを以てしても、戦う事を諦めた怪物の中の怪物。それを討つなど、知る者からすれば夢のまた夢なのだから。


「......挑まねばならないのです」


 けど、私は知っている。何故、グランド√を攻略しなければ、ハッピーエンドとならないのかを。




「——そうしなければ、我々に未来は無いのですから」




 ————魔王真体の討伐こそが、唯一つの生き残る道だという事を。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ