魔塔の主
——アウレス・ナーゼ。
《滅びゆく世界の聖乙女》のプレイヤーで、その名を知らない者はいないだろう。本人に会う機会はほぼ存在しなくても、彼の名声と偉業は他に並ぶ者がいなかったのだから。
《魔塔》と呼ばれる、魔法を始めとする種族特性の研究・発展・保存を目的とした組織を創設した天才。
人とエルフの血を引き、どちらにも属さないハーフエルフと呼ばれる希少な人族。
二つの種族の才を余すことなく引き出し、数百年もの間、彼に並ぶ者無しと呼ばれる、至高。
——そして未だ存命し、諦めない唯一人の到達者。
ゲームでも、彼に会うのには骨が折れた。アウレスは既に現役を退き、魔塔に引きこもったまま。そんな彼に会うには、幾つもの条件が必要となる。レベルから始まり、多種多様のスキル、秘匿されている幾つものクエストの攻略などなど。しかもある時点——ゲームでの中盤を超えた時点で彼と会う事が出来なくなるので、その日時より前に条件を達成しないといけない。
そうしてようやく会う事が出来ても、彼に何かを教わることは出来ない。それどころか少し会話したら戦闘に突入し、その強さを否応なく味合わされることとなる。無論の事強敵であり、人族の敵エネミーの中では比類なき最強。それこそ、怪物クラスのボスキャラ達に次ぐ強さと言っても過言ではなかった。
その上、苦労して倒しても、得られるのは経験値だけ。アイテムやスキルは無し、会話を交わす場面はあるけど攻略の参考になるアドバイスは一切無し。経験値が他の敵とは桁違いに多いので無駄という訳ではないけど、あまり意味が無いだろうと彼の存在をサブコンテンツとして無視するプレイヤーも多かったとか。
......ところが、後に彼との戦闘で勝利していないと、真エンドに到達できないと判明。ストーリー的には彼との会話こそがラスボスを倒す為のピースの一つらしく、それを聞いていない者はどうやってもグランド√をクリアすることは出来ない仕様となっていた。
それが分かるのがよりにもよってラスボス戦になってからなので、他全ての条件を満たしていたのに中盤からやり直しの破目になった人も多かったらしい。幸い、私と妹は倒していたからそうはならなかったけど。
......まぁ、それ以外に満たさないといけない条件多すぎたから何回もリトライしたけどね。
それで、だ。......彼が魔塔から出てきたところなんて、私ゲームで一度も見たこと無いんだけど。なんで彼がよりにもよって帝城にいるの?彼が前線を退いたのは別に最近の話では無く、ゲーム開始時よりも百年は前の筈。どうやったってあの塔の最上階に引きこもって、仲間にすることは出来なかったというのに。
あまりの事態に混乱してしまうが、先程アンシラが言っていた事を思い出し、私は再び礼の姿勢を取った。
「閣下。このような姿勢で失礼致します。まずは、私を助けていただきありがとうございます。この程度で済んだのは、閣下の御力があってこそのものでしょう」
確かに、彼なら私の暴走状態を抑えることなど訳も無いに違いない。彼は鬼人の血を引いている訳では無いけど、魔塔の主ともなればあらゆる種族特性にも精通しているはず。闘気に関しても研究を重ねているだろうし、私の暴走に瞬時に対応できるのも頷ける。
当の本人は、そうは思っていないみたいだけど。
「あれくらい、別に大したことじゃない。熟練者なら出来る事柄だ」
......そう出来る人物がいて堪るか。思わずそんな言葉を口に仕掛けるけど、何とか呑み込む。彼の話しぶりからするに、本当にそう思っているのだろうけど、あの魔力の暴走をあんなにあっさりと収められる人物など、そうそういるわけが無い。
そんな私の考えを読んだのか、アウレスは軽く鼻を鳴らす。
「少なくとも蔵書室に一人はいるだろう、対処可能な奴が」
「......確かに、訳ないでしょうね」
彼の言葉に、私は思わず納得してしまう。確かに、あの人なら暴走を鎮める事くらい出来るよね。何だったら、彼よりも適任とさえいえるかも知れない。
......というか、目の前の彼にとって、熟練者とはそのレベルに達した者を言うのだろうか。私からすると、あの人やあなたは熟練者どころか最強格に類する存在なのだけど。......流石、強さの次元が違う。
そう内心で驚愕や呆れを抱いていたのだけど、そんな私を見ながらアウレスは口の端を上げる。ニッと笑うその顔は、何か面白いものを見つけたというかのように私をじっと見つめてくる。......顔の厳つさも相まって、ものすごく怖いけど。ほら、横に立っているアンシラもどこか不安げな表情をしているし。
「......ほう、これは驚いた。どうして、皇女とはいえ五歳でしかないお前が、あいつの正体を知っている?」
「っ!?」
......やらかした。確かに、彼女の正体を知る者は帝国内部でもそうは居ない。実力者である、と言うのはあそこに良く通っている者であれば知っているだろうけど、その正体を知らなければ魔力の暴走をあっさり抑える事ができると言いきれはしない。私のように、訳が無いと即座に言い切れるのは、彼女が何者か知っていなければ不可能だ。
さっき彼女の話を上げたのも、恐らくこの話を引き出すための罠。それにあっさり嵌ったという訳だ。
......という事は、恐らく。
「......アンシラ。閣下の分の椅子をもう一脚持ってきて。話の続きをするから」
「っ!?」
声を掛けられたアンシラは、目を見開いて私に視線を向けてきた。その眼を見れば、本当にいいのか、と言いたい事がありありと伝わってくる。
けど、仕方が無い。
「さっきから気にはなってたの。私があの場で倒れたのはともかく、閣下がいらしていて、その上この部屋の外で待っていたのなら、騒ぎにならないはずが無い。なのに、この部屋の外の喧騒が一切聞こえてこない事に。......張りましたね?」
アウレスに視線を向けてそう尋ねれば、彼は隠す素振りすら見せず頷いた。
「ああ、風の精霊による結界だ。侵入を許さないだけではなく、内部と外部の音の行き来を遮断する」
「......そして、結界の主は内部の音を自在に拾える。乙女の部屋を盗み聞きとは、あまり褒められたものでは無いのでは?」
——エルフ。優れた美貌、特徴的な尖った耳、他と比べてとても長い寿命、さらに膨大な魔力を有する人族。そして唯一、精霊と呼ばれる自然存在を認識し、会話を交わせる者達。
精霊とは、世界の調整者。その体は魔力で出来ており、あらゆる場所に存在し、場に宿るもの。生物と自然の狭間に属する、特殊な存在と言える。
エルフは唯一その精霊を認識し、会話を交わせる種族だ。たしかゲームの裏設定では、エルフ自体が精霊と人間の血が奇跡的に混ざり誕生した種族、となっていたっけ。
そして彼らは、精霊に魔力を捧げることで、彼らの力を借り受ける事が出来る。精霊の力は強大で、その力は純人が使う魔法などよりも遥かに優れている。そんな精霊と唯一言葉を交わせることこそ、エルフの種族特性である《言霊》。無論、そんな特殊な存在から力を借りるのには色々制限も多いのだけど、それはさておいて。
純人とエルフの血を引くアウレスは、ハーフエルフと呼ばれる希少な存在だ。そして、二つの種族特性である《魔法》と《言霊》の力を使いこなす、最高の魔法使いにして精霊使い。そんな彼であれば、誰にも感知されないように不可視の結界を張り、会話を盗み聞きすることは欠伸が出る程簡単な事だろう。
事実、彼は悪びれもせずに笑みを浮かべている。
「元々、お前の話はガイゼンから聞いていたからな。少し興味を持って見に行ってみればあの暴走だ。気にならない方が嘘になる。だろう?」
そうニヤリと笑う彼は、脅すネタを見つけた危険人物にしか見えない。彼の事を知っていながらも、その顔に思わず警戒を浮かべるアンシラに、大丈夫だからと軽く手を振る。
こんな風貌をしているけど、別に彼は悪人ではない。マフィアのボスの様に見えても悪事は働いていないし、人の話を盗み聞きしていても人の為に力を尽くしてきた者なのだから。
......自分で言っておきながら、少し不安になってきた。
内心湧き上がってくる疑念を何とか押し殺しながら、彼に席を進める。アウレスは先程までアンシラが座っていた椅子に腰かけ、こちらをじっと覗き込んでくる。アンシラはもう一つ持ってきた椅子を私のベッドに近い位置に置き、そこに座る。......明らかに警戒しているけど、大丈夫だから、きっと。
「......さて、話といくか」
場が整ったことを確認してから、アウレスが話し始める。顔に先程まで浮かんでいた笑みは薄れ、目つきは真剣そのもの。
「まず、お前が抱いているだろう疑問から話すとしようか。俺の正体を知っているお前は、こう思っただろう?何故、俺が帝国にいるのか、と」
「......ええ、その通りです」
そう、まずはそこだ。魔塔に引きこもっている彼がこうしてはるばる帝国に来るなんて、ゲームでの彼を知っている私からすれば前代未聞。あの塔を出てきたのだって、精々が最終決戦時くらい。しかも登場描写は一切なく、後日談で実は協力していましたよと、語られただけ。だから魔塔以外での姿を見たことが無くて、こうして話していることに違和感を抱いてしまう。
「帝国には、魔塔創設時に多額の資金援助をしてもらっていてな。その時の約定の一つに、皇族が十の齢を迎える際に面会し、俺が気に入れば弟子として取る、というものがある。まぁ俺は端から弟子を取るつもりは無いけどな」
......そういえば、攻略キャラの第二皇子が、魔塔で彼と会った際に久しぶりだとか言っていたような。一瞬で流された話だったから気にも留めていなかったけど、まさかそんな繋がりがあったとは。
それに、何で今ここに来ているのかもようやく分かった。
「そういえば、第一皇子殿下は今年で十歳でしたか」
アンシラの言う通り、皇妃様のお子、つまりは義理の兄は私の五つ上。つまり、今年がその面会の年という事みたい。......私からすればどうでもいいことだけど。ゲームでも大して活躍してなかった木っ端役な上、そもそも私を敵対視してくる奴など興味ないし。
「あんなクソガキの事なんざどうでもいい。本題は、ガイゼンから聞いたお前の話だ」
......帝国の次期皇帝最有力候補をクソガキとか、普通は言えたものじゃないのだけど、流石と言うべきか。お父様の名前を呼び捨てにするのも、彼だからこそ許される行為に他ならない。
そして、彼はそのお父様から、私の話を聞いたらしい。
「女神の神託、それも迫りくる滅びに関するお告げを聞いた者。神託というだけでも珍しいが、女神から世界の危機を告げられた子供なぞ聞いたことが無い。少し興味を持って見に行ってみれば、まさかの魔力の暴走。しかも暴走しながらも、それを抑えんとしていた。あの危険な状態で、しかもたかが五歳であんな事を出来る者などそうは居ない」
そう言うと、彼は微かな笑みを浮かべた。しかし、その目は一切笑ってない。静かながら、どこか獰猛さすら感じさせるその笑みに、思わず体が震える。
「そうして、結界で盗み聞きすれば、あの話だ。お前がただの皇女でない事、そして受けた神託にも秘密が隠されている。......悪いが、これを聞き逃すつもりはない」
どこまでも真剣な目つきを向けてくるアウレスは、静かにそう告げる。それも当然だろう。彼は主人公達に全面的に協力することは無かったけど、それでも誰よりも魔王討伐にその身を捧げてきた人なのだから。
すぐ近くに座るアンシラも、彼に似た目つきをしている。彼女も、いい加減話を聞きたいという事なのだろう。
「............ふぅ」
思わずため息を吐いてしまう。いい加減、話さねばならないらしいけど、どうしたら上手く話せたものか正直自身が無い。というか、どこまで信じて貰えるかが分からない。それだけ、荒唐無稽な内容だから。
けど、話さないわけにはいかない。アンシラに、共に背負わせて欲しいと言われ、それを受け入れたのだから、ここで逃げるのは違う。
......それに、もしかしたら。万に一つも無いかも知れないけど、これはかの最強を味方に出来る唯一の機会かも知れないのだ。この機会に、賭けるべきだろう。
「......分かりました。お話しましょう。私の身に何が起きたのか、そして、何を知っているのか。その全てを」
そうして私は語り始める。
——私の秘密と、この世界にいずれ訪れる、終末の御伽噺を。




