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緋色の枷

 ——それは、いつか見た光景。


 漆黒に覆われた帝都の外れ、光り弾ける鋼の火花、響く剣戟の音。


 一方は二人の青年。金髪の青年は直剣を油断なく構え、その金眼は静かに場を見据えている。その横に立つ灰髪の青年は獲物の双剣を降ろしてはいるが、その鋭い碧眼は相手を捉えて放さない。

 もう一方は女性一人。紺の髪を短く切り揃え、黒い外套を纏い短剣を構えている。


 相対する三名だが、しかし既に決着はついていた。


 青年達は傷を負ってはいるものの、血が滲む程度であり重症には程遠い。息を荒くしてはいても、余力を残していることは見て取れた。

 対して女性は全身傷だらけ、あちこちが真っ赤に染まっており、構える短剣は刃が欠け、立っている事すらやっと。


 それでも、青年達は未だ武器を収めることはしない。眼前の女性の乱れた髪から覗く瞳、それが宿す激情に一切の衰えを感じない為に。


 何事かを静かに語りかける青年、それに対して憎悪に震える声を零す女性。そして情動に突き動かされるように、再び短剣を構え直したその姿に、青年達の眼がより鋭くなる。


 ——その時、その場に乱入する第三者。青年達の背後より、新たに人影が現れる。

 一人は、耳の尖った少年。身の丈に迫る杖を構え、長いローブを纏っている。その身眼麗しさと若緑色の長髪も相まって、一見しただけでは女性と思う者がほとんどだろう。

 もう一人は、栗毛色の長髪を揺らす少女。美人ではあるが、横に立つ青年と比べるとどうしても見劣りしてしまい相違なる。——白銀に輝く、尊き光を宿した左目が、その印象を覆していたが。


 少女の発した言葉に、女性の体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。手から零れ落ち、地面に当たると同時に砕け散った短剣は、今の彼女の心境を表しているようにも見えた。

 既に戦意は無いと判断し、青年達は女性の身柄を拘束しようとする。だがその前に、何事かを呟いていた女性は口からどす黒い血を吹き出し、地に倒れ伏す。


 慌てて駆け寄る四人、中でもいの一番に駆け寄った少女の手から銀の燐光が零れだすが、女性の口から溢れる血に止まる様子は無い。

 命が消えゆく女性は微笑を浮かべ、天に向かって呟く。それはこの場にいる者達では無く、今は亡き彼女の主に向けての言葉。



『——姫様。今、そちらに参ります』





 

 目を開けば、上には見知った天蓋。まあ見知ったとは言っても、あの日にぶち壊してからの付き合いだけどね。


「よっ、痛たたっ......」


 体を起こそうとするけど、その瞬間に激痛が奔ったので断念。というか、体を動かさなくても結構痛い。これは、しばらく動かせないかもしれない。......この体の回復能力次第だけど。

 そこで、私はようやく思い出した。なんで私がこういう状態になっていたのかを。


 ......これは、本当にやらかしたなぁ。まさか、魔力を使おうとしただけでアレとは。


 本当に忘れていたのだけど、鬼人族は元来体内に有する魔力量が低い。純粋な肉体性能では人族最高なのだけど、反対に魔力に関する才能は薄いのだ。唯一属性を持たない種族だしね。

 そんな中、私は純人族でも最高血統である皇族の血を引いたせいか、人族でも中々いない程の魔力量を有している。とは言っても中々いないだけであり、もっと魔力を有している者だっていないわけでは無い。攻略キャラにも数人、主人公に至っては次元が違うレベルで差がある。他にも、強キャラの中には同程度ならチラホラいたと思うってくらいだろう。

 問題は、それは鬼人族にとっては異常な量という訳で。いくら半分は皇族とはいえ、流石にその魔力の運用に耐えられる体では無かったという事なんだろう。鬼人族がなんで魔力の才が無いのかとか、具体的なことは原作で語られてはいなかったからあくまで現状からの推測でしかないけどね。


 そりゃあ、魔法や闘気を使う描写がほぼ無かったわけだよ。こんな大惨事になるのだ、使いたいとは思わないだろうし周囲だって全力で止めるに決まってる。悲しい程に残念な魔法しか使えなかったのも、アレが暴走しないギリギリのラインだったって事なら納得が行く。とことん、二つの血が変に影響した結果って訳ね。


「......ったく、本当、ままならないわね」


 けど、今胸の内に宿るのは、自身の血への不満などでは無い。心を占めるのは、気絶する直前に見えた、見えてしまった、アンシラの表情。


 蔵書室で決意した、大事な人達を悲しませたくないと。口には出さなくても、自身に誓ったそれを、数日で破ってしまった。もう二度と、彼女のあの顔を見たくない、させたくないと思っていたのに。

 ......このままじゃ駄目だ、もっと強くならないといけない。けど、そうなる為には無茶を重ねないといけない。その過程で、再び大事な人達を悲しませてしまう。もう、そんな風になってほしくないのに。


「......どうしろって言うのよ」


 思わず零れ出た愚痴、それは自分に向けてのものだったのだけど。


「——内に抱える癖は、相も変わらずですか」


 それに答える声があった。はっとそちらに視線を向ければ、いつの間にかアンシラがそこに立っていた。手にはお盆を持ち、包帯を始めとした医療道具を乗せている。


「......アンシラ、いつの間に」


「つい先程です。姫様は、お気付きになられては無かったようですが」


 彼女は机にお盆を降ろすと、ベッドの横に置かれた椅子に腰かける。そしてそのまま、私をじっと見つめてくる。


「「............」」


 重い空気が周囲に漂い、部屋が沈黙に包まれる。口を開こうとするのだけど、何故か喉が渇いて音が出てこない。アンシラも、何も言わずに私を見つめるのみ。相変わらずの鉄面皮からは、何を考えているかは読み取れない。


「......ごめんなさい」


 それでも、まずこれだけは告げなくてはいけない。彼女に散々心配かけた事に、間違いは無いのだから。あれだけの無茶をして、これだけの事態になってしまったのだ。いくらでも叱責は受け入れるつもり、だったのだけど。


「......それは、無茶をしたことに対してですか?それとも、——本当の事を話していない事に対してでしょうか?」


 予想外の方向から放たれた言葉に、思わず目を見開く。アンシラはそんな私に対し、呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。


「まさか、気付かないとでも思いましたか?どれだけ姫様の傍でお仕えしてきたと思っているのですか。姫様が語った〈神託〉があれだけではない事にも、察しはついています。——姫様自身が、同じでありながら別である事にも」


「っ!?」


 息が止まるかと思った。今の言葉は、暗に告げていたから。——私が、以前のフィアとはそもそも別人である、という事を。


 思わず、顔を背けてしまう。アンシラの方を、向くことが出来なかった。


 ......気付かれているのは、当然の話。だって、彼女は私の最も近い場所にいた人なのだから。そして、覚語は決めていた筈。いつかは、全てを話さなくては行けなくなる日が来ることも。

 けどいざそうなると、何も言えなくなってしまう。私自身は、記憶が戻ろうとも自分がフィアであると認識している。けど他の人がそう思うとは限らない。そして私にとって一番身近にいた、最も信頼している人物であるアンシラから自分はフィアでは無い、もしそう言われてしまったら。そんな考えが頭を過ぎり、無意識の内に体が震えていた。


「......()()()も、そんな風に体を震わせていましたね」


 最初は、何を言われているか分からなかった。けど、すぐに気付く。それが数日前——あの蔵書室での出来事だと。


「確かに、初めは疑っておりました。あまりに違う姫様の様子。いくら神託を受けたとはいえ、異常とすら思える変わり様。......中身が入れ替わってしまったのでは、そんな考えが頭を過ぎる事もありました」


 ですが、と彼女は続けた。


「あの腐れ元講師は今でも殺したいほど悍ましいクソ女ではありますが、そのおかげで気付くことが出来ました。......雌豚の聞くに堪えない汚濁に震える貴方は、紛れもなく姫様なのだと」


 その言葉に、何よりも嬉しい、信じられない言葉に、いつしか体の震えは収まっていた。恐る恐る顔を上げれば、アンシラは鉄面皮に微かな笑みを浮かべ、私に柔らかな眼差しを向けていた。

 ......直後、それは忌々し気な気配へと変わったけど。


「......ですが、感謝は一切ありません。仮にあの愚者にまみえる事があるなら、今までの不敬を百倍にして返してやりますとも。ああ、城を追い出される前にやっておくべきでしたか。安心ください、あのクズ女狐に反撃させる機は与えず、万全に為しますので」


「落ち着きなさい、こら」


 ステイステイ、背後に浮かぶ般若は仕舞って。私もそれには同意見なのだけど、すぐ横にそれ以上に憤る人がいると冷静になれるみたい。

 必死に宥めて、あんな奴の事は考えるだけ時間の無駄だと伝えれば、ようやくアンシラは落ち着いてくれた。......まさか、私が抑える側になるとは。

 そしてようやく落ち着いたアンシラは、静かに口を開いた。


「......そして、姫様がそれを口に為さらない理由にも、見当がついています。それが今まで語ってくださった〈神託〉とは比べ物にならないくらい信じられない話であることに。——そして、姫様はそれを語るつもりは無く、自身でそれをどうにかしようとしている事にも」


「......それは」


 反論できなかった。まさに、彼女の言う通り。私が知るゲームの情報、それは最悪なものばかり。世界が滅びる()()、それまでに残された()()、防ぐためにしなければならない事。どれ一つ取っても、今まで話した内容より遥かに信じたくないものであり、語ったところで妄想としか思われない。

 だからこそ、語れないならば自分でどうにかするしかない、そう考えていた。


 そしてもう一つ。私は自身の死因については話していない。予期せぬ死を迎える事を伝えてはいても、多分それは滅びを迎えたからだと思っているに違いない。実際はそれが毒によるものである事、そしてゲームでは避けられない結末であったことも。


 こうして問われても、私は未だに語る踏ん切りがつかなかった。黙りこくる私に対し、しばらく無言で見つめていたアンシラだったが、突如立ち上がると床に片膝をつく。


「......アンシラ?」


 突然の行動に戸惑っていたのだけど、顔を上げた彼女の表情に思わず言葉を失った。覚悟を決めたのだと、ありありと伝わってくる顔をしていたから。


『——我が血を捧ぐ。我が忠誠を誓う。我が魂を預ける』


「っ!?アンシラっ!?」


 直後彼女の口から告げられた言葉に、痛みを忘れて立ち上がりかける。何故ならそれは、()()()()()。しかもそれを私はゲームで聞いた事があった。()()()()()が使う、特殊な魔法であると。


 ああ、そうだった!なんで忘れていた、私!彼女はその一族の出じゃないの!

 慌てて魔法の行使を止めようとするけれど、もう遅かった。


『——我が鎖は、主の御手に』


 その言葉と共に、宙にあるものが出現する。それは、血のような——命を宿したかのような、真紅の鎖。一方の端には輪型の持ち手が、もう片方には枷が付いている。そして持ち手が私の手に、枷がアンシラの首と重なると、一度激しい光を放った。

 光は一瞬で消え、奪われた視界はすぐに元に戻る。鎖はその姿を消してはいるが、何も変化していないわけでは無い。私の右手首には鎖のような紅い文様が巻き付いており、アンシラの首にも同じ色の枷のようなものが刻まれている。


「——緋色の枷」


 私がその魔法の名を告げれば、アンシラは目を見開く。


「先程の反応から若しやとは思っていましたが、この魔法すらご存じでしたか。やはり、ただ〈神託〉を受けられたわけでは無いのですね」


 そう話す彼女は普段と変わらないけれど、私はとてもじゃないが冷静ではいられなかった。


「どういうつもりっ!?この魔法の()()、あなたが知らないわけは無いでしょうっ!?」


 いや、分かっている。彼女が知った上で、この魔法を使ったことは。


 ——ヴァクラ帝国皇族の守護者、絶対的な忠誠を誓う一族・ミトゥス。彼らが代々有する特殊属性、〈鎖〉。拘束などを得意とする属性だが、もう一つ〈契約〉という特徴を持つ。自身と他者を縛る、契りという名の鎖を扱うのだ。


 その中で最も重いとされる魔法、それこそ今アンシラが使った〈緋色の鎖〉。その効果は自身が主人と定めたものへと文字通り全てを捧げる、()()()()()()()()()()()。自らを枷で縛り、鎖を握る主はその生殺与奪の権利すら握る事となる。魔法そのものは枷に縛られる者の意志一つで発動可能な上、一度発動すれば解除は不可能。まさに〈忠義〉の証であり、ミトゥスの者が皇族から絶対的な信頼を得ている証そのもの。


 だけどその魔法の効果ゆえに、この魔法は易々と使用することを禁じられている。少なくても、皇帝であるお父様の許可が無ければいけないはず。

 それを、アンシラはこの場で使ったのだ。自らの全てを、私へと捧げる魔法を。私からすれば、困惑どころか驚愕ものでしかない。

 だが、彼女は私の慌てようにも冷静なまま。


「......元より、陛下から許可は得ています。姫様にお仕えすることになった日より、その時が来たなら使っても構わない、と」


「えっ......」


 まさかの言葉に、二の句が継げない。彼女が私に仕え始めたのは、数年前の事。つまり、私が記憶を取り戻す前から生涯を捧げる覚悟をしていたことになる。


 ......そうだ、気にはなっていた。ゲームでの情報で、アンシラがミトゥスの生まれだとは知っていた。だからこそ戦いに心得があったのだと、説明もあったから。だけど、そもそも何で彼女が私に仕える事になったのか、はっきりとした理由が語られたことは無かった。攻略キャラの第二皇子ですら、ゲーム中盤までミトゥスの者は仕えていなかったというのに。

 それに思い返せば、ゲームでは彼女の首に枷の文様は無かった。つまり、こうなった今だからこそ、アンシラはこの魔法を使ったという事になる。


 ——もしかして、何か大きな理由があるのかもしれない。彼女が、私に仕えることになったのには。


 私の内なる疑問を肯定するように、彼女は首肯した。そして、次の言葉に私は衝撃を受ける事となる。


「私が姫様に仕える事となった理由。それは、私も〈神託〉を授かったからに他なりません」



 ————姫様が()()()()()()()、という神託を。


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