それが蝋の翼であろうとも
こうしてしばらく時間を掛けて、一通りの確認を終えた私とアンシラ。前世での体力測定を基準に色々試したのだけど、その結果がこちら。
立ち幅跳び——約七メートル。
走り幅跳び——約三十メートル。
持久走——五十メートルでの速さを維持しながら約十分走って息切れ無し。
他にも懸垂や投擲、腹筋や反復横跳びなど色々試した結果、結論。
——化け物過ぎるでしょ、この体。
分かってはいたことだけど、改めて鬼人族の異常性を思い知ることとなった。流石、身体能力最強種族。近接戦では他の種族より頭一つ越えているというのは、嘘でもなんでもないらしい。
五歳児にして、前世の世界記録超えばかりとか、ヤバすぎる。いや走り幅跳びとかは、足の速さと体の軽さとかが重なって、異様に伸びたどころかもはや滑空したけど。というか少し速さを落としたうえでアレなのだから、全力でやったらどうなるか、少し怖いくらいだ。
加えて、この体は頑丈性においても異常。さっきの走り幅跳びとか、実は砂じゃなくて硬い地面でやった。なのに、体には痛み一つない。その上、これだけ動いても息切れは無し、精々少し汗を掻いたくらいで収まっている辺り、持久力も桁違いみたい。
ちなみに、周囲の者達はもはや自分達の鍛錬はどこに行ったのか、完全に動きを止めて私の方を見ている始末。それに加え、関係無い者達まで私を見るためにゾロゾロやってきている。私が皇族だからなのと、アンシラが時折睨みを利かせてくれているお陰で寄ってくることはないけれど、正直鬱陶しい。まあ、もう諦めて無視している。
......だけど、こうして確かめたことで、ある違和感を抱いた。それは、私が倒れた原因。これだけのスペックを秘めた肉体が、あの程度で風邪をあそこまでこじらせるものだろうか?いや、実際にそうなったのだけど、どうにもあれだけで体調を崩しそうな気配すら無いんだけど、ううん......?
「姫様、次はどう為されますか?」
考えに没頭しかける私だったが、アンシラに声を掛けられたことで引き戻される。
さて、一通り確かめた訳だけど、次は何をするか考えてなかった。ここで止めてもいいのだけど、折角だしもう少し試したいところなのだけど......。
と、ここで私はまだやっていない事を思い出した。
「アンシラ、模擬戦用の武器、一通り持ってきてくれる?ああ、出来れば木製じゃなくて刃を潰した物で。木製じゃあ、重さが足りなそうだし」
「......畏まりました」
そう、折角なら武器を使ってみよう。前世では武器を使う事なんてなかったから、どのような物が向いているかは分からないから試してみた方がいいし。
アンシラは心配そうにしながらも、武器を取りに向かう。周囲の者達はそれによってまた騒めき始めるけど、知ったことでは無い。元より私は戦う事を決めているのだから、今の内に色々試してみるのは悪いことでは無いだろう。無論武術なんかを使える訳では無いから、あくまでお試しでしか無いけれど。
少しして、アンシラが色々な種類の武器を持ってきてくれる。片手剣、槍、細剣、短剣など種類は様々。一見すると私の背丈では持つのさえやっとに見える大剣に加え、盾や弓なんかもある。
さてと、まずはスタンダードに片手剣かな。アンシラから渡された剣を右手に持ち、軽く振るう。......何か、不安しかないのだけど。武器を握りつぶさないように加減して握っている事と、武器が軽く感じすぎる事が相まって、子供が振るうには大きいはずの剣でもどこか頼りない。
試しに、鍛錬場の一角にある的で試すことにする。兵士達の鍛錬に主に使われることもあり、そういう設備はしっかり整っている。いわゆる木人という奴で、それが幾つも並べられている。
ちなみに先程までそこに居た兵士たちは武器を試し始めた時点で予測していたのか、既に場所を空けてくれていた。......気を使わせてしまって申し訳ない。けど、助かります。
片手剣を構え、木人の正面に立つ。いくら身体能力が優れていたとしても、武の経験は素人なので、構えは適当。フーッと息を吐き、少し力を込めて両手で構えた剣を握りしめ、勢いよく振り下ろす。
——ドガァッン!!
そんな轟音と共に、木人が砕け散る。......私が握っていた、片手剣諸共。
「姫様っ!?」
破砕した欠片が飛び散った光景に、アンシラが叫ぶ。至近距離でのこれだ、心配するのも当然だろう。周囲の者達からも幾つも悲鳴が上がり、医者を呼べという声すら上がっていた。
「......大丈夫よ」
けど、私だってこうなることくらい予測している。散々試したのだ、ロクな事にならないのは目に見えていた。なので、破砕を確認した時点で、後ろへと全力でバックステップ。破片を喰らう前に、圏外へと退避したのだ。
私の無事を確認したアンシラは、一瞬で駆け寄ってきて傷がないかどうかを念入りに確認する。避けたとは言え、心配するのは当然なので、大人しくする。......やらかした自覚はあるし。
しばらくして本当に傷を負ってない事を確認し終えると、アンシラはようやく離れてくれた。その様子を見ていた者達も、無事を確認したことでようやく鎮まり始めた。
「......姫様」
「分かってる、流石にやり過ぎたわ。もう木人は使わないわよ」
アンシラからのジト目から顔を反らしながら、流石にやり過ぎたと反省する。うん、もう少し加減するべきでしたね、絶対に。心配を掛けた周囲に対しても、謝罪を込めて頭を下げる。勝手に見ているのは向こうなのだけど、今回ばかりは私が悪いからね。
そうした後、改めて私は破砕した木人へと視線を向けた。上半分は雷が落ちたかのように荒々しく裂けており、そこに私が振った片手剣の刀身が、バキバキに割れた状態で突き刺さっている。周囲には木片が飛び散り、まるで内側から爆発したようにすら見える。手に握っていた剣の柄は、絞った雑巾の様にギュッとなって、元の面影は全くない。
......うん、やらかしました。いくら何でも、これは無い。
けど、これで分かったこともある。やっぱり、私が武器を扱うには相当頑丈かつ重さが無いといけない事。そして身体能力は怪物でも、現時点で私には剣術の才能はそこまで無いらしい。もし才能があったなら、木人を破砕させずに斬れていただろうからね。
となると、向いているのは重量級の武器かな。アンシラが持ってきてくれた武器の中から、私の背丈を超える大きさの大剣に手を掛ける。それを見た観客達は一斉にざわつき、全員がばっと後ろに下がった。......いや、もう木人は使わないからね?
流石に重量はあるけれど、それでも片手で四十キロの鉄アレイを持ち上げる私からすれば軽く感じる。大きさが大きさなので、持った感じはまた違うものだけど。それでも片手剣より扱いやすく感じる辺り、こういった重量級の武器の方が私の性に合うみたい。何だったら、片手で振るう事すら出来る。身長より遥かに大きいというのに、体がもっていかれる事も無い。うん、しっくりくるね、これ。
......なんというか、変な風に方向性が定まってきた気がする。力任せに巨大な武器を振り回す、狂戦士的な方向に。......ある意味鬼人族らしい知れないけど、皇族の姫として、何より乙女としていいのだろうか、これは?
......とりあえず、保留で。もしかしたら、私が使える性能を持つ片手剣とかに出会えれば、また違うかもしれないし。......そうだと、良いけどなぁ。
「......今日は、これくらいにしておきましょうか」
本当はもう少し色々と出来れば良かったのだけど、さっきの木人の件もあったし、ここらで切り上げる事にする。アンシラも、無言ながらそうですよね、って頷いてるし。
撤収することになり、アンシラが色々片付けている最中、少し手持無沙汰になる。何か出来ることは無いか、そう考えている時にふとあることを思い出した。
「......そういえば、鬼人族ならアレが使えたっけ」
それは、鬼人族の種族特性。最も優れた身体能力を持つ彼ら、その戦闘力をさらに引き上げる力。
——闘気。
魔力を体内に巡らせることで、身体能力を上昇させることが出来る力。他の種族——例えば純人族なら魔法によって強化を施さなければいけないのだが、鬼人族はただ魔力を巡らせるだけで良い上に、その強化効率も非常に高いもの。
ただしその反面、鬼人族は人族の中で唯一属性に関する適性を持たない。ただ肉体を強化し、敵へと突撃する。つまりは近接特化種族という訳だ。
この闘気に関して、フィアが使っている様子は原作では一度も無い。複数の種族の血を引く者なら、両方の血筋の特性を使えるはずなので、使えないという訳ではないはずなのだけどね。純人族の属性である魔法に関しては僅かに使っている描写もあったけど、知っての通り残念過ぎるものだったからね。
......私って、闘気の才能はあるのだろうか?身体能力からすると、私は鬼人族の血が濃いように思える。なら、闘気だって使えるんじゃないだろうか。もし使えるなら、これは大きな切り札になる。
一度気になり始めると、使ってみたくなる好奇心は抑えられないもの。とはいえ魔力に関しては今まで一度も使ったことが無いから、どうしても心配なのだけど。......少しくらいなら、大丈夫かな?
目を閉じ、体の内へと意識を集中する。奥へと潜るようにしながら、眠っている魔力を探る。
やがて、体内に今まで感じたことの無い何かを見つける。内に熱を孕んだ、何かの塊。恐らくこれが魔力なのだろう。私はそれに、慎重に意識を向ける。念には念を、少しでいいから、それを扱えればいい。
——ただ、私はあることを失念していた。鬼人族のもう一つの特徴、彼らが総じて魔力量が少ないという事を。
そしてフィアという存在が皇族の血を引いており——その魔力量は鬼人族とは思えない程異常な量を内包するという事を。それ故に、魔力の制御を苦手としていたことを。
その熱に触れた瞬間、マズいと理解した。これは、今の私の手に負える代物ではないと。
だが——遅かった。
途端に、熱が——魔力が溢れ出す。全身を駆け巡り、満ち、なお足りず吹き荒れだした。
「ガッ、アアアアアアッ!?」
一瞬にして、頑丈なはずの皮膚が裂け、全身に激痛が走る。血が飛び散り、体中が鮮血で真紅に染まる。
「——姫様っ!?」
異常事態に気付いたアンシラから甲高い声が迸る。一瞬にして血で染まった私に、見ていた者達から悲鳴と怒号が上がる。
だが、私はそれに意識を向ける余裕は一切ない。体内で荒れ狂う魔力へと、全神経を注いでいたから。そうしなければ、いつ全身が砕け散ってもおかしくない、そうとすら感じていた。
......ああ、本当にやらかした。知らず知らずのうちに、調子に乗っていたか。眼鏡のお陰で問題が一つ解決したことで、気が抜けていたのか。あるいは、類まれなる身体能力に酔っていたか。
——いや、それだけじゃないか。一番はきっと、焦りなのだろう。こんな絶望的な世界に転生し、それを覆さないといけない。その為に一刻も早く力をつけようとして、まだ扱えないものにすら、手を伸ばそうとした。
これは、その代償なのだろうか。とある神話で、天に近づきすぎて融け堕ちた蝋翼の様に。過ぎた領域に手を伸ばした、罰なのかもしれない。
——だからといって、それは諦める理由にはならない。
「グッ、オオオオオオッ!!」
嵐の如く暴れる魔力を、何とか押さえつけようとする。激痛に侵されながら、視界が真っ赤に染まりながら、それでも意識は手放さない。
この程度で、二度目の生を諦めるものか。これくらい乗り越えなければ、魔王など到底倒せるわけが無い。滅びを覆せるわけが無い。力を振り絞れ、魂を燃やせ。
——限界を、超えてみせる。
駆け巡る魔力を、徐々に押さえつけていく。体の奥底へと、ゆっくりゆっくりと。少しずつ、気を一切抜かず、確実に。
激痛に意識が途切れそうになるけど、必死に保つ。あまりの出血量に手足から感覚が消え始めるが、そんなの気にしない。今はただ、この熱を鎮める事にだけ集中する。
やがて、徐々に暴走が収まっていく。熱が内へと戻り始め、出血も少しずつ勢いが無くなっていく。激痛は、一切減じないけれど。
そうして何とか魔力を抑えていたのだけど、遂に限界が来た。体の力が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。意識を保つのもやっとで、いつ途切れてもおかしくはない。視界は赤で染まり何も見えず、音は捉えられず、手足の感覚は失われていた。
「ま、だ......」
それでも、最期の力を振り絞ろうとした——その時。
「——全く、無茶をする、小娘が」
音の無い世界に、声が響いた。どこか聞き覚えのある、少ししわがれた声。
次の瞬間、体が一気に軽くなる。溢れようとしていた熱が一気に凪ぎ、静まり返る。赤く染まっていた視界に、他の色が戻り始める。
何が起きたのか、確認しようとするが、とうに限界を迎えていた私にはそれすら出来なかった。
体が重力に引っ張られるままに崩れ落ち、意識が暗転する。
最後に見えたのは、私を抱きかかえるアンシラ——その彼女に、二度とさせたくないと思っていた、泣きはらした顔だった。
——ああ、私の、大馬鹿野郎が。




