残念皇女の、素敵な身体能力
蔵書室での調べ物——からの騒動が起きてから数日後。
私は、アンシラと共に城の鍛錬場——屋内にある施設に来ていた。広さを考えると外の方が良かったんだけど、今は冬真っただ中。流石に寒いし、この前の雪だってまだ残ってるから仕方ない。それに数日前まで風邪で寝込んでいた私が外に出るのは、アンシラが黙っていなかった。鬼人の体なら大丈夫、と言いたいところだけど、風邪を引いている以上何も言い返せない。
いくら鬼人族、しかも将来的には最強スペックの肉体(ゲーム情報)になるとはいえ、まだ五歳なのに変わりは無い。普通の子供よりは頑健だろうけど、それでも雪で服がずぶ濡れになるまで何時間も遊び倒せば、風邪を引いても当然の事。
後は、寒さに慣れていなかったのもあるだろう。私は生まれてこの方ずっと城育ち。冬の時期どころか夏でも外に出るのはほとんど無く、城内に籠っていた生粋の箱入り娘だ。出ても、精々が中庭くらいかな。
そんな記憶が戻る前の私にとって、初めて見る雪はそれだけ衝撃的だった。生まれて数年、帝都で積もる程に雪が降ったことは無かったから。......その結果、風邪を引いたのだけど。ああでも、そのおかげで記憶がこうして戻ってのだから、良かったと言ってもいいのかも。こういうのなんていうんだっけ、えっと......。
「......塞翁が馬?」
「姫様、どうかいたしましたか?」
「いいえ、何でも無いわ」
危ない危ない、つい前世のことわざを口にしていた。こっちでは無い言い回しだし、こういうところも気を付けないと。......早々にボロが出そうだけど。
それはさておき。私が鍛錬場に来たのは、自分の身体能力がどれほどのものか確かめる為だ。ハサミの一件もあったし本当は早めに確かめたかったんだけど、アンシラの許しが中々出なかったから。
そういう訳で鍛錬場に来た私の恰好は、普段とは違う物。飾りの無い、黒を基調とした少しピッチリとした服。前世での唐装、と言えば分かりやすいかな。ちなみに、帝国の文化——服装や建築等は基本そっち、というかオリエンタル風に近い。まあ西洋風な感じもところどころ混ざっているけれど。
普段来ているドレスもその系統で、自分で言うのもなんだけど鬼人の血を引く私には合っていると思う。
......アンシラを始めとした侍女達の服がもろメイド服なのには違和感があるけど。いや、細かい意匠なんかは中華風だから、合わないわけじゃないけど。......ゲーム的視線からすると色々詰め込んだというか、開発の趣味が盛り込まれたようにしか見えない。大陸東の国だから、みたいな。
現実だと、どういった経緯でこういう文化になったのか地味に気になる。今後機会があったら調べてみようかな。いや、ベニタス辺りだったら意外と知ってるかもしれないし、聞いてみるのもありか。
ともかく、今日の目的は私の身体能力と、それを今時点でどれだけ扱えるのかの確認。
っとその前に準備運動をしないと。この体がいくら頑丈とは言っても、念には念を入れないとね。ぐいーっと。
「......姫様」
呼ばれたので準備運動をしたまま顔を横に向ければ、アンシラは少し鋭い視線をこちらに向けてきた。私の行動に何か思うところがあるんだろうけど、相変わらずの鉄面皮からは感情があまり読み取れない。
「ん、どうしたの?」
「......いえ、まだ病み上がりですのであまり無理は為さらないように」
「ええ、分かってるわ」
ああ、なるほど。今回はどうやら純粋に心配されていたみたい。一週間も寝込んだ上に、起きてからもまだそんなに日は経ってない。それに加えて例の女神の神託(偽)の件に、レモラの騒動。色々と立て続いているし心配するのも当然だろう。
......けど、時間が無い。魔族の動きがどうなるかなんて、ゲームを知っていたとしても分かるものじゃない。そもそも今の私の存在そのものが、何よりの異常。そしてそれが私だけだと、果たして言い切れるのか。ヒロインや攻略キャラを始めとした重要な人物達に、同じようなことが起きてないとは限らない。
そして、それは魔族だってそう。最悪、魔族がたった今攻めてくるのだってあり得ない話じゃない。むろん人族がそう簡単に敗れる訳じゃないし、タイムリミットの予兆もまだ無い。けど、その平和がいつまでも続くなんていうのは幻想でしかない。——あの日、私が命を落としたように。
そういう訳で、時間は有限。やるべきことは早めに済ませるに限る。
まずは準備運動。子供の体だけあって、体の柔軟さは優れたもの。足が軽々真上まで上がる。前世ではどちらかと言うと体が硬い方だったので、こうして足がらくらく上がるのは何だか気分がいい。
しばらく体を解しながら、動きに支障が無いかを確認する。今のところ、特に体が痛かったりすることは無い。これなら、問題は無いかな。
......それ以外だと、問題はあるのだけど。いや私自身という訳では無く、その周囲。鍛錬場は別に皇族だけが使う場所ではない。なので、ここを使う兵士や騎士なんかも当然いる訳で、そんな彼らからこっちへと向けられる視線が凄い。幸い寄ってくることは無いんだけど、彼ら自身の鍛錬を止めてまで見てくるからなんだが居心地が悪い。
いや、そんなの気にしない気にしない。視線ならここ数日で散々向けられてきたのだ、もう慣れたもの。何なら蔵書室の一件も加わって、視線だけじゃなくて噂まで色々立ち始めているくらい。廊下を歩いたら聞こえてくるヒソヒソ声に比べたら、視線など大したこと無い無い。............嫌な慣れだなぁ。
内心辟易しながらも、手は止めない。これからの事を考えたら、一々周囲を気にしていても意味が無い。なにせ、私の最終目標は魔王討伐。その為に色々やらかすつもりの以上、これくらいの事で影響を受けている場合じゃないのだから。
準備運動を済ませたら、いよいよ本格的に確認を始めよう。
まずは筋力や握力からいこうかな。ハサミを曲げた一件から、ここ数日で力の加減は制御出来ているはずだし。......全力がどうなるか試していないから、怖いけど。
「アンシラ、何か......」
「こちらに」
物を用意して貰おうとアンシラに頼もうとしたら、既に幾つかの物が地面に並べられていた。......いつの間に、とか気にしてはいけない。だってアンシラだし。
その内の一つ、鉄アレイみたいな物の一つを片手で掴み、そっと持ち上げる。うん、これぐらいなら大したこと無いかな。体が引っ張られる感じも無いし、特に苦労は無い。ぱっと見だと重量は分からないけど、どれくらいだろうこれ?
「アンシラ、これどれくらいの重さかしら」
「......約四十キロになります」
......ちょっと待て。今なんて言ったの?四、十?
そーっと重りを裏返せば、確かに四十と数字が刻まれている。何度も目を擦るけど、現実は変わらない。
......確か、五歳児の体重って、二十キロも行かないよね。なんで自分の体重の倍以上の物を易々持ち上げられてるの、私。筋力もそうだけど、体幹も異常でしょ。だって体、全くフラフラしないもの。いや、他にも色々おかしいか。どう考えても、物理法則無視しているようにしか見えない。
ほら、周りの兵士達もアンシラの言葉に呆然としているし。っておい、人を呼ぶな観客を増やすな!?ますますやりづらくなるじゃない!?
『メキョッ』
そんな時、変な音が手元から聞こえた。何だろうと視線を向けると、握っていた鉄アレイが、拳を中心に九十度ぐらい曲がっていた。金属の塊が、まるで初めからそう歪んでいたかのように。
......やらかした。完全に無意識で、力を入れてしまった。恐る恐る地面に置くと、持ち手の部分に私の指痕がくっきりと残っていた。......これ、もう使えないわね。
「......姫様。念の為に申しておきますが、物品の破壊行為は出来るだけお控えください」
「......ワザとじゃないのよ」
アンシラの呆れを含んだ視線と言葉に、目を横に逸らしながらそう答える事しか出来なかった。うん、完全にやらかしたもの、言い訳の仕様が無い。周囲も異様な光景に黙り込んでしまい、静まり返ってしまっているし。しかも、どんどん人が増えてきてる始末。
......ええい、気を取り直して次!周囲はもう無視!ここで止めるのも嫌だし、もう開き直ってやるしかない!
改めて、残骸と化した鉄アレイに目を向ける。これを見る限り、私の筋力や握力、それに体幹なんかは子供の範疇をとうに超えていることは間違いない。これから齢を重ねていけば、もっと伸びるに違いない。流石は、公式が認めたチート身体能力(設定)。加えて、持ち手は裂けている部分もあるのに手には掠り傷一つないので、皮膚の強度も相当なものだと推測できる。鬼人族、恐るべし。
だけど、これである問題が一つ発覚。......私、使える武器あるかな?余程頑丈じゃないと、まともに扱えない事になるんだけど。全力を振るっても耐えられる物なんて、そうそう思い浮かばないのだけど。
......いや、きっと何とかなる!同じ鬼人族だって武器を使うのだから、それに耐えられる物があるはず。......気になるのは、鬼人族の平均が分からない事なのだけど。公式によるチート認定のせいで、ハーフでありながら鬼人族の基準に収まっているのかが分からないという不安が。......大丈夫、だよね?
不安を抱えつつも、とりあえずそれは置いておくとして次の項目へ。全力を確かめるのは、怖いから後回しに。無意識で力を入れてアレなのだ。ここにある物じゃ、どれもこれも壊してしまいそうだし。
体も温まってきたので、次は走力にしよう。アンシラに大体五十メートルほどで線を引いて貰い、大体の速さを測る。正確に測る道具は無いから、おおよそだけど。
線に足を合わせ、アンシラの準備が整うのを待つ。
「......じゃあ、行くわよ」
そう声を掛け、私は思いっきり地面を蹴る。途端に、前世でも感じたことの無い加速を受け、体が勢いよく飛び出した。って速い速いっ!?慣れない速さに少し恐怖しつつ、ここは勢いで行くしかないと、そのまま足を走らせる。
あっという間に五十メートルの距離を走り切り、アンシラの横を通り過ぎる。上手く停止出来るか不安だったのだけど、流石の身体能力。線を越えてすぐの場所に、狙ったように停止出来た。急減速だったというのに、体への負担も一切無し。
振り返り、アンシラへと顔を向ければ、すぐに答えは返ってきた。
「......大体三秒ほどかと」
はい、前世の世界記録超えです、おめでとうございます。......やばいなぁ、この体。これ、フィアの性格やら目の悪さやらの諸々が無かったら、絶対に魔王討伐の最前線で活躍出来たでしょ。プレイアブルキャラ内の物理最強枠、間違いなし。五歳児でこれなんだから、後十年あればどうなるのやら、期待できるやら怖いやら。
けど、これは嬉しいことに間違いない。このまま鍛えていけば、私だって魔王討伐に役立てるようになる可能性は十分にあるだろう。後は、この原石を腐らせないように鍛錬を重ねないとね。
......反対に、魔法は心配しかないのだけど。身体能力の方はドジによる城の破壊行為があったから、悪い印象ながらも優れているのが分かっていたけど、魔法はその兆しすら無かったからなぁ......。
っと、今は魔法の事は置いておこう。まだ確かめる項目は色々ある、どんどんと進めていかないとね。




