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 王の突飛な命令から自国のクスイ国を出発したのが1ヶ月程前。


 賭博の国と呼ばれるクスイの王城で文官として働いているクーデノム=ガディと彼の親友である武官の近衛士、マキセ=トランタは、剣術の国ルクウートに来ていた。


 文官長の傍で外交に携わる政務や、国に上がってくる各地の問題点などを処理していたクーデノムに、遊学として各国を見て勉強して来いという命令だ。


 確かに他国を知識だけで知るのと見識で捉えるのとは感じ方も変わるだろう。


 大事だというのは分かるが、あの王のことだ。


 何か別の意図も含まれているに違いないと勘ぐってしまう。


 それでも決定は決定。


 準備をしてクスイ国を出た二人は、北西に位置する剣術の国ルクウートへと向かった。


 国の特性としては名前の通り、剣術が盛んで国立の剣術学校が設立されていて、各国からの留学生も多い。


 剣鍛冶など武器や防具の制作などの技術も集まり、国としての繁栄している。


 ルクウートでは年に一度、剣術の祭典が催される。


 そのメインイベントが世界中から集まってくる強者が参加する剣術試合。


 別に決められた行き先などないに等しい旅。


 時期が合うなら見物しようと足を運んでやって来たのだ。


 王都の会場近くは多くの者でにぎわっている。


 各国からの見物客と参加者、それを見越しての多くの露店が立ち並び行き交う人々の表情も明るい。


 午前は学生の部。午後は一般の部。


 試合は誰でも登録料を払えば参加できるらしく、勝てば賞金も付くという。


「マキセ、出場してみれば?」


「どうしようかなぁ…」


「私の護衛ばかりじゃ、腕も鈍るでしょ。狙われることはないからね」


「いえいえ、影からいつも狙われてますよ」


「私を鬱陶しく思ってる者にですか?」


「いや、かわいい女の子たちに」


「口先ばっかり上達してるようだな、お前は」


 いや、本当の事なんだけどねぇと呟くマキセだったが、せっかく来たんだと登録を済ませた。


 すぐに予選が始まるらしいと選手席へと向かうマキセと別れ、クーデノムはひとり、一般の観客席に陣取った。


 明日が決勝で今日はまだ予選のようなものなので、まだ思ったほど観客も会場を埋め尽くしていない。


 会場を十字に4つに区切り、小さな範囲で試合が行われている。


 マキセが割り振られた試合場近くの比較的空いている前列席に座り、のんびりと見物体勢。


 それでも勝負が決まればそれなりに歓声は上がっている。


「お兄さん、こんな所で一人で見物かい?」


 背後から突然声をかけられて振り向いた。


 年は20代前半の同じくらいの青年だが、笑顔を見せる瞳の奥には剣呑そうな光が見て取れる。


 手には数枚の紙と紙幣。


「どうだ、ひとつ乗らないか」


 にやけた笑いを口に浮かべた男はクーデノムにそう囁きかける。


 手に持った紙はこれから行われる試合の対戦表。


 男の背後には同じような男達がいろんな人に声をかけていた。


 剣術の試合に賭けを持ちかけているらしい。


 覇気のない穏やかな雰囲気と皆から言われているクーデノムは、そういう男達にとってはいいカモなんだろう。


 一般市民から見れば一応、上等なモノを着込んでいる。


「勝てば2倍以上の配当が約束されるよ。そうだな…この試合なんかは集中してるけど、この番号のヤツは去年予選を通過したヤツだから2倍、だから相手には5倍の配当がつくぞ」


 対戦表の番号を見たクーデノムは微笑する。


「掛け金はいくらでもいいのかな?」


「あぁ、1ルートンから上限はないな」


 1ルートンは1ルートの10分の1の価値だ。


「それじゃあ…」


 そして、口にしたのは男達の予想を裏切った答え。


「その5倍の方に、500ルートで」


「え? ご、500ルート!!?」


「そう。勝ったら2500だね」


 本気か?と驚く男に念押しして、賭金の500ルートはちゃんと持ってるからと、荷物の中の現金と換金すれば同等の価値のありそうな装飾品を取り出し笑って見せた。


 一般の平均年収が1000ルートほど。


 たいていの者は1ルート以下の金額で賭けを楽しんでいる。


 思わぬ大口に慌ててる男を横目に見ながら、試合会場に目を向けるクーデノム。


 賭けの証明となる記入した紙切れを渡すように男に促す。


 そして始まった試合は、大斧をかついだ大男に対して長剣を持った細身の青年。


 長い茶髪を一つに束ねた姿はよく見知っている、マキセ=トランタだ。


 開始の音が鳴り響くと二人は構えを取る。


 クーデノムが賭けたのはマキセに、だ。


 誰もが去年の実績と体格差から大男に賭けが集中して彼の勝利を予想したのだろうけど、マキセの強さを知っているクーデノムとしては、迷う必要はなかった。


 当たらなければ意味がないとばかりに振り上げた斧を避けると少し距離を取る。


 すぐに決まってしまっては相手もかわいそうか。


 力で押すタイプらしく、実践経験も乏しいのか正面からの防御は意識しているが、攻撃後に隙ができる。


 用心棒や警護として相手の隙を突く戦いに慣れたマキセにとって、敵ではなかった。


 斧の軌道を先読みして避けた相手の死角から素早く切りこむ。


 傷つかないようあえて防具に当て、衝撃を与える。


 よろけた所に剣の切っ先を首元に当てた。


 歓声の中、審判が判定の旗を掲げて試合はあっけなく終わりを告げた。


「終わりましたね。では5倍の2500をよろしくお願いしますね」


 にこやかに言い放つクーデノムとは裏腹に、隣に居た男は表情を無くして青い。


「倍率を提示したのはそちらですから」


「おーい、クーデノムどうした?」


 闘技場の下から試合が終わったマキセが声をかけてくる。


「マキセのおかげで勝ちましたよ」


「そりゃ良かったなぁ」


 クーデノムが視線をマキセに向けた隙をつくようにして、男はその場から走り出した。


「逃げたぞ?」


「クスイでは不当な配当をふっかけてきたから、乗ってやったんだけどね」


 そう言って笑うクーデノム。


 もともと配当金を払ってもらう気などあまりない。


 賭け金の分配など考えずに先に配当の倍率を表示している時点で、まともなヤツとは思っていなかったからだ。。


 賭博の国であるクスイで育ったからには、その辺りは慣れている…というか、親譲りの血かも?


 まあ、このくらいの失敗で詐欺師たちの横行が少なくなればいいかなという微かな希望。


 掛け金もまだ渡していないし、賭けの証明の紙も無視される確率の方が高いだろう。


 そんなクーデノムの背後から男の子がひとり、観客席の階段を勢いよく降りてきた。


「さっきの人だー」


と無邪気な声をあげる金髪の男の子は、先程の試合で勝利したマキセを見て寄ってきたらしい。


「格好よかったです」


「おぅ、ありがとう!」


とはしゃぐ子の後から、


「ちょっとー、待ちなさいよ、エイーナ!」


 足音と声に振り向いたクーデノム。


 同じような金色の長い髪のまだ幼さの残る顔立ちの女の子が、男の子を追いかけるようにやって来た。

1ルートは2000円くらいの価値かな。

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