ハレー彗星が来た日・第三幕・中二病発病
四人の行動はいつも一緒、クラスも一緒である。クラスに着くとそこも混雑していた。ひとりカラオケをする者、ふたりで椅子の上に立ち漫才をしている者、手品を始めている者、壇上では女子生徒がグループを作りアイドル並みにダンスを披露している。誰もが自分の得意分野で派手にアピールしているが・・、ただ言えるのは個人個人が好き勝手にやっているだけで、それを見ている者は誰もいないということだ。
「私たちのクラスは全滅ね」
翠が唖然とした。
「あっ、黒板見て!“自習”って書いてある」
綾乃が指さす方向には大きく“自習”と殴り書きされていた。
「こんな様子じゃ・・、当然よね・・」
クラスの異常な光景に由香が固まっている。
「やっぱりハレー彗星って不吉な星なのよね。妙子は大丈夫かしら」
沙織は友達の事を案じている。
「それじゃ休み時間まで待つ必要がないわ。前倒しで行動開始よ」
翠が号令をかけた。
「じゃ、私はあの花を持って園芸部の妙子に渡しにいってくる」
沙織が手を挙げた。
「私は昨日の写真をデジタル写真部にプリントしてもらってくる」
次に由香が手を挙げた。
「私は図書室で情報を収集するわ」
綾乃は別に手を挙げはしない。
「で、翠はどこいくのよ?」
沙織が手を挙げたまま聞いた。
「私は理科研究部に大事な物を取りに行くのよ。」
翠は意味ありげにほほ笑んだ。四人は廊下に飛び出していくなか、その様子を片隅で見る男性教師の影があった。
相変わらず騒がしい周りを潜り抜け沙織はようやくアジトに着いた。
「よいしょっと!」
机に置いてあった植木鉢を抱え何気なく足元に目が行った。
「げっ!」
机の下から露骨に足がむき出しに突き出していた。恐る恐る中を覗き込むと・・。
「なぁーんだ、西園寺かぁ」
沙織はドキドキものである。
「なんでこんな所で寝ているんだ」
沙織は持っていた植木鉢を降ろし、気絶している西園寺を引っ張り上げ、部屋の片隅に置いてある“ドラキュラの棺”と言う愛称の西洋造りの棺桶の中に放り込んだ。
「この中だと風邪は惹かないでしょ」
沙織なりの配慮である。
由香はデジタル写真部の部室の扉の前で開けるかどうか躊躇していた。もし他の学生のように手も付けられない状態だったらと考えると不安がよぎって仕方がない。満を持してようやく恐る恐るそうっと引き戸を開いた。そこにはいつもと変わらぬ部員のメンバーが慌ただしく動いていた。
「部長の小佐井先輩います?」
由香は近くにいた一人の男子部員に聞いた。その時奥から由香に声が掛かった。
「よう!君もハレー彗星の写真かい?」
そう言って近づいてきたのはデジタル写真部、部長の小佐井和哉である。
「ハレー彗星じゃないんですけど、未知との接近の大いなる証拠になる写真です」
由香はドギマギしながら気だるい声で言った。どうやらこの先輩に好意があるらしい。
「未知との遭遇?まぁいいや、いつものようにプリントしておけばいいんだね」
和哉はそう言って保存カードを受け取った。
「昨日のハレー彗星観ましたか」
由香はモジモジしながら気だるい声で聞いた。
「見たよー、すごい迫力だったね!天体望遠レンズで引っ切り無しで撮って、いまこのありさまさ。文化祭での発表が楽しみだね」
和哉は忙しそうに動き回る部員たちを指さして興奮冷めやらずである。
「文化祭はまだまだ先の話ですけど・・、それじゃ!もしかして星が奇麗に見える有名なあの山にいたんですか!」
由香は驚いた様子だ。
「そうそう夜八時ごろデジタル写真部みんなでテントを張ってバーベキューもしていたよ」
「昨日私たちも同じ場所、同じ時間に行っていたんです」
由香は残念そうに答えた。
「そうなんだ会えたらよかったね」
“今度は二人で一緒にハレー彗星を見に行きませんか?”
和哉の返しに告白しようと思ったが、由香はぐっと言葉を飲み込んだ。
「じゃ放課後までには仕上げておくよ」
和哉はにこにこしながら答えた。
「しかしイメージしていたハレー彗星とは違っていたな。あんなに大きくて照り輝いていたものなぁ」
和哉の独り言とも思える意味深な言葉もそっちのけで由香の目はハートマークだった。
綾乃は図書室で机の上に多くの本を山積みにして“中二病”の事を調べていた。
「なるほど・・分からん・・」
綾乃はため息を付いた。気分転換にハレー彗星の事を調べようと別の本を手にした。
「あれぇ~、あれれぇ~」
綾乃は大きな声を挙げた。
沙織はようやく園芸部の部室であるビニールハウスの前にやってきた。
「たのもう!」
沙織が大きな声を立てた。
「どうしたの大きな声を挙げて」
奥から園芸部、部長の和中妙子が歩いてきた。
「妙子にこの子を世話してもらおうと思って」
沙織はそう言って植木鉢の花を見せた。妙子は沙織と同じ二年生だが園芸部には三年生がいない為しっかり者で植物に詳しいということで部長を務めている。そういえば翠も二年生で部長だが妙子とは少し理由が違う。オカルト研究会には三年生の黒木美紗先輩というのがいるのだが言わずと知れた幽霊部員であるため先陣切って翠が部長になっている訳だ。
「変わった花ねぇ。外国物かしら」
妙子は植木鉢を受け取り持ち上げ、まじまじと細かく眺めた。
「どちらかといえば宇宙物・・?UFOの置き土産よ」
「UFO・・・」
妙子はいつものように沙織に疑わしい顔を浮かべた。幼馴染みで仲は良いのだが、その手の話には否定派なのである。
「まぁいいわ。ちょうどいま植物促進の実験をしているところだから、たっぷり可愛いがってあげる」
妙子はその花に微笑みかけた。
「お願いね。ところで昨日のハレー彗星みたぁ~」
沙織が旬の話題を出した。
「見たわよ!沙織が教えてくれた裏山で愛犬の散歩中に星空を見上げたわ。奇麗だったわねぇ~」
妙子はハレー彗星にそこそこ感動しているようだ。
「私たちも同じ絶景スポットにいたよ。それじゃ、それから途轍もない音で流れ星が落ちてこなかった!それがUFOなのよ!」
沙織は目を輝かせた。
「ううん・・。とても静かな夜だったわよ。そんな夜空にハレー彗星がオーロラのように色を変えながら広がっていたわ」
妙子は体で大きく表現しながら昨日自分の見た光景に浸っている。
「オーロラ・・?ながぁ~い尾はなかったの?」
沙織は首を傾げた。
「そうねテレビのニュースで言っていたようなイメージではなかったわ。まぁ、いいじゃない。此処でオーロラのような奇麗なハレー彗星が見れたんだから」
妙子は大満足である。
「それはよかった!!」
沙織も納得である。
そのころ翠は理科研究部にいた。
「さずがに誰もいないわねぇ」
そう言って誰もいない真っ暗な部室の照明のスイッチを入れた。薬品の匂いが漂う理科室が部室になっており錬金術の成功に日夜努力を重ねる理科研究部はオカルト研究会にとって色々と手助けしてくれる良き協力者である。
「これかぁー」
すぐに部屋の隅に置いてある大きな物体が目に映った。毎度のことながら理科研究部は実験、開発と余念がない中で翠は時折ついでに自分たちの役立つ装置を作ってくれと注文している。その際に使う役割の内容を伝えるのだが忙しさにかまけて見当違いのものが出来てしまうのも稀である。
「重ーい!」
翠はどう自分たちのアジト・・部室に運ぼうかと思案しながらその物体の周りをぐるぐる回っていたが、満を持して担ぎ上げた。
「私の力じゃ無理だわ」
翠は汗だくでぜーぜー言っている。
「大変そうだね。手伝おうか」
そう言って誰か部室に入ってきた。
「先生ーお願いしまーす。」
翠が頼んだその先生は物陰で四人の様子を見ていた男性教師だった。