ハレー彗星が来た日・第二幕・騒がしい学校
翌朝、四人は待ち合わせをして歩きながら学校に向かっていた。
「昨日は大変だったわねぇ」
沙織が大きなあくびをした。
「昨日の体験なんてそう起こるもんじゃないわ。証拠も手に入れたし文化祭の材料にもなるわ」
翠は活き込んでいる。
「文化祭なんてまだまだ先の話じゃない」
綾乃が横槍を入れた。
「ところでその植木鉢どうするの?」
由香が沙織に向けて気だるく言った。沙織は昨日の花を大きな植木鉢に入れ担いでいる。
「園芸部の妙子のところに持っていって育ててもらうわ」
「気のせいかしら、それって昨日見たときより大きくなってない?」
翠が気付き皆が花をじっと見つめた。
「若干?」
沙織が首を傾げた。
「たぶん若干以上よ!ところでさぁ、あの時何を言いかけていたのか思い出した?」
翠が由香に突然振った。
「突然ね!そうそう思い出したわよ。今日新入生を集める部活紹介の日じゃない?」
由香が翠に指をさして言った。
「生徒会の西園寺に言われていたんだ・・。逆に思い出させるんじゃないわよ・・」
翠が頭を抱えたころ学校の正門が遠くに見えてきた。
「ねぇ、大声を上げて何かやっていない?」
綾乃が皆の間に入り正門に指を向けた。そこには多くの人盛りができていた。
「あの高ところに立っている人って、うちの学校の制服着ていない?」
沙織が目を凝らした。
「このまま行けば分かるでしょ」
翠が促し四人は恐る恐るゆっくりと歩いて行った。
「ワタクシが当選した暁には・・・」
男子生徒が台の上に立ち、たすきを掛け鉢巻を巻き白手袋を付け登校してきた大勢の生徒の前で大声で選挙演説をしている。
「なにか選挙の時期だっけ?」
「さぁ?」
沙織が皆に問いかけたが分からず仕舞い。
「とりあえず聞いていないで学校に入りましょう」
大声での演説が続くなか、翠が皆の背中を押した。
正門をくぐるともっと大変な事になっていた。
校庭では運動部らしき生徒たちがオリンピックを目指し色んな競技に挑戦して汗を流している。グランドの周りをぐるぐる走る者。100M走に走り幅跳び、棒高跳びなど。目の色を変え所狭しと練習に勤しんでいる。四人はそんな滑稽な景色を横目に建物の中に入っていった。
上履きに履き替え廊下を歩いていると、派手な衣装で走り回る者、漫才をしている者、マイクを立て熱唱している者と様々な個性を出し合っている。所狭しと廊下は一杯で四人は目を見開きながらきょろきょろしている。すると数名の女子生徒たちが前に立ちはだかった。
「わたしたち美少女中学生戦士よ!」
そう言って何秒間固まったようにポーズを決めた女子生徒たちは悪者を退治しに走って行った。
「よくもまぁ自分の事を美少女って自己主張激しすぎ!」
呆気に取られていたなか翠がようやく喋った。
「いったいどうなっているの!」
沙織が植木鉢を担いだまま上を見上げ大きな口を開いた。
「みんな変になっているわ」
綾乃も周りを見渡した。
「私たちは何ともないよ」
由香は不思議そうだ。
「とにかく訳が分からないわ。まだ授業まで時間があるから先にアジトに急ぎましょう」
翠がそう言うとほかの三人も足早にアジト・・部室へ急いだ。そこに・・。
「生徒会からのお知らせです。本日午後から予定しておりました新入生への部活紹介は今後の状況を踏まえ当面の間見送りさせていただきます」
荒立った女生徒の声で校内放送が流れた。四人は聞き流すように部室がある体育館へ走って行った。
体育館に着くとそこでも所狭しと自分の個性をアピールしている学生で山盛りだ。バスケ、バレー、卓球、バトミントン、器械体操など室内運動部が周りを占めるなか、舞台ではバンドを組み演奏する者、ギターを担ぎフォークソングを唄う者、クラシック音楽を奏でる者と好き勝手にやっている。そんな周りの周囲にキョロキョロしながら抜き足差し足で奥手にある大きな取っ手のあるドアに行き重い扉を引いた。その向こうは体育館倉庫になっており、籠に貯められたボールや丸められたマット、跳び箱などの道具がひしめいている。その間を掻い潜り奥の狭い扉を開いた。その中には体育の備品とは打って変わりオカルト的なおどろおどろしい物たちが散らかっていた。そこが彼女たちのアジト・・・、オカルト研究会部室である。
「あぁ、重ぉーい」
早乙女沙織は机に散らばった心霊写真を払い除けずっと持ち抱えている植木鉢を置いた。彼女は行動派の目立ちがり屋さんである。
「よくここまで耐えたわね。最初は別にそうとは思わないけどずっと持ってたら重みがじわじわとくるでしょ」
飾磨由香が気だるい声で感心している様子だ。この気だるい声は地声である。
「この学校のおかしな状況を察するにハレー彗星が関係していると思うの」
鷹塚翠は席に座るなり話を切り出した。彼女はまとめ役、リーダー、つまり部長である。
「皆が騒がしいのはハレー彗星が原因なの?」
栗須川綾乃が不思議そうに言った。図書係も務める文学少女。すべての情報は図書室にあり。
「そうよ。昨日までみんな何ともなかったし、ハレー彗星が大接近したのは昨日の夜の話よ。それにまだ今でも地球の間近を通過中よ。これは何かあるに違いないわ」
翠は自信のこもった声で確信を付いている。
「昨日は日曜日だよ!学校のみんなの様子はおかしくなっていたかどうかは分からないけど・・、私たちは今でも普通よ・・」
沙織はケロッとした顔である。
「そうよねぇ、私たちは何ともなっていないわ?」
綾乃も四人の顔を見て言った。
「時間差で一人ずつおかしくなってきたりして」
由香が不気味に笑った。
四人の通う学校は山に囲まれた田舎町の小高い丘の上に赤いレンガ造りの校舎で建っている。長い歴史のある中身は木造の学校だが生徒人数減少のため廃校になる寸前の窮地に立たされた時に“聖桃烏中等学校”と名前も変え甦った。名前からして私立という感じだがれっきとした市立である。四人はその学校の二年生である。
「ハレー彗星の所為だとしても何が影響してこうなっているのよ」
沙織が芯を付いてきた。
「未知なる力よ」
翠は力強く言った。
「あやふやねぇ。それでみんな個性一杯で自己主張強すぎになっちゃう訳?」
由香が頭を項垂れ気だるく言った。
「待って、この症状って私たちの年頃に起こる中二病じゃない?」
綾乃が切り出し続けた。
「最近になって目立ってきてよく聞くようになってきているけど、起源は昔からある病気で全ての人の体の遺伝子の中に既に組み込まれているの。それがお年頃の年齢になると発病するの。個人差によって大小様々だけど確実に勃発するらしいわ。図書室の“世界の奇病大百科”に載っていたわ」
綾乃の目が輝いていた。
「それじゃ、みんなその病気に罹っているわけ?なんでまた?」
翠が首をかしげている。
「翠が言った未知の力のせいじゃない。それにしても私たちは発病してないのよ」
由香は不思議に思っている。
「それは決まっているじゃない。私たちはすでに感染して毎日発病して免疫が付いているのよ」
沙織が自慢げに言った。
「なるほど」
四人が頷いた。
「そんな事より昨日のUFOよ!」
翠が仕切りなおした。・・・その時、アジト、部室の扉が開いた。
「相変わらず薄汚い小屋ね」
扉の前から嫌味な声が聞こえてきた。
「西園寺!」
四人が声を合わせて言った。西園寺公佳。生徒会会長であり性格からして潔癖症という噂である。
「私たちのお城にわざわざ出向いてくれるなんて珍しいわねぇ」
翠も嫌味っぽく言い返した。
「そうよねぇ、あなた達のお城も今日、明日で落城ですもの」
西園寺は勝ち誇ったかのように言い放った。
「残念ね、延期されているようじゃない。さっき放送で言っていたわ」
翠も勝ち誇った。
「何言っているのよ!延期したのは部活に限るのよ!あなた達は同好会でしょ!」
西園寺が言うように“部”ではなく“同好会”である。
「だから何よ」
翠もその点に関しては弱気である。
「だからぁ、部ではないあなた達が今日中に一人でも新入生を入れないとあなた達の活動の存在が無くなるって話よ」
西園寺が不敵な笑みを浮かべた。
「そんなの言語道断!不公平よ!」
沙織が大声を挙げた。
「活動方針の法則に決まっているのよ。仕方ないわぁ~」
西園寺が法を盾に掲げた。
「どうしよう部長~」
翠を中心に三人が囲んだ。
「こんな時だけ部長呼ばわりしないで!」
「あれっ!そう言えば西園寺もなんともないの」
はっと気付いたように四人は西園寺に目を向けた。
「何の事よ!まぁ今日の学校が終わるまでせいぜい奮闘する事ね。もうすぐ授業が始まるわ、早く行きなさい」
西園寺が四人を扉に促した。
「とにかく昨日の証拠物件を持って休み時間に各自行動よ」
翠が小声で三人に伝えた。
「何をこそこそしているの!早く行きなさい!」
西園寺の声に四人はそそくさとアジト・・部室を後にした。
「まったく、今日にこそ活動停止にしてやる。あら・・」
西園寺は机に置かれた植木の花に目を取られた。
「きれいな花ね、まぁなんていい香りでしょう」
西園寺が花に顔を近づけ花の香りを嗅いだ。するとだんだん気持ちがもうろうとなり意識が遠退いていき机の下に横たわってしまった。