第98話 2度目の起動
目を覚ますと、時子を見上げていた。
ここは……何処だ。
俺は……死んだんだよな。
ならこれは幻覚か。
身体も痛くない。
「……………………」
時子がなにか言っている。
少なくとも地獄ではなさそうだ。
でもよく聞こえない。
視界も左目のピントが合わない。
身体も動かない。
言葉が出てこない。
意識だけははっきりしている。
これは……そうだ。この身体を貰ったときと似ている。
まさかまた転生したのか?
目の前の人も時子じゃなくて天使……管理者?
あ、タイムは?
あのときはタイムが調整してくれたけど、まだ起動していないのか。
それとも、別のパートナーが?
それは……嫌だな。タイムがいい。
タイムを起動できないかな。
おーい、起きろ!
[現在〝タイム〟は起動していません]
[RATSを起動しますか?]
当然!
……あ、[起動]が押せない。
時子! これ押して!
あー声が出ないんだった。
というかこれ、時子に見えていないのか。
動け、俺の腕! 今動かないでいつ動くんだ……って、最近同じこと言った気がする。
ええい、とにかく指じゃなくてもいいから押せればなん
でもいいんだ。
頭……も無理。
足……で押せるなら苦労はしない。
舌……は動いたとしても頭が動かなきゃ届きゃしない。
とにかくなんでもいい!
[起動]を押せーっ!
あ、タイム!
お前起きた……ん? これアイコンか。
矢印にしがみ付いている?
アイコンじゃなくてカーソル?
なんでもいい。
そこの[起動]を押してくれ!
頼む!
あ、動いた。ゆっくりだけど動いた。
そうそれそれ!
それを押すの。ポチッと押してくれ。
分かる? 押すだけでいいから。
[RATSを起動します]
[データベースを確認中……]
っしゃ! 起動した。
ありがとう、タイムのアイコンカーソル!
あれ? 何処行った?
消えちゃった……
でもこれでタイムが起きてくれる。
後は……任せたぞ。
『あ……とにかく、もう時間がないの! お願……あれ?』
よし、タイムが起きた!
『タイム、聞こえるか』
『マスター?』
『ああ、俺だ』
『マスター! よかった、間に合ったんだ。ありがとう、時子……あれ、時子?』
『多分時子には見えていないし、聞こえていないぞ』
『えっ』
『俺も身体が動かせないし、耳もよく聞こえないし、声も出せないんだ。視界もぼやけててよく見えない。かろうじて目の前の人が時子だって認識できる程度だ』
『あ、ホントだ。常駐アプリが落ちてる? 違う。起動してない……なんで? セーフモードで起動してるの? どういうこと? ごめんなさい、とにかく今復旧するね』
『いいよ。タイムは悪くないんだから。元々は俺が蒔いた種だ』
俺が弱いから負けた。
勝てなかった。
幾らタイムのサポートがあるからって、それを頼りにしたらダメだ。
俺が強くならないとダメなんだ。
俺という土台が強くならなければダメなんだ。
軽トラにF1のエンジンを載せたって早くならない。
俺がF1マシンにならなきゃダメなんだ。
『マスター、もう大丈夫だよ。ゆっくり動いてみて』
『分かった』
目は……うん、ちゃんと見える。
時子が俺を見つめているのが見える。
耳は……うん、ちゃんと聞こえる。
時子の泣き声が聞こえている。
感覚は……うん、ちゃんと分かる。
時子の温かい涙が顔に落ちてくるのが感じられる。
手は……うん、ちゃんと動く。
閉じたり、開いたり、スムーズだ。
腕は……うん、ちゃんと動く。
腕を持ち上げ、手を時子の頭に乗せることが出来た。
「モナ……カ……」
ああ、時子の柔らかい髪が心地いい。
「守ってくれるんじゃなかったの?」
「ごめん」
「先輩のところへ連れてってくれるんじゃなかったの?」
「ごめんって」
「お嫁さんにしてくれるんじゃなかったの?」
「だからごめ……え?」
「嘘吐き」
「……うん」
「私を置いていかないでよ」
「悪かった」
「ごめんなさい」
「時子が謝ることないよ」
「ごめんなさい」
「いいって」
「ごめんなさい。本当に……ひっく」
「全部許すから、もう謝るな」
「うん。ごめんなさい。ありがとう」
主人公交代劇はありませんでした
次回は一斉に飛び立ちます




