第97話 踊らにゃ損
静かだ……
さっきまであんなに騒がしかったのに、とても静かだわ。
私、なんでこんなところに居るんだろ。
先輩が居なくなって、モナカも居なくなって、お姉ちゃんも……
見知らぬ土地で私独り。
帰りたい。
お家に帰りたいよ。
独りぼっちは嫌だよ。
お父さん、お母さん、花ちゃん……会いたいよ。
ううっ……あ、これ……携帯？
顔に硬いものが当たったと思ったら、モナカの胸ポケットに入ってる携帯だ。
これ、充電ランプが点いてる。
緑色ってことは、満充電ってことよね。
っはは。携帯が満充電でも、肝心のあなたが空っぽだなんて、滑稽だわ。
……満充電ってことは、電源が入るってこと？
本当にモナカくんのなの？
それとも……先輩の？
全くの赤の他人のものなの？
電源を入れれば……ふっ、今更か。
確認したところで意味は無い。
でもこの気持ちに決着がつくのなら……どの気持ち？
つけてどうなるっていうの。
私は……先輩に会いたい。
ううっ……
あっ、しまった。
握りしめたら電源ボタンを押してしまったらしい。
ブルッと震えて電源が入ってしまった。
ロゴと共に音が鳴り響く。
先輩が再起動だーと言う度に聞いていた音と同じ……
そんなスマホは沢山ある。
同じ機種、同じ色、同じ画面……証拠になんかならない。
操作できるようになったからって、何処をどう見ればいいのかも分からない。
結局、見たところでこれが先輩のかなんて、私に分かるわけが……なにこれ。
えーと。
［接続エラー：ＣＥｘＲＯ］
［通信が出来ません］
［電波が届かないか］
［電源が切れている可能性があります］
［通信環境を見直し］
［電源が入っているか確認してください］
電源……ははっ。電源だって。
あなた、スマホに機械だと思われて……そうか。
モナカは転生したとき、自分のスマホと融合してるんだったわ。
その電源が切れてるってことなのね。
つまりこのスマホはモナカのじゃない？
本当に本物の先輩のスマホ？
もしかして、私と同じ？
たまたま先輩の近くに居て、間違われてここに誤召喚された。
そのとき先輩のスマホも一緒にやってきた。
だったらいろいろと説明が………………つかないわよっ！
なんにしても、先輩はまだ元の世界に居る。
だったら私が帰れば………………ならあの顔はなんて説明つければいいの。
幾ら世界には同じ顔をした人が３人居るっていっても、こんな偶然……先輩なら否定するわ。
ね、あなたはどう思う？
寝てないで答えてよ。
私を守ってくれるんじゃなかったの？
私を先輩のところへ連れてってくれるんじゃなかったの？
私を……お嫁さんにしてくれるんじゃなかったの？
何一つ……守れて……ないじゃない……この、嘘吐きっ！
思いっきり胸を叩いてみても、心臓が動き出すはずもない。
何度叩こうと、それは変わらない。
バカモナカ……私を置いて……いかないでよ……謝ら……せてよ………………うっ……
〝接続が完了しました〟
えっ、なに？！
今の誰？
そうだ。心琴さんと別れて屋敷に戻るときのナビの声に似てる。
もしかして、スマホ？
あ、さっきのメッセージが消えて、別のメッセージが出てる。
［安全が確認されました］
［Ｗａｋｅ Ｏｎ ＬＡＮを実行しますか？］
［はい］［いいえ］
？ どういう意味だろう。
これ、実行してもいいのかな。
でも人のものを勝手に弄るのは悪いことだし……
といっても、持ち主が居るとも思えないし……
安全が確認できたからなにかをしようとしているわけだし……
今更、なにをしてもなにが変わるわけでもないか。
〝踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損損〟
ふふっ、お父さんがよくお酒飲んでは歌いながら踊ってたっけ。
お母さんはいつも付き合わされて嫌がってた。
……でも口では嫌がってても、顔は笑ってたような。
花ちゃんもはしゃいで一緒に踊ってた。
でも私は……
〝同じ阿呆なら踊らにゃ損〟……か。
なんで今そんなことが頭に浮かんだのかしら。
やってもやらなくてもなにも変わらない。
だったらやらないのは損だ。
そう言いたいの？
私はいつも踊らないで見てるだけだった。
あれは損だったの？
今も損をしようとしてるの？
そうなの？ お父さん。
〝やらずに後悔するより、やって後悔しなさい〟
そういうことなの？ お母さん。
だからお父さんと踊ってたの？
実行してみたら、私にも分かるのかな。
教えてよ。
お父さん、お母さん、花ちゃん。
［Ｗａｋｅ Ｏｎ ＬＡＮを実行します］
〝マジックパケットを受信しました。起動します〟
次回は押すなよ押すなよ、絶対に押すなよ
