第96話 さようなら
お姉ちゃんに言われたからやってるだけよ。
私の意思じゃない。
私の意思なんて要らない。
望まれたなら差し出す。そう決めたはずなのに……
いざとなるとどうしても躊躇ってしまう。
まだ諦めてないとでもいうの。
もういいじゃない。
先輩はもう居ない。
そんな世界、どうでもいいじゃない。
なのにあなたは私を惑わす。
惑わされてしまう。
お願いだから惑わさないで。
お願いだから同じことをしないで。
お願いだから同じことを言わないで。
諦めようとしても、ゼロの可能性を信じてしまいそうになる。
どんなに期待をしてもゼロはゼロ。
1にもマイナス1にもならない、永遠のゼロ。
そのゼロに可能性があると思わせるようなことは止めてほしい。
追い求めた先輩がここに居るなんて思わせないでほしい。
でもそんな茶番ももう終わり。
あなたが死んでゼロの可能性はゼロだと証明された。
ごめんねお姉ちゃん。間に合わなかったよ。
「やはり死んだようだな」
後ろから誰かが声を掛けてきた。
この声、エイルさんの古い知り合いとか言ってた人だ。
こんなところで会えるのは怪しいと思ったけど、お姉ちゃんはこの人を知ってるみたいだった。
だからエイルさんを任せて上がってきたんだ。
「着いたぞ。起きろ」
他にも人が居るらしい。
エイルさんを連れてきたってこと?
もう動かしても平気なの?
左腕を失っていたはず。
安静にしていた方が……え?!
左腕が……ある?
見間違いだったのかな。
でもお姉ちゃんの話だと……
嘘……だったのかな。
「起きてるわよ。時子さん……モナカくんは?」
私は言葉を発することも出来ず、ただ首を振ることしか出来なかった。
「そう。本当……なのね。あなた、死体フェチなの?」
え?!
なんでそうなるのよ。
そんなわけ無いじゃない。
「違うの? 私が起きたとき、モナカくんにキスしていなかった?」
だって、私には他にできることがないから……
「死体にキスをして目を覚ますお話はあるけど、もしかして充電していただけなの?」
だって、私はその為の存在だから。
それ以外に利用価値のない存在だから。
なのにモナカが死んだら、私は存在意義を失ってしまう。
ううん、失ってしまった。
「どいて」
私を押しのけ、モナカを奪い取っていく。
太ももからヒンヤリとした彼の重さが消えてしまった。
「ふふっ、本当に鉱石みたい」
今までで見たエイルさんの表情の中で、一番穏やかで優しい顔つきだ。
悲しんでいるのだろうか。
私は今どんな顔をしているだろうか。
そんなエイルさんがモナカから目を逸らした。
「父さん……」
ジッと見つめるその先にはデニスさんが居た。
デニスさんも倒れていて動かない。
本当に倒したんだ。
エイルさんは近づくこともなく、ただジッと見つめている。
今にも駆け出しそうなのに、その場で目をつむってうつむきながら身体を震わせているだけだった。
そして目を見開いて顔を上げたかと思うと、モナカの頬を叩いた。
涙の粒を散らしながら。
「よくも……よくも父さんを! うう……う……」
胸ぐらを掴んで責め立てているが、モナカはなにも答えはしない。
目を閉じ、力無く首を垂らしている。
「あんたまで……あんたまで死ぬ必要なんか……ない……のに。バカモナ……」
顔を胸に埋め、静かに泣いている。
親の仇に泣きすがるのは、どんな気持ちなんだろう。
しかも相手は一緒に暮らしてきた仲のいい友達……親友? それとも……
大切な人を同時に2人も亡くしてしまった。
私とは比べものにならないくらいの悲しみかも知れない。
なのに上げた顔の表情は、涙の跡が無ければ泣いていたと分からないくらいに凜々しかった。
目を赤く腫らすことも無く、涙を拭うこともせず、まっすぐにモナカを見つめている。
「あなたを解雇するわ。時子、あなたもよ」
解雇?
解雇って……つまりエイルさんの護衛を解雇されたってこと?
モナカはそうかも知れないけど、私は護衛として雇われたつもりは無かったんだけど。
モナカを私の膝に寝かせると、頭を撫で、そして離れた。
「2人だけじゃない。みんな解雇するわ。時子、携帯を出して」
私は言われるがままに携帯を出した。
するとエイルさんは身分証を重ねてきた。
「退職金よ。みんなの分もあるから、あなたから渡しておいて。積立金も渡したから……もう必要無いでしょうから、みんなで分けてちょうだい。といっても、使ったばかりだからあんまり残っていないけど。それから父さんは身分証を持っているはずだから、それを回収して協会に持っていってほしいの。私は……触れないから。で……ちょっと待ってね」
一気に色々言われたけれど、なんのつもりだろう。
自分で渡せばいいのに。
エイルさんは身分証になにかを書き込んでいる。
それが終わると、また携帯に重ねてきた。
「これ、労災の書類を書いたから。これも協会に提出してちょうだい。そうすればモナカの死亡手当が受け取れるわ。受取人の名義もあなたに変更する書類を用意しておいたから、一緒に提出してちょうだい。分かった?」
よく分からないけど、お金をみんなに渡して、この書類を協会に出せばいいのね。
「時子? ね、聞いているの?」
ええ、聞いてるわ。
ちゃんと答えたじゃない。
「もしかしてあなた、失語症? いえ、緘黙症かしら。言葉が話せなくなったのね」
失語? 緘黙?
エイルさんこそなにを言ってるの?
「モナカのこと、ショックだったのね」
ショック……といえばそうだけど、誰だって死ぬんだ。
先輩みたいに。
モナカみたいに。
次は誰?
エイルさん? それとも私?
「ああそうか。タイムも居なくなったから、イヤホンも使えなくなっているのか。仕方ないわね。私の言ったことは分かった? 分かったなら頷いて」
そっか。お姉ちゃんが居なくなったから、言葉が通じなくなったのか。
なんとなく分かってるから、頷けばいいのね。
うん、大丈夫。
みんなにお金を渡して、この書類を提出すればいいのね……どうやって?
「ん? 分からないことがあるの? ああ、書類ね。受付で話して携帯を渡せば後はやってくれるわ。分かった?」
多分……
「自信なさげね。ま、いいわ。あと、私にイヤホンは必要無いから、渡しておくわ。タイムが居なくても、あの子が居れば使えるでしょ」
必要無い?
あの子が居れば?
一体なんの話?
「こんな状態のあなたを置いていくのは酷だけど」
置いていく?
どういう意味ですか。
「私の代わりに父さんのこと、母さんに謝っておいてください。私にはまだやらなきゃいけないことがあるから、帰れないって」
やること……1人で行くつもりですか!
いえ、その人と行くんですね。
その人は誰ですか?
「ん? ああ、まだ紹介してなかったわね。この人は私の前世の父さんよ」
前世?!
どういうことですかっ!
「隠していてごめんなさい。私もアニカと同じ転生者だったの。多分、ここの人たちのご先祖様と同じ世界からね。もっと言えば、鈴ちゃんとも同じよ。勇者小説なんて嘘っぱち。全部前世の記憶なの。でもこの世界に勇者小説があるのは本当よ。ふふっ、モナカが聞いたらどんな反応するかな……ううん、こんなこと話せないよ。2人だけの秘密、ね。返事は?」
私には、頷くことしか出来なかった。
話したところでなんの意味があるんだろう。
もうなにを話しても聞いてはくれない。
他に話す相手も居やしない。
「那夜、その娘はもうダメだ。行くぞ」
「ダメってなによ」
「生気が感じられない。生きる意味を見失ったんだろう。それならいっそここで」
「それこそダメよっ。お願い」
「どのみちここを動かなければ同じこと。早いか、遅いか……だ」
「なら、遅くてもいいじゃない」
「そうか。なら、最後は那夜がやるんだぞ」
「最後? ……分かったわ」
「命拾いをしたな。ま、それも一時のこと。行くぞ」
「うん……解毒のこと聞きたかったけど、今更よね。さようなら」
次回はやるしかないよね




