第94話 おやすみ
「……へっ。動けるじゃねぇか」
そう言ったデニスの声は、ガラガラとした声のままだ。
ただ先程までの嫌な雰囲気は消えていた。
「正気に戻ったのか」
側に駆け寄って片膝をつき、顔を覗き込む。
顔つきはまがまがしいままではあるが、その中に穏やかさが感じられた。
「正気……どうかな。魔人としては正気じゃない」
「つまり今は人間ってことか」
「それもどうだか……げほっ」
「大丈夫か!」
「バァーカ。もう長くねぇ、よ。ったく。最初っからそうやって動け。そうすれば簡単に勝てただろ」
「まさか。デニスさんが理性を失っていたから勝てたんだよ」
「……本気で言ってるのか?」
「どういう意味だ?」
「まぁいい。その力、早くものにしろ。出来なきゃ死ぬぞ」
「死ぬ?」
「あいつは俺みたいに温くない。殺せるときに殺す。躊躇わずにな。先に出会ったのが俺やこいつでよかった。もし先に会ってたら、俺は娘に会えなかった。運がいい」
「なんの話だ」
「もう1人居るんだよ」
もう1人……そうだった。
魔人は3人居る。
「俺はあいつに勝ったことがない」
そんなに強いのか。
「そういや、勝ったくせにいつも不満そうだったな。なにが不満なのか、もう知ることが出来ないのは残念だ。悪いが、聞いておいてくれないか」
勝ったのに不満そう……か。
「聞いている間に殺されそうなんだが」
気になるけど、会いたくないぞ。
「それもそうか。っはっはっはごふっ、ごほっ、はぁ、はぁ、はぁ」
「おいっ!」
苦しそうなのに、俺が声を掛けると笑顔を向けてくれる。
それも長くはない。
すぐにまた辛そうになる。
「とりあえず、合格にしといてやる」
「こんなんで合格にされても嬉しくないっ!」
「さっきのお前は確実に俺を上回っていたんだ。胸を張れ」
「だからそれは!」
「お前まであいつみたいなことを言うな。素直に喜べ」
全然違うよ。
あいつは勝ったんだろ。
でも俺は最後まで勝てなかった。
本気にさせることすら出来なかった。
それに、喜べるわけないじゃないか。
だって……エイルのお父さんを……この手で……
「はぁー、だから不可能だって言ったんだ。こうなるのは分かってたんだから」
「俺がもっと強ければ……すまない」
「お前は悪くない。みんなみたいにさっさと自害すればよかったんだ。なのにいろいろ理由を付けて、先延ばしにして……あぁ、さすがに疲れた。俺は……もう寝る。俺の代わりに……娘に……ナヨに……謝っといてくれ」
「待てよっ。まだ話は終わって……」
「…………」
クソッ、勝ち逃げされたっ。
俺が弱いばかりにエイルにもデニスさんにも辛い思いをさせてしまった。
「クソがぁぁぁぁぁっ! あああああっ」
天を仰ぎ、思いっきり叫んでみても、なにも変わりはしない。
自分の無力さに押しつぶされそうだ。
もっと強くならなきゃ。
じゃないと時子もエイルもアニカも鈴ちゃんも守れや……しな……あ、ヤバい。
もう……バッテリーが……
足から……いや、全身から力が抜け、崩れ落ちるように倒れた。
ダメだ。指1本動きゃしない。
目もかすんできた。
「マスター!」
「モナカ!」
耳は辛うじて聞こえている。
タイムと時子か。
バカ野郎。エイルはどうしたんだ。
俺なんかほっといてエイルについていろよ。
「お願い時子。もうそれしか方法はないの」
「触れれば十分なんでしょ!」
なにを騒いでいるんだ。
エイルは無事なんだろうな。
それとも……
「身体の損傷が激しいの。だから間に合わない。消費電力の方が大きいんだよ」
「だからって……」
看ている必要が無いからなのか?
俺は、恩人を手に掛けてしまったっていうのか。
「先輩とはすませてるんだから、別にいいでしょ!」
「そっ……それとこれとは別問題だよっ。大体先輩は……」
父親だけでなく、その愛娘まで……
最悪だ……
「エイルが上がってきちゃったのは時子が寝てたからでしょ! 責任取ってよ」
「それとこれとは関係ないでしょ!」
「あるよっ! その所為で、あ……とにかく、もう時間が……データ保存の観点から、強制終了します」
「あっ、お姉ちゃん!」
ふっ、その報いか。
ごめんなタイム。巻き込んじまった。
「……はぁ。そうだよ。もう決めたはずなのに。もう感情は捨てたはずなのに。今更なにを躊躇ってるの。こんなの、ただの皮膚接触じゃない。役に立つのなら、望まれるのなら、使い道があるのなら、差し出せばいい。好きとか嫌いとか、関係……ないよ」
時子、ごめんな。
もう、守れそうにないや。
先輩、見つかるといいな。
ああ、眠い。
あれ、膝枕してくれるのか。
はは、優しいな。
じゃ、おやすみ……タイ……
次回は初めて見る天井ではありません




