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第93話 我慢の限界

 俺は黒埜(くろの)を杖代わりに立ち上がった。

 まだ膝がガクガクして立つのもやっとだ。

 黒埜(くろの)を構えようとしたら、膝をついてしまった。

 クソッ、立つだけでも辛い。

 その上黒埜(くろの)を振り上げて振り下ろせって?

 振り上げたらそのまま後ろに倒れられる自信があるぞ。

 デニスさんはあぐらをかいて座り、俺に背を向けた。


「さあ、ひと思いに殺ってくれ。そうだな……肩から脇腹に掛けて斬ってくれ」

「魔人が、それで死ねるのか?」

「ああ。死ねるようにしておく」


 なんだそれは。

 死ねるようにしておくって。

 逆を言えば死ねないようにすることも出来るってことだよな。


「1回で決めてくれよ。2回3回とか、逆に拷問だぞ」

「分かっている! クソッ」


 やっぱり足に力が入らない。

 勿論(もちろん)腕にだって。

 それでも俺が決めなきゃダメなのか。

 ゆっくりと黒埜(くろの)を振り上げようとする。

 重くて上がらない。

 いつもは軽々と上げられるのに、凄く重く感じる。

 ヨロヨロとしながらも、なんとか振り上げることが出来た。

 出来ただけで構えるとか無理。肩で担いでいるようなもんだ。

 でも無理を通さなきゃ拷問になっちまう。


「伝言とか、あるか?」

「十分話した。なにもない。でも、そうだな。トレイシーに済まなかったと言っておいてくれ」

「分かった。お疲れ様」

「ああ。本当に疲れたよ。ゆっくり休ませてくれ」

「おやすみ」


 しかしこんなフラフラでやりきれるのか?


サムライ(タイム)、万一の時は介錯を頼む』

『……承知でありんす』


 これでよし。

 後は思い切り振り下ろすだけ。

 足を踏ん張ってフラフラを押さえつける。

 深呼吸をして力を溜めて、タイミングを計る。

 よし、いくぞ!


「はぁぁぁぁぁぁっ!」


 声を出して無理矢理力を出して黒埜(くろの)を振るった。

 それでもきっと足りないだろう。

 またサムライ(タイム)に嫌な役目を押しつけちまったな。

 不甲斐ないマスターでごめん。


「父さんっ!」


 エイル?!

 なんでお前がここに居るんだよっ!

 時子が連れてきたのか?

 いや、そんなことよりなんで俺は斬れないのにエイルは斬れるんだ。

 そうじゃない。

 守るべきものをその手に掛けてしまった。

 なにやってんだ。

 背中から鮮体液(鮮血)が吹き出し、辺りを青く染めた。


「うがぁぁぁぁっ! 魔力だ! ああ、美味い。なんて甘美なんだ」


 デニス?!

 エイルの鮮体液(鮮血)を浴びたデニスさんがわめいている。

 なんて声だ。

 唸るような吠えるような、ガラガラと耳障りな声。

 顔つきも恐ろしい。腹を空かせた猛獣が獲物を捕らえたときのようだ。

 さっきまで稽古を付けてくれていた人と同一人物とはとても思えない。

 大体美味いってなんだよ。

 それはエイルの体液()だぞ!

 分かっているのか。


「ぐぉぉぉぉぉっ!」

「あぐぅっ!」


 エイルの左腕を噛み千切った……だと。

 お前、なにをしているか分かっているのか。


「うぉぉぉ、う、美味い! 身体に力がみなぎっていく。なんなんだこの肉はっ!」


 物凄い勢いで食ってやがる。

 我慢できないって、こういうことなのか。

 逆に今までよく抑えられていたって感心する。

 いや、感心している場合じゃない。


『タイム、エイルを頼む』

『無理だよ。一緒に逃げよう』


 何処に逃げ場所があるっていうんだ。

 地の果てまで追いかけてくるさ。


『このままにしておけない。タイムは時子と合流しろ』

『う、うん。でももう2分も残ってないからね』


 ふっ。ほぼ死の宣告だな。

 だったら!


『1分で終わらせる』


 なんて、また無茶なことを言ったと自分でも思っている。

 それでも、俺がやらなきゃ誰がやる。


「やめろっ!」


 2人の間に割って入る。

 タイムがエイルを抱えて階段へと向かった。


「お前、自分がなにやっているか分かっているのか?」

「ああ? なんだこの糞マズそうなヤツは。邪魔だ。この肉をもっと食わせろっ!」


 完全に別人だ。

 もしかしてこれが魔人本来の姿なのか。

 倒すべき存在……か。

 今ならよく分かる。

 こんな爆弾を抱えたヤツと一緒に暮らすなんてできるわけがない。

 それでもエイルなら……ごめんな。


「行かせるかあっ!」

「どけぇ!」


 なんだこの直線的な動きは。

 隙だらけじゃないか。

 さっきまではそれがかえって不気味だったのに、今じゃなにも感じられない。

 それに動きも遅い。

 目で追うのがやっとだったのに、こうやって観察する余裕まである。

 試しに斬り込んでみると、簡単に斬ることができた。

 が、そんなことで怯む状態じゃない。

 構わず襲い掛かってくる。

 こっちだって怯んでる場合じゃねぇんだよっ!

 絶対にここは通さない。

 エイルのところになんか行かせない。

 どんなに恨まれようが、お前はここで滅してやるっ!


「ぅおおおおおおおおっ」

「がぁぉぁぁぁぁぁぁっ」


 勝負はあっけないほど簡単についた。

 理性を失うとここまで落ちぶれるものなのか。

 斬り込めば簡単に斬れる。

 避ければ簡単に避けられる。

 かわして斬り付ければ簡単に斬り伏せられる。

 1分もかからず、動かなくなった。

次回、とある事実が発覚します

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