第90話 ２人で１人
何度目の仕切り直しになるのかも忘れたくらい繰り返し、剣を交えては直ぐに中断する。
「だからそうじゃねぇっつってんだろ！」
「はいっ、すみません」
「直ぐ力任せになるのは止めろ。折角いい剣なんだから、斬るのは剣に任せるんだ」
「はぁ……」
んー、それがどういうことなのかが分からない。
任せる？ うーん。
「また握りが硬いぞ。女を扱うようにもっと優しくしてやれ！ 慣れてるんだろ」
「慣れていませんっ！」
「嘘吐け！」
嘘じゃねぇよ。どっちかって言ったら振り回されているよ。
「足をバタバタさせるな」
「はいっ」
……戦っているんだよな。
俺、指導されているだけ？
戦いにすらならないって言われている気がする。
「んー、まだまだだが、このくらいにしておくか。もう止めないからな」
「はいっ、師匠」
「俺に勝てたら免許皆伝にしてやる」
おお、やった！
……ハードル高いな。
でも勝たなきゃ先に進めない。
それに……
「エイルも合格になるんだよな」
「あーその件だが……お前、鉄人形じゃねぇよな」
最初からそう言っていたと思う。
「異世界人……だったか？ ……あいつもそんなこと言ってたし。だからこの勝敗は我が娘の合否に関わりは無いっ」
そうなるのか。
だったらまだごねてやる。
「俺はエイルに雇われた身だ。雇い主の替わりに厄介ごとを片付けるのも仕事なんだが」
「却下だ。一時的な雇用関係に意味は無い。それとも永久雇用されてくれるとでも？」
「そのつもりだが？」
「マスター？！ 時子はどうするの！」
「ん？ そうだな。一緒に雇われるか」
時子はエイルに雇用されているわけじゃない。
どちらかというとアニカが召喚者だからな。
「「………………」」
「っはっはっはっはっは！」
「時子とエイルさんが聞いてなくてよかったね」
「なんでだ？」
「おい息子」
息子？！
「お前が負けたら強制的に永久雇用させるからな」
「だからそのつもりだって言っているだろ」
「まぁ今はそれでいい。約束は守ってもらう。死ぬなよ」
「師匠もな」
「ぬかせ。俺に手傷を負わせられたらお前の勝ちにしてやる。ああ、かすり傷はダメだからな」
「今から予防線か？」
「やかましい！ さっさと構えろ」
「はいっ」
よし、短時間だけど、この成果を見せてやる！
……あ、しまった！
バッテリーの消費が……ん？ あんまり無い？
『常時発動型アプリは全部オフってたし、戦闘中でもなかったからちょっと運動した程度で済んだんだよ』
『なるほど』
ローコストハイリターンってヤツか。
いいね。
『って、仕切り直しのときもオフのままだったのか？』
『……問題はなかった』
『大ありだこのヤロウ！』
『ひぃぃぃっ』
『終わったらお尻ペンペンな』
『マスター、お慈悲を！』
『ほら、準備しろ』
『マスタァ……ううっ』
どうりでいつもより身体が重かったわけだ。
てっきり疲れが酷かったのかと思っていたよ。
さて、改めて構えてみるとやっぱり違うのが分かる。
前後左右に反応しやすい。
身体が動かしやすい。
予備動作が無いから第一歩が早いんだ。
なるほど。
「お復習いは終わったか？」
「ああ、待たせたな」
「それじゃ行くぞ」
「来いっ！」
身体が軽い。
身体が動く。
動きについて行ける。
常時発動型アプリが有効なのもあるだろうけど、決してそれだけじゃない。
牽制も落ち着いて対処できている。
だから逆に分かる。
隙がない。
崩せそうな隙が見つからない。
誘うような見え見えの隙はある。
試しに攻め込んでみると、案の定返されて攻め込まれる。
やはり危険な罠だった。
罠だと思って攻めていなければ斬られていただろう。
「思い切りが足りない。罠だと分かってるなら利用しろ」
「難易度が高いです」
「泣き言を言うな！」
くっ、本番と言いながらまた手ほどきかよ。
敵わねぇな。なんて言っていられない！
やってやる！
「また脇が開いてるぞ。気を抜くな」
「はいっ」
くそっ。所詮にわか仕込みか。
ボロが出る前になんとかしたい。
踏み込めば届く間合い。
その１歩が果てしなく遠く感じる。
「どうした。前の方が勢いがあったぞ」
そりゃそうだ。
見えていなかったんだからガンガン攻められる。
でも今は見える。
攻めれば返される。退けば攻め込まれる。牽制すれば隙になる。少しでも隙が出来ればつけいられる。
やれることが見つからない……
時間だけが流れる。
『マスター！』
『分かっている！』
時間は無限じゃない。明確なリミットがある。
オーバーするわけにはいかない。
だからといって焦るな。
冷静に対処しろ。
必ず隙は生まれる。
必ず……くっ。
「ほれほれ、隙なんか待つもんじゃねぇ。無ければ作るんだ。こうやってな！」
うわっ、く……
もー、分かっているっての！
出来てたらとっくにやっている。
というかとっくにやっていて全敗なんだよ。
そもそもそのお手本……俺が隙だらけなんだからお手本になりませんよ。
「はぁ……もういい。終わりにしようか。あいつの婿は他で探すことにする」
「なんの話だ！」
「筋はよかったんだがな。覚悟しろっ」
覚悟しろと言われて覚悟を決められるほど生きてはいない。
俺にはまだやらなきゃいけないことがあるんだ。
例え２度目の人生だとしても……
『情報収集は？』
『全然』
『自力でやるしかないか。回避は任せた』
『うん』
元々俺１人で敵う相手じゃなかった。
なら相棒にすがるしかない。
回避は考えない。攻めるのみだっ！
「はぁぁっ！」
「ふっ、威勢はいいが隙だらけだぞ！」
知るかっ！
攻めるのみっ！
その勢いがよかったのか、もしかして押している？
攻撃をいなされて反撃されようと気にしない。
「なにっ」
当たるわけないだろ。回避は誰がやっていると思っているんだ！
ただ回避するなんてことはしない。
次の攻撃に繋げていく。
体勢に無理がある？ 大振りするな？ 重心を考えろ？
そんなものは知らんっ！
全てタイムに任せた！
『任せてっ！』
……まぁいい。
なんとか先手先手が取れるようになってきた。
攻撃も当たる。かすり傷だけど。
「くっ、無茶苦茶だ！」
「２人がかりで行かせてもらってるからな」
「２人がかりぃ？！」
「悪いな。どうしても負けるわけにはいかないんだっ！」
よしっ、今のはきっちり入ったぞ。
魔人の回復力からしたら大した傷じゃないだろうけど。
「っしゃあ！ これで俺の勝ちでいいんだな」
「んー、２人がかりなんだろ。ねじ伏せに来い」
「話が違う！」
「グダグダ言うな。行くぞ」
仕方ない、このまま攻めていくぜ！
次回は一刀両断？ です
