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第89話 師匠

 ゆっくりと近づいていく。

 俺は下段に、あいつは上段に構えて間合いを詰める。

 ある程度近づいたら一気に間合いを詰めて斬り掛かる! と見せかけて[サイドステップ]でフェイントを入れ……くっ、さすがに見え見えだったか。

 デニスさんも俺に合わせて付いてくる。

 そのままお互い横移動で牽制しあう。

 お、押されるっ。

 やっぱり素人剣術。隙が多いのだろう。

 なんとか防いではいるが、後手に回ってしまう。

 一旦下がって距離を取ろうとしたが、デニスさんはお構いなしに大きく踏み込んできた。

 この上段斬りを受け流して……う、流せない。


「うわぁ!」


 受け流せず、そのまま後ろに吹き飛んで瓦礫の山に突き刺さった。

 クソッ、これが技量の差か。


「ちょっとあっけないな」


 立ち上がろうとしたところに追撃が来た。

 やばっ、あれを食らったら終わるぞ。

 デニスさんが片手で黒埜(くろの)を思いっきり振り下ろすと、瓦礫の山が押し潰れた。


「へぇ、さすがに終わんねぇか」


 なんて威力だ。

 ギリギリかわすことはできたが、衝撃波をモロに受けてしまった。

 吹き飛ばされて地面を転がったが、なんとか体制を整えられた。

 こんなの、使いこなすとか[熟練度]がどうとかいうレベルの話じゃない。


「んん? 切れ味が悪いな。全っ然斬れないぞ」

「だから俺専用だって言っただろ」

「まぁいい。ひと思いに斬ってやれなくて悪いな」

「へっ、斬られてたまるかよっ」


 などと強がってみたけど、それが現実になるのも時間の問題か?

 バッテリー残量は……よし、まだ戦える。


「お前さ、振りがいちいち大きいんだよ。もう少し小さく、鋭く振った方がいいぞ」

「デニスさんは大振りばっかじゃないか」

「バァーカ。基礎ができてないくせに格好つけるな」

「別に格好つけているわけじゃ――」

「文句は出来てからにしろっ!」

「むぅ……」


 小さく……鋭く……か。

 こんな感じかな。


「そりゃ単に小さく振ってるだけだろ。そうじゃない、こうだ!」

「こ、こうか?」

「違う! こうだ」


 難しいな。

 自分としては同じに見えるんだけど……くそっ。

 なにが違うんだ!


「だから……もー、そうじゃない。そもそも握りから間違ってるんだよ」


 そう言うと、スタスタと近づいてきて俺の隣に立った。


「いいか、よく見ろ。ただギュッと握りゃいいってもんじゃない。一番力を入れるのは小指だ」

「小指?!」

「それから薬指、中指で、人差し指と親指は軽くでいいんだ」

「軽く?!」

「元々力が強いんだ。軽くで十分。いいか、こうやって手のひらを当てたら小指から握り込んでいくんだ」

「小指から……」

「そうそう、そうだ。それでいい。両手ともそうだからな。ああ、(つば)にピッタリ付けるな。親指を立てて添える感じにしろ。それで刃の向きをコントロールするんだ」

「親指で?!」

「そうだ。そうすれば刃の向きが変え易くなる」

「なるほど」

「それと……」


 ……なんで敵であるはずの魔人から剣の指導を受けているんだ?

 別に油断を誘っているようには見えないし、やろうと思えばやれたタイミングはいくらでもあったと思う。

 それは俺にも言えたことなんだけど。


「おい、ちゃんと集中しろ」

「すみません、師匠」


 って、師匠ってなんだよ。

 思わず出てしまったぞ。

 とにかくいい機会だから基本だけでも覚えておくか。

次回はそういう意味じゃない

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