第8話 過去とは違う
「着陸するのよ」
「了解」
包囲の中心にゆっくりと降りていく。
それに合わせて矛先が動く。
着陸と同時に襲い掛かってこないだろうな。
下には足首が隠れる程度の草が生い茂っている。
それらが一切揺れ動くこと無く、その上に着陸した。
人が降り立っても揺れるだろうに。
実際、包囲している人の足下の草は歩く度に揺れている。
……歩く度に?
ゆっくりとだが、包囲が縮まっているようだ。
襲い掛かってくるのも時間の問題?
「うちがでるのよ」
〝エイル様、毒素濃度が高すぎるのでございます。お止めになられた方がよろしいと存じるのでございます〟
「毒素のよ?!」
「なら彼らはなんで大丈夫なんだよ」
〝おそらく、彼らもまた身体が毒素に適応したものと存じるのでございます〟
適応して進化したっていうのか。
エイルたちは防ぐことすらままならないというのに。
「なら俺が出る。いいな」
「危険なのよ」
「エイルが出ても同じだろ。それに俺はお前の護衛だ。主に危険なことはさせられない。みんなは中に居ろ」
「モナカに交渉が出来るのよ?」
「言葉の問題なら大丈夫だぞ。言語データを買えば問題は解決するからな。不安なら秘匿通信で指示してくれ」
多分これが最善だろう。
考える必要は無いぞ。
俺の身を案じてくれるのは嬉しいが、危険なことは俺に任せろって。
「分かったのよ」
ものの数秒だっただろうが、漸くといった感じでエイルが答えた。
ならその期待に応えようじゃないか。
「行ってくる」
「気をつけるのよ」
「気をつけてね」
「パパ、船に触れている限りシールドで守れます。タラップから降りないでください」
「ありがとう」
席を離れ、階段を上ってハッチの前に立つ。
交渉か……エイルが心配するのも無理は無い。
俺自身もきちんとやれるか、不安しかない。
深呼吸をひとつ、ふたつ、みっつ……
「戦闘になったとき、どのくらいもつ?」
「多分10分くらい。稼働予測時間を表示しておくね」
「助かる」
視界の右上に時間が表示される。
大体1時間か……ドローンを飛ばしたときから変わっていないってことか。
ま、手を繋いでいなかったからな。仕方が無い。
そう思ったら、左手を握られた。
「席に戻っていろ」
「私が居た方が長く動けるんでしょ」
「あのな。そういう目で見たことはないぞ」
「ウソ」
「本当だ。前に言っただろ。忘れたのか」
「でも、これでずっと戦えるんでしょ。だったらどっちでもいいじゃない」
それを言われると事実だけに痛い。
「ずっとは無理よ」
「えっ」
「せいぜい10分が15分になったくらいだね」
「だって前は――」
「前の話でしょ。今は違うの。理由は分かってるよね」
「理由……」
「知っているのか?!」
「し、知らないわよ!」
「そう? ならそういうことにしといてあげる」
「ホントに知らないの!」
「……気付いてないの? ま、いいわ」
やっぱりタイムは理由を知っているんだ。
でも教えてはくれない。
これも制限の1つなのか。
「マスター、気休めでも離したらダメだからね」
「気休めって……」
「気休めだよ」
『タイム、なに怒っているんだ?』
『怒ってないよっ』
いや、明らかに不機嫌だろ。
時子に対して言葉尻がいつもよりきつめだし。
時子は時子でなんか気まずそうだ。
2人になにかあったのか?
充電効率と関係があるのか?
とにかく、今は置いておこう。
「開けるぞ。まずは俺が出る」
ハッチを開ける。
そういえば宇宙船のくせに気密室が無い。
無くても大丈夫ってことか?
なら毒素が入り込む心配も無い?
ゆっくりと開くハッチから空気の流れは感じられない。
シールドが外界と中を隔てているんだろう。
ハッチってこんなに開くのに時間が掛かったっけ。
そう思えるほど長く感じた。
徐々に外が見えるようになる。
つまり包囲している人たちが見えてくるということだ。
見た目は普通の人間と同じ?
左目でよく見ても、変わっているようには見えない。
うっ、かなり険しい顔つきだな。
凄く睨まれている。
矛先もこっちに向けられている。
槍を持たない人も構えて居るぞ。
攻撃は……してこないな。
そしてやっとの事でハッチが開ききった。
いつもと変わらないはずなんだけど、凄く長かった。
階段を一段降りる。
すると包囲している人たちが一歩下がった。
怖がらないでよ、お願いだから。
もう一段降りる。もう一歩下がる。
更に一段、更に一歩。
撃ってこないだけマシと考えよう。
「手、離すぞ」
「私も降りるよ」
「中で待ってろ」
「イヤよ」
うーん、手を離してくれない。
無理矢理やれば離せるんだろうけど、それはしたくない。
「手を握っているってことは、右手が塞がるってことだぞ。左手で携帯を操作できるのか?」
「一応できるわ」
一応かよ。
「私だって、前のままじゃないわ。新しい使い方を覚えたんだから」
まだ他に使い方があったのか。
「左手で出来るのか?」
「左手でも出来るわ」
「無理はするなよ」
「モナカこそ」
一緒に一段降りる。
今度は二歩下がったぞ!
ん? いや、1人下がらなかったヤツが居る。
こいつがリーダーか?
更に降りる。
やっぱりこいつだけ下がらない。
武器は……持っているけど、構えてはいないな。
話し合いが出来そう?
『タイム、言語データは買えるか?』
『相手が喋ってくれないと、候補が出ないよ』
それもそうか。
エイルたちと同じなら必要無いけど、それはそれで問題がある。
降伏勧告しちゃったからなー。
どうする。
次回は対話を試みます