第88話 ヘッドハンティング
「おい、同じもんを寄越せ」
「は?」
「お前の持ってる剣と同じ物を寄越せって言ってるんだ」
「なんでだよ」
「娘のものは親のものだ。つまりお前の所有権は俺にもある」
くっ、無茶苦茶な言い分だけど、トレイシーさんには既に適応されている理論。
だったらエイルのお父さんに適応させるのは至極当然……なのか?
「まがい物を渡すかも知れないぞ」
「俺の娘がそんなことするわけないだろっ」
つまり俺がしたことはエイルがしたことになるって言いたいのか?
「……はぁ。分かった」
「マスター?!」
「ただ1つ警告しておく。こいつは俺専用の武器だ。他人が使えばただの鉄の棒だぞ。それでもいいのか?」
「専用かよっ。まぁいいから貸せや。使いこなしてやるよ」
無理だと思うけどな。
ごめんな黒埜。少し我慢してくれ。
デニスさんに近づき、黒埜を手渡す。
『マスター、無防備すぎだよ』
『大丈夫だよ。この人はそんな人じゃない』
『人じゃなくて魔人!』
『エイルのお父さんを信用できないのか?』
『タイムはマスターの心配をしてるの!』
『っはは。そうか、そうだよな』
タイムが心配するようなことは起こることもなく、親しい友人に貸すような感じで終わった。
「どうだ?」
「んー、ちょっと軽いな。刀身も細い。両手持ちならもっと重くてしっかりしていた方がいい」
「今の俺には丁度いいんだよ。文句を言うなら返せっ!」
「っはっはっは。なるほど、俺には物足りないが、お前にはちょうど良さそうだ。それに実際に構えてみると中々いい剣だ。片刃で反りが入ってるとか、変わった形だけど。ふーん、波模様の飾りが綺麗に入ってるぞ。まだまだ荒いが、いい腕の鍛冶だ」
「お、分かるか! よかったな、タイム」
「タイムはマスターに褒めてもらえれば、他の人がどう評価しようが気にしないよ」
とか言う割には、随分とニヤけた顔をしているじゃないか。
素直に喜んでおけ。
どっかの鎌鼬みたいにこじらせるな。
「ん? どういう意味だ?」
「どうもこうも、黒埜を打ったのはタイムだ」
「その小っこいのがか?!」
「小さいからってバカにするなよ」
「してないしてない。うちの工房で働かないか?」
「おい!」
「タイムはマスターの専属鍛冶屋ですぅー」
「そうか。残念だ」
お互いに黒埜を構えて相対する。
心なしかデニスさんの方がいい構えな気がする。
俺は独学だから、変な癖が付いているのだろう。
「よし、仕切り直しだ」
「何回目だ?」
「知らんっ!」
2本目の黒埜を抜刀し、構え――
「おい、今何処から取り出した!」
「ん? スマホからに決まっているだろ。おかしなことを言うな」
「鞘ぁ?! ……鞘ぁ?」
「細かいことを気にする男はモテないぞ」
「おっ、それ! あいつはまだ言ってるのか?」
「言っているよ」
「そうか、お前はモテないのか」
「なんでそうなるっ!」
「っはっはっは。細かいことを気にする男はモテないぞ」
こいつ……
それが言い返したかっただけかっ!
……どっちにしてもモテないって言いたいのか?!
『タイム、手は出すなよ』
『しょうがないなー』
定位置で構えていたが、変身を解除して肩に座った。
で、これから斬り合うわけだが……俺は[熟練度]が上がった状態だが、デニスさんは恐らく初期値。
既に切れ味の差がある。
合わせてやる義理は無い。
とはいえ斬れないだけで当たれば痛い。
達人は鉄パイプでも斬れるとか聞くけど、さすがにその域ではないと信じたい。
次回はそれでいいのか




