第79話 工房での日常
階段を降りていくと、上で閉まる音がした。
罠だったのかしら。
……罠でもいい。
こんなにもはっきりと父さんの痕跡があるんだから。
必ずこの先に居る。
一番新しい痕跡を辿ればいい。
古めの痕跡も気になるけど、後で一緒に行けばいいわ。
今は父さんに会う方が先よ。
ここは……なんの施設かしら。
かなり深いわね。
本来ならカードキーかなにかで開けるようになっている扉も、こじ開けられていて本来の意味をなさなくなっている。
お陰で電源がなくても、カードキーなり暗証番号なりを知らなくても、出入りが自由だ。
父さんが開けたのかな。
ううん、きっとさっきの協会員がこじ開けたんだわ。
父さんが無理矢理開けたりするはずないもの。
この扉だったところ、何度も通った跡があるわ。
ち、ちょっとだけ覗いて見ようかしら。
「なにやってる! 早くこっちを手伝ってくれ」
「あ……今行くのよ」
いけないいけない。
覗き見なんてしている場合じゃないわ。
集中しなきゃ。
声のした方の元扉だった入口から部屋に入る。
そこには懐かしい背中がいつものようにあった。
ううん。一回りも二回りも逞しくなっている。
作業台とも言えないようなボロボロの机。
身体の大きさに似合わない小さな椅子。
乱雑なようで計算されて置かれた工具。
「そこにある3番を取ってくれ」
「分かったのよ」
そこ? ああ、これね。
えーと3番3番……あった。
ついでにこれと……それから……
「はい」
「ん。次は――」
「これなのよ?」
「あ? ああ、そうだ」
で、次はこれか。
変わってないな。この癖。
懐かしい。
こっちも見ずに差し出された手のひらへ部品を渡す。
無言でただひたすらその繰り返し。
よくこれだけの部品を集めたものだ。
誰もがただの空想と笑ったもの。
夢と現を区別しろと上司にはよく言われたっけ。
「ん? なにやってる。21番を寄越せ」
「こっちなのよ」
「バランス調整がし辛くなるぞ」
「終わってしまえのよ、使うときが楽なのよ」
「そんなわけないだろ。一発撃つ度に調整が必要になるはずだ」
「それはちょっと古いのよ。ここは――」
ああ、懐かしい。
こうやって指摘してもできない男ばっかりなのよね。
直ぐに匙を投げる。
直ぐにお前がやれと言う。
直ぐに女のくせにと言う。
直ぐに先輩のやり方に文句を言うなと言う。
自分の無能を恥じず、向上心の欠片もない男ばっか。
「はあ?! お前はまた無茶苦茶なこと言いやがって。んなもんできるかーっ!」
何処の世界に行こうとも、そんな男ばっかり。
でもこの人は違う。
「はぁ……で? まずはどうすればいいんだ?」
口では無理だ無茶だと言いながら、私の理論を理解して具現化できる。
こんな人、2度と現れないわ。
「ふーん。つまりこうすればいいのか。だったら」
「これなのよ」
「ふっ、分かってるじゃねぇか」
それ、私の台詞だからね。
仕事も丁寧だし、仕上がりも美しい。
今の私とは段違い。
「よし。後はここに研磨したアレを入れればいいぞ」
「無いのよ」
「え? 使っちまったのか?」
「ええ」
「欠片も残さずか?」
「ええ」
「かぁーマジかぁーここまで来て完成させられないとか、アリかよ」
「アリなのよ」
「そっか。アリか。なにに使ったんだ?」
「異世界召喚に使ったのよ」
「異世界召喚?! ……なるほど。なら仕方ねぇか」
「疑わないのよ?」
「疑う? 誰が、誰を」
「あなたのよ、うちのよ」
「おいおい。〝あなた〟ってなんだよ」
「うちの父さんのよ、母さんを泣かせるろくでなしじゃないのよ」
「……はぁー、それを言われるとなにも言い返せん。トレイシーは元気にしてるか?」
「いつも笑ってるのよ」
「そうか。それは――」
「よくないのよっ!」
「……そうだな。よくないな」
「ね、一緒に帰るのよ?」
「お前はまた無茶なことを言いやがって。できるわけないだろ」
「大丈夫なのよ。あなたならできるのよ」
「無理だ」
「無理じゃないのよ」
「我が侭を言うな」
「いいじゃないのよ。たまには娘の我が侭のよ、聞くのよっ」
「中央が黙ってない」
「うちが守るのよ」
「お前が? っはっはっは。俺に勝てないくせに、それこそ無理だ」
「無理じゃないのよ」
だって私にはこれがあるんだから。
「ん、それは……お前が作った魔法杖か」
「単発式詠唱銃なのよ」
「へぇ。見せてみろ」
「渾身の作なのよ」
「っはっはっは。なら尚更俺に渡したらダメだろ」
「大丈夫なのよ」
「なんでだ?」
「大事な娘の自信作なのよ。なにもしないのよ」
「自分で言うか」
「大事じゃないのよ?」
「はいはい、俺の負けだ。世界一大事な娘だ。そうだろ、ナヨ」
「……」
「……はぁ。ああすまん。久しぶりだからつい出ちまった。悪かったな、エイル」
ううん、謝るのは私の方。
でもどうしても私はそれを受け入れられないの。
「気にしてないのよ」
「しかしよくできているな。ん? お前、こんなものを使っているのか!」
「よく効くのよ」
「そうだろうな。ったく……ほら、返すぞ」
「うちも返すのよ」
「あ? ああ、連射式詠唱銃か。もう要らなくなったってか」
「そういう約束なのよ」
〝自分で作ったら返せ。それまで貸してやる〟
そう言ったのは父さん。
「忘れたのよ?」
「娘との約束を忘れる親が居てたまるか」
「ここに居るのよ」
「なにを忘れたってんだ?」
「直ぐ帰ってこなかったのよ」
「あ……はぁー、そうだったな。俺は大事な娘との約束も守れないダメな父親だ」
「そんなことないのよ。ダメなんかじゃないのよ」
「そう言ってもらえると助かる」
次回は試験です




