第77話 やっぱりそう思っているのかも知れない
不意打ちをしたつもりは無い。
ただあいつの話を聞いていたら斬りかかっていただけの話。
爪と黒埜のつばぜり合い。
ダメだ、感情のまま戦っても勝てるわけがない。
「取り消せ」
俺は十分冷静だ。
怒りは……腹の中に押し込められる。
「……あ?」
「タイムは糞なんかじゃない。取り消せ」
腹が熱い。
奥の方が重く沈んでいく。
「そうだな。糞は肥料になるが、あれは糞ほどの役にも立たないゴミかすだったな。いやー糞さんすみませんでしたーっははははははは!」
「てめぇ!」
「お、おお! 意外と力が……くっ」
クソッ、切り倒すつもりが後ろに飛び退かれちまった。
「逃げんじゃねぇ!」
[ダッシュ]で追いかけて――
『待ってマスター! 時子を置いてったらダメだよ』
『待てるかっ!』
黒埜を両手持ちで振り回し、魔人に叩き付ける。
前回は爪を切り飛ばせたのに、今回は何度斬り付けても爪が斬れなかった。
クソッ、右手の力が足りないのか?
グッと力を込めて黒埜でぶっ叩く。
「うおっ。ちぃーっ」
魔人を追い詰め、爪を弾き飛ばし、反撃の隙を与えず、何度も何度も攻め立てて、前回よりも優位に戦況を進められ、それでも爪を斬り飛ばすことができなかった。
まだ足りねぇっていうのかよっ!
「うわあああああああああああああああっ!」
『お願いだから落ち着いてっ! タイムはなんとも思ってないよっ』
『タイムだけじゃない。あいつは黒埜も、俺の大切なものを全てけなしたんだ』
『感情にまかせて黒埜を振り回さないでっ。黒埜が泣いてるじゃない』
『えっ……』
「おっと、ん? なんだ疲れたか? おい」
『大切なんだったら、もっと黒埜のことも考えてよ。見て……』
タイムが見せたもの。それは黒埜の[熟練度]だった。
さっきまで天に舞い上がる勢いで上がっていた値が、今や目を覆いたくなるほど地に落ちていた。
『あ……そんな……』
「人間はひ弱だなー。もう疲れたのかよ」
『忘れないで。タイムも黒埜もなにを言われても……気にしないって言ったら嘘になるけど、絶対に傷つくことはないから。だって、マスターがタイムたちを大切に思ってくれていることを知っているから。タイムたち以上に怒ってくれることを知っているから。でも、だからこそマスターにそんな扱いをされたら悲しくなるんだよ』
『そう……だよな。ごめん、俺が悪かった』
「どうしたどうした。掛かって来いよ」
『さ、もう一度。また間違えないでね』
『〝また〟?』
『忘れたの? もー、マスターはこうなると前後不覚になるんだから。バカッ』
『う……すまん』
いつのことだ?
全然覚えがない……
「動かねぇんだったら殺っちまうぞ」
『〝怒り〟は出すものじゃなくて、秘めるものだよ』
分かっているつもりだったんだけどな。
所詮は〝つもり〟か。
情けない。
こんなときこそ、深呼吸だな。
肺の中にこれでもかと空気を送り込み、そしてゆっくりと吐き出す。
ふふっ、魔人が目の前に居るっていうのに、呑気だと思う。
でもきっと必要なことだ。
『さ、時子のところに戻って。残り戦闘時間8分しかないんだから』
『8分?!』
つまり今ので半分使ったってことか?
最悪だ。
黒埜には嫌われ、折角時子が身を張って溜めてくれたバッテリーも半分無駄にしてしまった。
『嫌いになんかなってないよ』
『え?』
『……ん? なに?』
『いや、なんでもない』
とにかく時子のところに戻ろう。
「なんだなんだ。仕切り直しか?」
「話が終わってなかったんだろ。話の腰を折って悪かった。続けてくれ」
「なんだよ気持ち悪ぃな」
まだお腹が気持ち悪い。
落ち着かない。
「いいからエイルを殺さず我慢できた理由を話せよ」
「あ、ああ」
『時子、ごめん。やっぱり俺は心の底ではお前を充電器と思っているのかも知れない』
『えっ?』
「って、てめぇ! それが人の話を聞く態度かよっ」
時子を強く抱き締め、ほっぺたをピタリとくっつけた。
お腹の気持ち悪さが和らいでいくのが分かる。
〝怒り〟は……まだある。
でもさっきみたいに暴れてはいない。
「気にするな。隙だらけだろ? 好きなときに攻撃してきていいぞ」
「くっ……ふざけやがって。いいか。俺がエイルちゃんを殺さなかったのは、お前らがあまりにも不味そうだったから食欲が沸かなかっただけだ。殺そうと思えば簡単に殺せたんだからなっ!」
「簡単に? っふ」
「今、笑ったか?」
「笑ったが?」
「てんめぇぇぇぇっ!」
そうだ、それでいい。
相手を怒り狂わせればいい。
「護衛の俺が側に居たんだ。お前がエイルを殺すなんてどうあがいても不可能なんだよ」
「だったらてめぇを殺して可能だってことを証明してやるっ! はぁぁぁぁっ!」
大丈夫。
俺たちなら勝てる。
1人でも欠けたらダメだ。
「行くぞ」
「うん」
次回は血も涙も無いお話です




