第75話 可哀想な魔人
なんだかんだで結構な数の魔物を倒すことができた。
逆に言えば、それだけの人が魔物化したってことだ。
「タイム、魔物の様子はどうだ?」
「まだまだ居るけど、この近くにはもう居なさそうだね」
「結構倒したからな」
「でも魔人の姿が全然見当たらないんだよ」
それは不気味だぞ。
見ることはできるが、感じることは出来ないからな。
巧妙に隠れられたら見つけることは出来ない。
相手は魔人だ。気をつけないと……
「エイル、痕跡の方はどうなんだ?」
俺やタイムには全く見えないし分からないからな。
エイルだけが頼りだ。
「ダメね。昨日の魔人の痕跡を辿ろうと思ったんだけど、上手く隠されているわ」
「追えないのか」
「ナームコさんならあるいは……ってレベルね」
「なにげに役に立つのに、肝心なときに居ないな」
「そういうこと言わないの。可愛い妹なんでしょ」
「ああ、可愛げのない義妹だ」
「もう。素直じゃないんだから」
「素直だよ」
しかし俺たちはそんな痕跡を見つける必要なんて無かった。
何故なら、姿を隠すことなく、そこに居たからだ。
待ち伏せしているとか、奇襲しようとしているとかではない。
むしろ見つけてくれといわんばかりに俺たちを待っていた……という雰囲気だ。
「皆さんは下がって周囲を警戒していてください」
「わかった。お前ら、十分休めたな」
「「「はっ」」」
「彼らの邪魔をさせないよう、露払いをするぞ」
「「「はっ」」」
とはいえ、その必要は無いかも知れない。
タイムが見逃していないのならば、周辺に魔物は居ない。
ただ魔人が何処から現れたのかも分からないから、油断禁物……でもある。
魔人は瓦礫の山に腰掛け、腕組みをしている。
ふと、目が合った。
勿論ドローン越しではあるけど。
ヤツの顔がニヤリと笑った。
完全にドローンの存在がバレている。
ゆっくりと手をドローンに向け、人差し指でこっちに来いと手招きしてきた。
俺たちに用があるとでも?
いや、用があるのはエイルに……か。
「どうする」
「行くしかないでしょ」
「昨日みたいに奇襲はできないぞ」
「相手もその気は無いみたいよ」
「どう考えても罠だろ」
「だからなに。答えは変わらないわ」
「知っている」
「なら聞かないでよ。時間の無駄」
「分かった。行くぞ」
バッテリーはほぼ消費していない。
それでも昨日の戦闘を踏まえて考えると、半分の7分か8分くらいが限界か。
如何に手を離さず戦えるかに掛かっているな。
繋いでいる手に力が入る。
ジットリと汗ばんできた。
魔物と戦ってきたからではない。
ゆっくりと近づいていく。
まだ物陰で目視はできない。
ARで丸見えだが、魔人が隠れず瓦礫の山の山頂に居るからこっちも隠れようがない。
『行くぞ』
意を決して黒埜と小野小太刀を構えながら物陰から出る。
見つかるはずのない俺たちを直ぐに見つけやがった。
というか物陰から出る前からこっちを見ていなかったか?
もしかしてエイルの魔力を見ている……
そういうことなんだろう。
ゆっくりと近づいて間合いを計る。
まだ動かない。
こっちをジッと見つめるだけ……いや、エイルをジッと見つめているだけだ。
俺と時子は眼中に無いらしい。
「デカくなったな」
魔人が言葉を発してきた。
理解できる言葉だ。
雄叫びでも奇声でもない。
紛れもなく、人の言葉だ。
そしてエイルと同じ言語だ。
「知り合いか?」
「知らない人よ」
「ん?」
「お父さん……じゃないのか?」
「あんな不細工じゃないわ」
「あーキミキミ、俺はエイルちゃんの父親じゃねぇよ。むしろキミタチは誰?」
「俺は……俺たちはエイルの家に居候になっている、鉱石狩りのときの護衛役だ」
「ふーん、護衛ね……」
聞いてきたくせに興味なさそうだな。
瓦礫を手に持って遊んでいやがる。
「今度はそっちの番だ。お前は誰だ。なんでエイルの名前を知っている」
「ねぇエイルちゃん。それはもしかして勇者語かい? ごめんなー。おじさん分かんないや」
勇者語のことまで知っているのか。
単純にエイルが喋れることを皆が知っているだけなのか、それとも……
というか、無視するな!
「質問に答えろっ」
「お前は誰なのよ。父さんを知ってるのよ?」
「ええっ?! 酷いな。俺のこと忘れちゃったの?」
「……って言っているけど?」
「知らない人なのよ」
「えー?! おしめだって替えてあげたことあるのに……おじさん、軽くショックだよ」
「……って言っているけど?」
「何度も同じことを言わせないのよ。魔人に知り合いのよ、居ないのよ」
「ちょっと待ってよー最初っから魔人だったわけないでしょ。もー、人間だった頃の話だよ。酷いなー」
「どっちにしてのよ、知らないのよ」
「そんなこと言うと、お父さんの……デニスさんの居るところに案内してあげないよ」
「今思い出すのよ!」
分かり易い反応だな。
でも、案内できるんだ。
それは喜んでいいことなのか?
「えーと、去年定年退職した狩猟協会の受付の人!」
「俺、デニスさんより若いんだけど……」
「じゃあ、フブキが怖いお隣のお兄さん!」
「あーあの子か。まだフブキが怖いんだ」
フブキを知っている?!
しかもあのお隣さんのことも知っているのか。
「父さんが戻ってこなくて工房が倒産しそうになったときのよ、支援してくれたおじさん!」
そんなことがあったのか。
俺がこっちに来る前の話だろう。
「倒産しそうになってたのかい? デニスさんが聞いたら土下座しそうだな。ていうか、俺、デニスさんと一緒に居なくなったから支援できないよ」
「父さんと一緒のよ?!」
「そこからなのか……はぁ」
あー、頭を抱えて落ち込んじゃったぞ。
魔人だけど、ちょっとだけ同情する。ちょっとだけな!
「えーと、狩猟協会員!」
「正解だけど――」
「やったのよ!」
「――括りが大きすぎるよ」
「早く案内するのよ!」
「えー……」
ヤバい。
これに関してだけは魔人の味方になりそうだ。
次回、案内してもらいます




