第73話 歯が欠けないか心配するレベル
目が覚めると、既に日が昇っている時間らしい。
よく椅子から転げ落ちなかったもんだ。
タイムがなにかしてくれたのかな。
時子は……まだ寝ている。エイルもか。
でも2人供寝息は穏やかだ。よかった。
疲れは取れたらしい。
「あ、おはようございます。よく眠れましたか?」
一さんは既に起きていたか。
「おはようございます。おかげさまで。なにもありませんでしたか?」
「ええ。タイムさんのお陰で魔物の迎撃も問題ありませんでした」
『おい!』
「一さん!」
「あ、ごめんなさい。内緒でしたね。聞かなかったことにしてください」
いや、手遅れだろ。
「タイム、よく寝られたのか?」
「う、うん。マスターの肩でずっと寝てたよ。ね?」
俺が起きたとき、姿が見えなかったと思うけど。
たった今肩に現れたよね!
「はい、それはもう可愛い寝顔でした」
「……分かった。〝可愛い〟に免じておく」
「ありがとうございます」
というか、迎撃?
「魔物が襲ってきていたんですか?」
「そうですね。小規模でしたがタイ……こほん。えー優秀な偵察兵のお陰で地下民の方たちが対処してくれました」
〝優秀な偵察兵〟ね。
誰とは聞かないでおこう。
どうせ名前を知らないから同姓同名でも分からないし。
そういえばエイル以外自己紹介もしていなくないか?
いいけどね。
っと、腹が減ったな。
ぐぅと朝飯をせがまれてしまった。
食べ物なんか持ってきていないぞ。
「あ、これ。地下民の方たちからです」
「なんですか?」
「携帯食みたいですね。僕は食べられないみたいですけど」
「そうなんですか?」
「はい。ニジェールさんがそう仰ってました。あ、近衛兵長さんのことです」
どっちも誰のことか分かりません。
『光剣の人のことだよ』
『そうなんだ』
なんでタイムは知っているんだよ。
ま、聞かないでおいてやろう。
ところで……俺たちは食べても大丈夫なのか?
ナームコが居れば分かるんだろうけど……
ここの人たちにとって毒素は毒で、防護服が必要なほどなんだよな。
一さんにとってここの食べ物は毒らしいけど、防護服が要らないくらいには耐えられる……ということであってる?
んー、分からんけど、俺は大丈夫ってことで。
「では、いただきます」
携帯食ということもあって、凝ったものではない。
手のひらサイズの銀色の袋を開けると、丸いビスケット? が1、2、3、4枚入っていた。
においは……特に臭いわけではない。
至って普通のビスケットっぽい。
ひと口囓って硬っ!
センベイ並みに硬くないか。
んー、ボリボリいっているぞ。
そしてパサパサしているから口の中が粉っぽくなって水分が奪われる。
しかも甘くない。
どっちかというと塩っぱい?
はっきり言って美味しくない。
うー、水が欲しくなる。
ん? もしかして一袋だけ?
1人1枚??
確かにもう一枚欲しいとは思えない味だけど。
お腹も膨れないんだよな。
あ、それより。
『ナース、どうだ?』
『そうね。今のところ問題はなさそうよ。遅効性の毒も検出されていないわ。呼吸、体温、血圧、脈拍、血中酸素濃度、それから………………めぼしいところは全て正常値範囲よ』
『問題がなさそうなら時子にも食べさせるけど』
『ないわ』
『分かった』
『でもエイルさんは止めた方がよさそうね。毒素ではないけれど、これはほぼ元素だから』
『元素?』
『ええ。だからエイルさんとは子作りしない方が無難よ』
『いきなりなんの話だ!』
どうすればそういう話に繋がるんだよ。
『ただの保健体育よ。マスターがエイルさんと子作り、つまり性交をして射精すると、精子という元素をエイルさんの体内に入れることになるわ。それはとても危険な行為よ。だから〝入れる〟なんて安易に言わないことね』
『しないよっ!』
『あら、本当かしら』
『本当だよっ』
『避妊すれば、行為自体に問題はないのよ』
『ナース、いい加減にしろ! そういう対象として見たことはないっ』
『タイム、時子、よかったわね』
いや、ナースもタイムだろ。
『タ、タイムは、別に……』
『……』
『時子? 起きているのか?』
『口をモゴモゴされていたら、起きるわよ』
ああ、ほっぺたくっつけたままだったな。
なんかこれ、剥がれないっていうか、剥がしたくないっていうか……張り付いていない?
無理に剥がそうとしたらベリッとかいって皮膚ごと剥がれそうで怖い。
『ほら、時子も食べてみろよ』
『うん……硬っ。なにこれ』
『多分ビスケット』
『硬すぎるわよっ』
あ、本当だ。ほっぺたを通して時子がビスケットを噛んでいるのが感じられる。
しかも噛んでいる音が骨伝導……だっけ。凄くよく聞こえる。
俺も残りのビスケットに齧り付き、バリボリと噛んだ。
自分で噛む音と時子が噛む音が混ざり合ってハーモニーを奏でる。
最初はバラバラだったのに、いつの間にかシンクロして噛んでいた。
ただただ不味かったビスケットが、ほんの少しだけ美味しく感じた。
噛む音だけじゃない。飲み込む音もよく聞こえる。
しっかし本当に硬いな。
『タイムの分もあるから囓ってみるか。凄く硬いぞ』
『いいって。マスターが食べてよ』
『いや、お昼に取っておこうかなと』
『きっとお昼の分も貰えるよ』
『かもな』
たった1枚なのに、不思議とお腹がまた鳴ることはなかった。
ただ、喉が渇いたな。
次回、うたいます




